3.ある日、“如月奏太”は薄い本を発見する。
転勤騒動があった次の日。
ゴールデンウィークだから一気にアニメ見るぞ!――と、修造もびっくりするくらいの熱意を込めて意気込んだのが嘘のように、俺は完全に寝坊した。目覚ましが鳴った瞬間わずか3秒ほどで音を止め、3秒ほどでベッドに入り直し、3秒ほどで寝直したのは薄っすらと覚えている。てか逆にすげぇな、俺。
せめて今からでも遅れを取り戻そうとベッドから起き上がり、カーテンを開ける。うむ、いい日差し――ではないな。完全に曇ってる。アニメーター手ぇ抜いてるだろってレベルで一面灰色。
とはいえ、別段俺は曇りが嫌いではない。むしろ好きなくらいだ。
晴れは日差しが眩しくて目を下に向けないといけなくなるし、何より夏場なんかになると気温が上がってしまう。逆に雨だと濡れる心配がどうしても先立ち、外出するとなれば非常に気分が怠くなる。
だからこそ一番心地よくて、複雑な人間の心情を表しているような、そんな曇り空が俺は好きだ。
そう感慨を抱きながらPCを起動させ、Google Charmを開けたのだが――そこで腹が大きな音を立てた。ぶっちゃけ腹の虫どころか腹の猛獣の雄叫びといっても過言ではない音量である。ふえぇ、恥ずかしいよぅ……(※我ながらキモい)
こうなっては仕方がないな。腹が減っては戦が――いや、アニメも見れないって言うし、やっぱり食事は大事だからね!
というわけで、俺は離席し、一階のリビングへ朝食もとい昼食を摂りに行く。腹が減っては執筆できないっていうしな。や、あれは戦だったか。
★★★
あなたはUFOを見たことがあるだろうか? 子供のおもちゃにありそうな半円のやつでもいいし、スターウォーズに出てきそうなカッコいいやつでも何でもいい。俺はあるぞ。――まぁカップ焼きそばの事なんだけどね。
いやー、やっぱうまいね、カップ麺。
俺はずるずると麺を啜りながら感傷に浸っていた。食通(カップ麺に限る)の俺としても、やはりUFOは何度食べても美味しい。
何故カップ麺通なのかといえば、ウチの父さんは全く料理が出来ないので、食事はもっぱらカップ麺やら冷凍食品やらコンビニ弁当やらで済ましているからだ。多少体に悪いかもしれないが、加工食品は割と美味しいので、特に不満はない。
俺? 俺は料理なんて一ミリも出来ないに決まってるだろ!(半ギレ)
ただ一つ不満があるとすれば。
「なぁ。お前、何俺のこと見てんの?」
先程リビングにやってきて俺の傍で立ち止まった朝比奈が、ずっと俺を凝視していることだ。
いやいやいや、ホント何してんの? あ~、あれか。あまりにも俺の顔がイケメン過ぎて、目の保養をしているのかー。いや~照れるな~(自意識過剰)
まぁ冗談は置いといて、食事している様子をまじまじと見つめられるのは、いささか気分が良くない。美味しいものも美味しくなくなってしまう。
食事というのは一人きりで、そして一言も喋らず、ただひたすらに食事してこそ本来の旨味を味わえるのだ。
だからこそ、学校でべらべらと喋りながら弁当を食べてる連中に気持ちが一ミリたりとも理解できない。酷い場合は、あまりに喋ることに集中しすぎた結果、完食出来ない奴もいる。
もはやそれ、ランチライムじゃないじゃん。ただのトークタイムじゃん。
「いや~、ほら、それ美味しそうだなーって」
幸か不幸か、見物対象は俺ではなかったらしい。ま、当たり前か。俺がイケメンとか、仮に天変地異が起こったとしてもあり得んしな。もしイケメンだったら、去年貰ったチョコが0個なわけがないだろう。精々中の上といったところか。(慢心)
「ま、割りと美味しいな。お前もカップ麺好きなのか?」
「ん~…… あたし、あんまそういうの食べないんだ…… だから美味しいのかなーって気になっちゃってっ」
理由を述べながら、朝比奈はてへへっと照れ笑いを浮かべる。
普段の俺ならここで会話終了と行きたいところだが――流石の俺も、あまりにも朝比奈が物欲しそうな視線をこちらに向けるので、気になってしょうがない。故に、俺はぼそりと提案する。
「……なんなら、お前も食べるか?」
「えっ!! いいのっ!?」
朝比奈は目を輝かせながら、身体を前のめりにする。
ちょ、やめて、顔が近いって!
こいつほんとパーソナルスペース狭すぎだろ。バチカン市国か。たとえ義妹とはいえ、まともに話すようになったのごく最近だぞ。少なくとも、一昨日色々と揉めた相手に対する態度じゃない。
流石は女子カースト最上位、コミュ力が圧倒的だぜ……
「お、おう……」
「やった!」
出来るだけ朝比奈から離れるために身体を傾けた俺は若干引き気味で肯定すると、彼女は満面の笑みを浮かべた。手も万歳させている。いや、カップ麺こどきで喜びすぎだろ。一々オーバーな奴だな。
「あー……ほら、カップ麺はあん中にアホほど入ってるし、テキトーに取ってけ」
俺はキッチンスペースにある一つの棚を指差しながら説明する。
「うんっ、分かった! ありがとっ!」
「いや、気にすんな。ま、一応家族?なんだし」
俺としては、カップ麺の元へ駆けていく朝比奈に軽く声を掛けただけのつもりだった。しかし彼女は『家族』という単語に反応したらしく、立ち止まってこちらの方へ振り向く。
「えっ! 奏太くん、あたし達のこと認めてくれるのっ!?」
「いや、その、それは何と言うか…… ま、まぁとにかく、お前もここに住んでるわけだし、適当にくつろいでくれていいからな」
「りょーかいですっ!」
いや、何ビシッと敬礼しちゃってんの。元気百倍アソパソマソかよ。マジちょっと俺にも分けて欲しいくれ。
朝比奈も嬉々としてどのカップ麺を食べるか選んでいるし、今度こそ会話は終了なのだろう。
俺は何となく、今なら物語の続きを執筆出来る気がした。だから、部屋へもう一度パソコンとにらめっこするため、リビングを後に──
「ねっ、奏太くん。カップ麺も美味しいけどさ。ほら、栄養価?的な問題とかもあるし……」
──しようとしたが、朝比奈に呼び止められる。
「たまには普通の料理も、食べてみない?」
「は?」
こちらに顔を向けた朝比奈は、ニッと微笑んでいた。
★★★
それはそれは、色白で美しい肌だった。その肌を覆う布は一糸たりともなく、非常に艶めかしい。裸体の上には二次元キャラクターさながらの可愛い顔。そしてその顔に付いている2つの大きな瞳は、俺の方を捉えている。
それは、傍にいる男を完全に虜にしてしまうような、そんな魅惑的な美少女で――まぁ、二次元イラストの話なんだけどね。
家の廊下に薄い本が落ちてた。
大事なことなのでもう一度。“薄い本が落ちてた。”
いや、何でこんなものが廊下のど真ん中に放置されてるんだよ。誰だか知らんが、保有者はもっと羞恥心を持って自重しろ自重。てかホント、誰のものなんだよ……
と一瞬考えたが、答えはすぐに出た。
――父さんのに違いない。
何せ、放置されている場所が、ちょうど旧父さんの部屋と新朝比奈の部屋の中間に位置しているのだ。
曰く朝比奈はそこそこ二次元に精通しているらしいが、いくらなんでもこれは女子が読むもんじゃない。それに、朝比奈はまだ来てまなしだしな。
となると、犯人は父さんしかいない、というわけだ。
恐らく、海外出張のために荷造りしていたところ、うっかり転げ落ちたか何かでここに置き去りにして行ってしまったのだろう。
ホントバカだなぁ。まずこんなもの読んでる時点でヤバいなぁ。もっとも、あの人なら薄い本を読んでいても不思議ではないが。
ただ何にせよ、俺には無関係な物なので、そのままスルーして立ち去ろうとしたが……
よく考えたら、ここ朝比奈が通るんだよなぁ……
置いてあるのは朝比奈の部屋の近くでもあるので、それは確実だ。朝比奈もれきっとした女子なので、こんな本を見かけたら不快感を覚えるだろう。場合によっては俺の保有物だと勘違いされて、大問題に発展するかも知れない。それは困る。
という訳で、取り敢えず拾っておくことにした。何か中高生が道端に落ちてる薄い本を拾ってる感じで、背徳感ヤバいな…… 明日燃えるゴミに出しとこ。
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