1.こうして、“如月奏太”に妹ができる。
ふと窓の外に目をやると、既に辺りは暗くなっていた。闇の中では地面へ降り注ぐ謎の透明な物体が、街頭の光を反射している。
雨か。
そう気づくのに少しばかり時間がかかってしまうほど、俺は物語に没頭していたらしい。それを証拠に、俺は帰宅してからずっとパソコンデスクに向かって、ひたすらに画面をスクロールさせている。
『学校のアイドルが俺の妹になるわけがない』
それが、今俺が読んでいる小説のタイトルである。小説と言っても紙本ではなく、『ラノベ作家になろう』という大手投稿サイトで連載されている、所謂ネット小説というものだ。
略して『なろう』と呼ばれるこのサイトには何万、何十万という作品が溢れかえっている。確かに素人が産み出した産物なので小説の体すら為してないモノも多いが、中には実際に書籍化されていくようなプロレベルの作品も隠されているのだ。
その中でもこの小説は、一番俺が愛してやまない小説で──というか、これを執筆している『ヒマワリ』という人が書く小説は、そのほとんどが面白い。マジ虜になっちゃう。
実際少しでも読み出したら止まらなくなり、このように何時間も物語の世界に囚われてしまう。そうか、こうやってネット依存症になってくんだな……(恐怖)
きっとこの作者は天才だ。
この文体が。
この展開が。
この登場人物が。
この世界観が。
――そう、何もかも全てが、今まで読んだ中で最高のクオリティを誇っている。
……少なくとも、かつて挫折した俺の小説と比べたら、天と地どころか宇宙とマントルぐらいの差だ。
俺には出来ないことを平然とやってのけるこの作者に俺は憧れていて――だから、一度でもいいから会ってみたいと望んでいる。どんな人物なのか、どんな性格なのか、どんな考えを抱いているのか、知りたい。
そう願いを心の中で呟きながらベッドに倒れこむと、自分ののどが渇いていることに気づいた。そりゃあ帰宅してから何時間もパソコンに釘付けで水分補給してなかったから当然か……
そう思い至った俺は、一回のリビングへ水分補給しに行くため、立ち上がって自室から出ていった。ちなみに猫背なのは落ち込んでるからじゃねぇぞ。デフォルトだ。
★★★
キッチンカウンターを正面に、俺は 2.0L満タンのいろはすを傾け、透明のグラスに注ぐ。ちょうど注ぎ終えた頃、リビングのソファーに座って新聞を読んでいた父さんが俺に話しかけてきた。
なお、足を組んで背凭れに寄りかかっている状態だ。どこか貫禄がある気がしないこともない。
「なあなあ、話あるからちょっと待ってくれよ」
前言撤回、貫禄なんて微塵もなかった。そうだよな、軽いというかいいかげんというか──そんな性格の父さんに貫禄を求めるなんて、どう考えても間違っている。
「ん? 別にいいけど…… 話って?」
勝手に父さんへ失望した俺は疑問を投げかけつつ、グラスに入った天然水を一気に飲み干し――
「いや、今日新しい家族が家に来るからな、そのことを伝えとこうと思って」
物凄い勢いで吐き出した。
うおっ、汚ねぇ。我ながら汚ねぇ。後で拭いとかないと――ってそれよりも。
「おい、新しい家族ってどういうことだよ」
「いやなに。つまりな……再婚するってことだ」
「はぁ…… マジかよ」
何か最近妙にニヤニヤしてんなーとは思ってたけど、まさか再婚するとは……
嘆息をつき、明らかに機嫌を悪くした俺の意向を感じってか、父さんは自分の不誠実さに弁解を始める。
「い、いや、その、黙ってたことは悪いと思ってるんだ。……でも別にいいだろ? お前も母さんがいなくなってちょっと性格暗くなった気もするし、新しい母さんが出来ればまた調子も戻るだろ。まぁ色々言いたいことがあるのも分かるが──頼む、許してくれ。この通りだ」
そう懇願する最中、父さんは手を擦り合わせて、自身の思いの丈のをアピールしていた。
父さんの言った通り、「言うの遅すぎだろ」とか「再婚相手どんな人だよ」とか言いたいことは山々だが──一番言いたい事はそこじゃない。
俺は表情を真剣な眼差しに変え、低く冷たい声で、
「すまんが、それは無理だ。……今更言っても遅いんだろうけど──俺は再婚に反対する」
その『一番言いたい事』を主張した。
俺には母親がいない。とは言っても、別に死別したわけではない。もっとおぞましい理由――そう、両親は離婚したのだ。
幼い頃の俺は、あまり一緒に遊んでくれれなかったとは言え、真面目で頼りがいのある母親だと信じていた。今思えば、そんな信用は本当に馬鹿馬鹿しいし、身勝手な決めつけで、ただの妄想でしかなかったと言える。
だから結局、簡単に裏切られ――小4の夏、母親は不倫をした。
相手は爽やかイケメンにして大金持ち、父さんとは格が違う。確かにそんな男が目の前に現れたら、少しは心が揺れ動くかも知れない。
それでも何だかんだ夫を愛し、少なくとも浮気なんかは絶対にしないと、結婚とか恋愛とかはそういうものなんだと、かつての俺は勝手にそう盲信していた。
しかしそれはあくまで理想であって、真理ではない。たとえ永遠の愛を誓い合おうが、ドラマチックな出会いを果たそうが、いつかは消え失せる――恋心なんて、その程度のものだ。
そう、恋心は人生におけるバグ。
俺はそんな当たり前の事実を、両親が離婚して初めて理解できた。
だから、俺は恋愛なんてしない。
だから、俺は他人と出来るだけ関わらない。
だから――俺は再婚を否定する。
「どうせ、その日向って人も浮気するに決まってんる。また同じことを繰り返すだけ。それでもいいのかよ?」
「ははは、日向さんに限ってそんなこと、絶対あるわけないね」
「ふっ、どうだか。父さんが保証できるもんでもないしな」
この世に100%なんてものは存在しない。つまり、全員が俺の母親のようなクズ人間ではないし、かといって全員が善良な心の持ち主という訳でもないのだ。けれど他人の心を読めない以上、誰がクズかなのかなんて見分けがつかない。
それなら俺は、全てを捨て、大元を断つ。はなから人間関係の構築を否定する。再婚なんて、もってのほかだ。
「とにかく俺は、日向って人を母親とは認め――」
そう俺が声を荒げかけた時、不意に玄関のチャイムが鳴り、同時に扉が開かれる音も聞こえた。鍵が閉まっているはずなのに勝手に入れたということは、訪問者は合鍵を持っているということなのだろう。それはつまり、
「日向さんか?」
「あぁ。それと――」
父さんがそこまで言いかけた時、足音はリビングと廊下を繋ぐ扉の付近で鳴り止む。続いてゆっくりと扉が開かれ――
――リビングに入ってきた人物は、俺が想像していた存在とは程遠い、高校生の美少女だった。
「──っ!?」
思いがけない事態に対し俺は、驚きの声を上げ、少したじろぐ。そんな俺と困り顔を浮かべた父さんに対し、彼女はその可愛い顔に満面の笑みを浮かべ、口を開いた。
「どーも!あたし、朝比奈陽葵って言います! これからよろしくね、お父さんと――お兄ちゃん」
その自己紹介で俺は、更なる驚愕に見舞われた。何せ彼女は――俺のクラスメイトなのだから。
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