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7章 ラグナロクの果てに

「今のトウガは……どれだけ強いんですか?」


 レンヤとソウジが苦労して倒した《樹魔》を一瞬で三体屠ってみせた。

 だが彼の力はそんなものではない。

 アキラ、カイザ、シイカを一人でまとめて殺して見せた。

 そして――彼が、あの夢に出てくるトウガと同じならば、世界を滅ぼす程にまで強くなったレンヤすら、殺してみせた力を持っていることになる。

 絶対に勝たなければいけない相手だ。しかし。

 絶対に勝てるわけがないと、本能が叫んでいる。


「……確かに、彼は強い。……だが、私は今日のためにずっとそれを考えてきたんだ。秘策なら、ある」

「それは……?」

「まず、私の存在。私は当然、武装化することもできる。かつてのキミは、私を使ってトウガと戦ったんだ。そして、あの頃よりも私はずっと強くなっている」

「でも、肝心のオレが……!」

「ああ、確かに世界を滅ぼした頃のキミよりは弱いね、遥かに」

「なら……!」

「言ったろう、秘策があると」

「教えてください、先輩……オレは、どうすればあいつに勝てるんですか?」

「安心しろ、頼まれずとも叩き込んでやるさ」



 □ □ □



 アキラの『秘策』を聞いた後、次にしたことはソウジ達を集めて、全てを説明することだった。

 《戦儀》に仕組まれたループのこと。

 レンヤが経験した、皆殺しの結末を迎えた時間軸でのこと。

 レンヤとヒマリが、世界を滅ぼすということ。

 トウガはその復讐のために、必ずレンヤを殺しに来ること。

 アキラの正体は、レンヤがヒマリを守り、世界を滅ぼした果ての、ヒマリの姿だということ。

 

 簡単に受け入れられることではないだろう。

 しかし、真剣にそれを語るレンヤとアキラを見て、嘘だと笑うこともできないだろう。



「……冗談じゃ、ねェんだな……?」

「そっか……あたし、死んじゃったんだ……ソウジくんを、守って……」

 


 ソウジを守って、シンラが死んで、レンヤとソウジが戦ったという結末を聞いて、驚きつつも、彼らは不思議と納得していた。


「……そんな、世界を滅ぼすなんて言われても、そんなの全然、わかんないよ……」

 ヒマリには到底受け入れられない話だっただろう。

「大丈夫だヒマリ……もう、そんなことは絶対にさせないから。オレがお前を、必ず守るから」

「そうやって、レンにいは世界を滅ぼしたんでしょ……?」

「今度は違う。何かを切り捨てるようなやり方は、もう絶対にしない」

「……どう、するの……?」


「……トウガを倒す。そんでもって、ヒマリにかけられてる虐殺の術式も解く。それで全部終わりだ。それだけで、もう悲しい結末にはならないんだ」


「……勝てんのかよ?」

「誰に言ってんだよ、親友。オレは誰を倒した男だ? 言ってみろオラ」

「ハッ……よく吼えた。それでこそ我が宿敵しんゆう、俺を倒した男だなァ!」


 ソウジが拳を突き出してくる。レンヤはそこへ、拳をぶつける。


「絶対……ちゃんと帰ってくること! 怪我しないこと! 委員長命令!」

 ビシッ、とシンラはいつも通りの仕草で指を突きつけてくる。

「……怪我しないってのは、難しそうだが……ああ、必ず帰る!」


「…………、」

「ヒマリ」

「……わけ、わかんないよ……アキラ先輩はわたしで、わたしは世界を滅ぼして、そんなこと、いきなり言われても、わかんないよ……!」

「いいんだ……こんなことわかんなくていい、忘れたっていい。だってヒマリはヒマリなんだから。もう、ヒマリが辛い想いをする未来はないんだから」

「……海、また行くんでしょ?」

「……ああ」

「……夏休み、これからもっとたくさん、楽しいことあるんだよ?」

「……ああ」

「レンにい、ちょっとしゃがんで」

「……あ、ああ、うん……?」

 言われた通り、しゃがんだ瞬間。顔を両手で抑えつけられ、激しい口づけがなされた。

「――――ちょ、なッ!?」

「……ぷ、はぁっ……」

「ヒマリ、なんで、なに、いきなり!?」

「だって……」


 ヒマリは両の拳を強く握り、震えながら叫んだ。



「いきなり未来の自分が現れて、なんかレンにいといい感じになってるんだよ!? そんなのおかしいよ! ずるいよ! わたしだってレンにいが大好きなのに! 今のわたしには、今の分の大好きしかないのに! 未来の分の大好きまで持ってたら、勝てるわけないよ!? そんなのずるい! アキラ先輩なんか……わたし、嫌いだよ! ……だから! だから帰ってきたら、ちゃんと勝負して! どっちがレンにいのお嫁さんになるか、わたしと勝負して! だから……だから絶対、二人で帰ってくること! わかった!?」



 ヒマリの叫びを聞いて、きょとんとするレンヤ。

 アキラはにやにやした笑顔で聞いていたが、最後には吹き出してしまう。


「……あっはっは! これは参った。さすが私……いや、違うな。この世界の私は、もうどの私でもない、新しい、この世界だけの御巫ヒマリだ。……これは強敵になりそうだね」

「なに笑ってるんですか! わたし、宣戦布告したのに!」

「これは失礼……ああ、受けて立とう、ヒマリちゃん。この皇白アキラが全力で戦わねばならない相手だ。空噛トウガなどよりずっと手強い」

「……負けませんから」

「望むところさ」


 レンヤは二人のやり取りを見て、敵わないと思った。

 こんな時に……いや、こんな時だからだろうか、二人の女にとって、一番大切なことはそれだったのだろう。

 ヒマリかアキラか。


 この選択は、世界か少女かよりも、ずっと難しいと思った。


「…………最後に、みんなに頼みがある」


 もう大丈夫だと思った。

 帰りたい日常ばしょを確認できた。必ずここへ帰る。そのためにも、やらなければならないことがある。それをみんなに伝えると、当然のように快諾してくれた。

 みんなの笑顔を目に焼き付ける。

 掴むべき勝利の形を確認して、最後の戦いのための準備は整った。

 


 □ □ □



 七月七日の夜。

 本来なら《戦儀》が始まる時間。

 レンヤとアキラは、夜の屋上でその時が来るのを待っていた。

 ユグドラシルは現れない。

 アキラは、未来で残された六家の資料などから、六家が使う術式を調べ、その対抗策も手に入れた。

 簡単に言えば、『知識チート』なのだ。現代の六家如きでは、もはやアキラには対抗できない。しかし同じように、未来の知識を持つトウガは別だ。

 この時間軸における現在のトウガを、すぐに倒してしまうという案もあった。殺す、という意味ではなく、戦って倒し、彼の魔力を封じるのだ。

 だが、それでは《戦儀》の願いが使えない。《神樹》の満ちる、七日の夜に戦わなければ、意味がないのだ。

 トウガさえ倒せば、殺される心配はなくなる。

 しかしその場合、ヒマリを救う方法がなくなるのだ。

 ヒマリにかけられた虐殺の術式を解除するために、『願い』を利用する必要があった。

 だから――正面から、最強の神装者グリーザーであるトウガと戦い、倒さなければならないのだ。

 次期にトウガが、『追尾跳躍』をして、この時間軸にやってくる。

 レンヤを、そして他の皆を殺してみせたトウガが、だ。

 がちゃり……と、静謐な夜に物音が響いた。


「……赫世レンヤ……それに、《赫世かくせいの巫女》か」


「私の正体には気づいたか」

「ええ……疑いはありましたし、ループ前に殺しておきましたから。その時の口ぶりで察していました」

「ユグドラシルはもう私が消したのだけれど……よくループに気づけたね」

「気づかない人がいるんですか? 状況から推察すれば簡単なことです。それに、術式の存在自体は知っているんですから、驚くべきことはありません」


 説明されるまで気づけなくて悪かったな、とレンヤは内心で毒づく。


「なあ、トウガ……全部わかったよ。オレがしたことも、お前の憎悪も」

「不愉快な物言いですが……本当にわかっているのなら、今から黙って僕に殺されてくれませんか?」

「悪いがそいつは聞けないな……全部わかった上でも、それでもオレは、お前と戦うよ」

「つくづく度し難い人だ……前回の時間軸における雷轟ソウジのようなイレギュラーはもうありません。次はきっちり、二人とも殺します……それで、本当に最後だ」

「今度こそお前に勝つ。それで終わりだ……じゃあ、」


 不思議とあの時の――、


「……やるか」


「ええ、始めましょう」


 いつかの滅んだ世界での、最後の戦いの再演から、この戦いは始まった。



「《神装顕現リベレイト》――《氷刻の縛鎖グレイプニル》」


「《神装顕現リベレイト》――《閃刃の天秤レーヴァティン》」

 


 《閃刃の天秤レーヴァティン》。

 これは、アキラの扱う武器だ。形状は以前のレンヤの両剣と同じだが――、


『さあ……見せてやるといい、キミの選択を』


 霊体化したアキラが言う。

 彼女がヒマリと同じ存在である以上、当然同じ能力が使える。

 純白の剣身を持つ両剣が、光に包まれる。

 現在、レンヤが使える因子は、《スルト》、《クロノス》、そして。

 巨大な閃光の刃が校舎をケーキかなにかのように容易く切断した。

 《因子/フレイ》。彼が持つ剣の輝きは、太陽にも劣らないと言われる光の剣。

 レーヴァテインは、スルトの持つ剣でもあり、フレイの持つ剣でもある。

 北欧神話最後の戦い、ラグナロクにおいて、フレイはスルトと激突し、敗北する。フレイはその時、レーヴァテインを持っていなかったのだ。そしてスルトは、レーヴァテインを振るって世界を焼き払った。

 奇妙な因果だ。神話において宿敵同士が、共に戦っている。だが神装者グリーザーは神格の力を借りているだけで、神話を再演するためにいるわけではない。

 神格の立場や因縁を超えて、新たな物語を生み出すのが、彼らなのだ。

 ――トウガは、レンヤの放った一閃を躱していた。

 その一閃は、凄まじい速度の上に十数メートルにまで伸ばされたリーチを持つ、回避困難なものだった。

 ではトウガはそれをどうやって躱したのか。

 《概念凍結》。トウガはありとあらゆるモノを凍結させる――それは、時間という形のない《概念》すら例外ではない。

 停滞した時間の中でなら、速さもリーチも関係なかった。

 氷のキューブが、大量に出現する。一息にいくつもの弾丸が撃ち込まれて、キューブにぶつかり反射、空間を銃弾が乱舞する。


「《クロノ・ディセラレイト》ッ!」


 両剣を左へ回転。右が加速なら、左は減速だ。周囲を減速、銃弾の動きを見極め、炎を纏わせた剣を振るう。

 炎が舞って、銃弾が溶け落ちる。


「《巫女》の力を得てそれなりに戦えるようになったみたいですね……なら、世界を滅ぼせる者同士がちまちま戦っていても埒が明きません――本気でいきましょうか」


 トウガの爆発的に魔力が増大していく。

 上空に、巨大な魔法陣が出現した。


「かつてのあなたなら、これくらい容易く防ぎましたよ――――《蒼星天墜》」


 そこから出現するのは、馬鹿馬鹿しい程の質量の氷塊。

 隕石か、もしくは神の杖めいた氷塊が、レンヤ目掛け落下してくる。


「……いきなりこれかよ……ッ!」


 レンヤとトウガの最後の戦いでは、こんな馬鹿げた威力の攻撃が当たり前のように使われていた。今のレンヤも、それは知っているが、実感が伴ってないので、どうしたって驚きは拭えない。


『魔力の残量は心配しなくていい……一撃に注げる分、ありったけ使えッ!』


「了解……ッ!」


 アキラの指示通り、瞬間的に注げる魔力を全て剣に込める。

 赤く染まった剣から紅炎の如き輝きが噴出――極限まで高まった魔力を一気に解放。

 氷塊へ向けて、真紅の斬撃が飛翔。二人の遥か上空で、氷炎が激突した。

 爆炎と轟音、衝撃波で《神樹》が揺れて、木の葉の舞い散る。

 粉々に砕け散った氷の欠片が、流星雨のように降り注ぐ。

 《隔離結界》を発動させているので、現実での被害はないが、これだけでもこの街は滅んでいただろう。氷の欠片が、家屋に大穴を空けて、地面を穿ち、木々を倒していった。

 神話の一幕のような。

 世界の終焉のような。

 そんな幻想的にも思える破壊の光景のもと、二人の戦いは続く。


「《フィンブル・バレット》」


 再びトウガの魔力が高まる。

 今度は魔力を大きく放出するのではなく、手元に集約させている。攻撃範囲は先刻に比べ狭いが、注がれた量は大差がない。

 この技も知っていた。


「――防御じゃなく回避、ですよね……ッ!?」

『その通りだ。撃ち落とす際にも、距離を意識するのも忘れるな!』

「わかりましたッ!」


 弾丸が放たれた。

 同時、レンヤは両剣に光を纏わせ、閃光の斬撃を弾丸に向けて飛ばす。

 閃光と氷弾がぶつかると、その地点に巨大な氷の華が咲いた。

 さながら氷の槍衾。手元で切り落としても、咲いた氷華で串刺しは免れない。

 隕石の如き氷塊を落とす技――《蒼星天墜》――に使用する量の魔力を集約させた弾丸。

 氷華の起動は、物体との接触なので、氷華のリーチ外で必ず迎撃していけば攻撃は当たらないが……、

 三発、まるで見当違いな場所へ放たれていた。


『不味いな、跳べ!』


 アキラの指示と同時、地面を爆破させその衝撃で上空へ。

 レンヤがいた空間を氷華が埋め尽くした。

 氷華が伸びる方向は、任意で操作できたような。それにより、レンヤの背後の地面、横のキューブにぶつけ、そこからレンヤへ氷華が伸びるよう調整したのだろう。

 なまじ対策を知っている分、応用されれば今のように対処しきれない。

 着地の直後、トウガが接近してくる。斬撃を飛ばすも、全て彼に近づいた瞬間に停止してしまう。《概念凍結》。時間停止をフルに使って、一気に勝負を決めるつもりだった。

 時間停止という破格の力。対抗する方法は――、

 ある。

 レンヤの周囲に炎が舞う。《概念焼却》。

 トウガが全てを凍らせるのなら、レンヤは全てを焼却する。

 『トウガが使用する停止の術式』、それ自体を燃やすこともできるのだ。

 さらに。


「《クロノ・アクセラレート》ッ!」


 停止を封じつつ、こちらは加速。双銃剣と両剣の、高速の剣戟が幕を開けた。

 狭い廊下では小回りが利く銃剣が有利に思えたが、レンヤは両剣の軌道が壁に阻まれる横薙ぎの一閃を放ち――壁を焼き切り、そのまま振り抜いた。

 銃剣を重ねて、受けられる。

 そのまま銃の角度を僅かにズラして銃口をこちらへ向けてくる。刹那、両剣を押し込み再び銃口の位置を変えるのと発砲は同時だった。

 レンヤの髪の毛を数本巻き込み銃弾が通過していく。

 直後、背後から魔力を感じ、身を捻るも――レンヤの体を、氷華が貫いた。

 《フィンブル・バレット》。

 《概念凍結》も、近接戦の誘いも、このための囮に過ぎなかった。

 腹に大穴が空いて、鮮血が滴る。

 再生系統の術式が使用できる神格へ切り替え、回復することはできるが、その間は攻撃力が大幅に落ちる。その隙にトウガは、勝負を決めるだろう。

 彼は不死のカイザすら一瞬で殺すことができるのだから。

 これ以上、長引かせる訳にはいかなかった。


「……先輩」


『なんだい?』


「――――使います」


『……ああ、ぶちかましてやろう』


 ここまで温存した最後の手段。


 それを今、解放する。






 そして――紡がれる祈りの詩。

 それは、神装者グリーザーが宿す最大最後の秘技を解放するためのものだ。






「悲劇の螺旋を斬り裂くために、少女はその身を閃光ひかりで焼いた


 幾重の涙を燃やした果てに、九つの封印は解き放たれる


 賢神よ、未来へと踏み出す一歩に勇気を

 

 雷神よ、絶望を打ち砕く拳に闘志を

 

 黄昏の時は来たれり、天秤はここに砕かれた」




 これが彼女の『秘策』。

 だが――当然、そのことは彼も知っている。

 トウガの口からも、自身の宿した祈りが紡がれていく。




「神々に騙された愚かな氷狼よ


 偽りの戒めを噛み砕き、縛鎖を引き裂き、恨みを吼えよ


 原初の憧憬は燃え落ちた

 

 醜悪な姿に成り果てようとも、この憎悪にだけは報いよう


 裏切りの英雄よ、復讐の牙に沈むがいい」






「――《終焉神装ラグナロク》――」


「――《終焉神装ラグナロク》――」





「――――《万有焦滅の煉刻刃レーヴァテイン・ワールドエンド》」


「――――《天壌氷葬の凍刻銃ヴァナルガンド・エンデヴェルト》」





 ここに神話が――そして終炎譚と英雄譚の激突が再演される。

 

 そして、『秘策』の真価が明かされる。



「《神装顕現リベレイト》――《雷鳴の篭手ミョルニル》」



 レンヤの両腕が、ガントレットに覆われる。

 《閃刃の天秤レーヴァティン》を出現させた状態のまま、だ。


 神装者グリーザーは、最初から神格の力を全て引き出しているわけではない。

 《神話再演リヴァイバル》も《神装顕現リベレイト》も、神格の力の一部を借りているにすぎない。


 《終焉神装ラグナロク》は、神格の力を引き出し、さらに自身の祈りに応じた能力をも生み出すことができる。

 それが複数の神格の同時使用。

 レンヤが《終焉神装ラグナロク》で得た能力だ。



「《神装顕現リベレイト》――《万砕の鉄靴ヴィージグリーズ》」



 さらに、レンヤの足が、銀の鉄靴に覆われる。

 世界を選んだレンヤにも。

 ヒマリを選んだレンヤにも。

 こんなことは、絶対にできない。

 世界とヒマリ、どちらも捨てられないと、天秤せんたくを破壊すると決めた、今のレンヤだけが。

 世界なかまと、ヒマリアキラの力を、同時に使えるのだ。




「……終わらせるぞ、トウガ……この馬鹿みたいな因縁ループを」


「そうですね――あなたの敗北という、再演ループで幕引きにしましょう」



 雷による肉体強化を、極限まで使う。この一撃で、もう動けなくなったっていい。

 鉄靴で床を踏み砕き、駆け出す。

 一条の閃光と化して、肉薄。トウガが弾丸を放ってくる、回避は不可能。

 《概念焼却》を纏わせた両剣で斬り裂き、そのまま進む。

 停止領域に足を踏み入れる。


 世界の全てが凍っていた。見渡す限りの景色、全てが。それは彼の《終焉神装ラグナロク》のほんの一端でしかない。

 彼の最後の力、それは。

 あらゆるモノを、物理的、概念的問わず問答無用で《凍結》させる力。

 しかしそれは、レンヤの《終焉神装ラグナロク》が持つよく似た能力。

 一切を《焼却》する力とせめぎ合っている。

 あとは魔力と魔力、祈りと祈りのぶつかり合い。

 

 これがレンヤの強みだった。彼は《スルト》の力を全て引き出し《焼却》を操りながら、さらに自身とアキラの祈りを複合させ昇華させることにより、《複数神格同時使用》の能力まで得ている。

 

 一人ではたどり着けなかった。

 レンヤとヒマリだけでもたどり着けなかった。

 

 果てしない絶望の旅を続けてきた少女と、天秤を壊し、世界と少女を守ると誓った少年が揃って、初めてここに成った異端イレギュラー


 《概念焼却》、《クロノ・アクセラレート》、雷による肉体強化で、《凍結》を強引に突破して、そのまま両剣を振り下ろす――!

 銃剣を重ね、受けられるが、

 刹那。

 ガントレットで両剣の柄を砕き、剣を分離させる。天秤を、破壊する。

 受けられた刃とは逆の刃で、下方から上方へ振り抜く一閃。

 やっとトウガに攻撃が通った。鮮血が舞うも、まだ浅い。

 トウガは《概念凍結》を込めた弾丸を二発放つ。ガントレットで弾丸を殴りつけると、両手のそれが凍結し、粉々に砕け散った。



(……ソウジ……ありがとうな)



 二人のソウジへ礼を言う。

 この時間軸の、自分を信じてくれたソウジ。

 前回の時間軸で、戦いの果てに、レンヤが殺したソウジ。

 ソウジは最後に託した。あの時彼は、アキラに教わった記憶共有の術式で、レンヤに自分の記憶を渡していた。

 記憶の中で、ソウジはループしていた。トウガには何度やったって敵わない。だからトウガを倒すために、レンヤにわざと殺されることで、ループの条件を満たし、その先でレンヤがトウガを倒すことを信じた。

 そして今。

 親友から受け継いだ拳が、天秤の両剣が、砕け散り……、

 残った天秤の欠片が――両剣の片割れが、レンヤの手の中にある。



「残酷な天秤せんたくは壊した。世界もヒマリもオレが守る。……だって、そうやって全部救って、みんなが笑顔のハッピーエンドを掴むのが……英雄ってやつだ――なあ、そうだろトウガ?」



 剣を振り上げ、

 最後の一撃を放つ直前。



「……ええ、そうですね……僕が憧れたのは……そういう英雄でした」



 トウガは、安心したように笑った。



 □ □ □


「終わったね……」

「……はい……先輩のおかげです」


 霊体から戻ったアキラが、静かに呟いた。まだ実感が沸かない。長い戦いだった。

 レンヤにとっては、ループする七月七日の中、他者からすれば認識できない時間、レンヤの主観時間では二日、実際の地獄のような経験を入れれば……一体、どれだけ長く感じたかは、表現のしようがない。

 だが、アキラは――少なくとも二年、世界を滅ぼしながら生きてきた。

 それから『ヒマリ』から『アキラ』になって、誰にも言えない秘密を抱え、罪悪感に苛まれ続ける日々を送っていた。

 アキラの方が、ずっと辛くて終わりの見えない、出口のない迷路のような日々だっただろう。


「彼はどうするんだい?」

「……、」


 トウガはまだ息があった。

 レンヤは彼のもとへ歩み寄り、


「……もうヒマリが誰も傷つけないなら、お前に戦う理由はない……そうだよな?」

「どうでしょう……もう、わかりません……復讐がしたかったのか、せめてこの世界の人だけは助けたかったのか……。英雄に……僕の憧れた通りの、正しい形での英雄になりたかったのか……」

「とにかく……もう、いいよな?」

「ええ……少し、疲れました」


 そう呟いて、意識を手放すトウガ。


「……らしいです、先輩。……ヒマリを殺された時、こいつを絶対に殺してやるって思いましたけど……でも、それじゃまた、下らない繰り返しになります」

「いいのかい?」

「英雄らしい答えですかね」

「キミらしい答えさ」


 静かに頷くアキラ。レンヤがその答えを出したのなら、何も言うことはないようだ。


「……それじゃあ、ここまでだね」

「え……?」


「今まで本当に……本当にありがとう。こんなことは言うまいと思っていたが……大罪人の私が決して口にするまいと思っていたが……楽しかった。幸せだった。キミとの思い出があれば、あとはもうなにもいらないよ」


「なんで……そんな……最後みたいなこと、言うんですか?」


 満ち足りた笑顔のアキラと、泣き出しそうなレンヤ。


「最後だからさ。言っただろう、いつか選択する時がくると。世界と少女。そして次の選択は、私かヒマリちゃんだ」

「なに、言ってるんですか……?」


「世界の修正力、というものがある。この世界に同じ人間が二人いるのは、不自然なことなんだ。この修正力を、今までは無理に魔力で抑えつけていたんだが、もう限界みたいだ。この世界に存在できる『御巫ヒマリ』は一人。そしてそれは、私であるはずがない……お別れだ、レンヤくん。私は未来に帰るよ」


「未来に帰ったら、どうなるんですか……? ヒマリが誰かを傷つけることがなくなるから、歴史は変わって、アキラ先輩の罪も……」


 震えながら、どうにか言葉を紡いだ。


「残念ながらそんな都合のいいことは起こらない。私のタイムトラベルの術式は不自由が多くてね。『修正力を完全に消すことはできない』……そして、タイムトラベルから戻る際は、必ず同じ世界に戻る。歴史が改変された先の世界に移動することなんて、できないんだ」

「じゃあ……先輩の世界は……」


「勿論、滅び去った、人の死滅した荒れ果てた世界さ。当然の報いだろう? ……いいんだよ、それで。キミが気にすることはない……ああ、もう時間だね」


 アキラの体が、白い光に包まれ始める。

 彼女の体が揺らいで、薄まって、その存在がこの世界から消失していく。


「私はただ、どこかの並行世界で、罪を犯していない私がいて……そして、幸せにしている赫世レンヤが存在しているという、その事実だけで救われているんだよ」


 それでは彼女自身は何も助からない。

 なんの報酬もないに等しい。

 そんな戦いのためだけに、彼女はこれまで途方もない苦しみを味わってきたのか。

 それは一体、どんな想いで成し遂げられたことなのか、レンヤには想像もつかない。

 なのに。

 こんなにも悲しい想いを、レンヤが抱えているのに。

 アキラは笑った。 

 困ったような、

 泣き出しそうな、

 そんな顔で、笑った。


「いやだ……いやですよ……! なにが……なにが救われてるっていうんですか!? それじゃあ、……そんなの……オレが、嫌に決まってるじゃないですか!? また海行くんじゃないですか!? 誰も欠けないで帰るっていうのは、嘘だったんですか!?」


「嘘だよ。いい女には、嘘と隠し事が多くてね」


「ふざけないでくださいよ……先輩がいなくちゃ……オレは……!」


「いつまでも先輩に甘えるのはいけないよ、レンヤくん。もうキミには、大切な守るべき後輩がいるんだからね」

「でも……でも……ッ!」


 溢れ出す涙が止まらない。

 どうすれば。何度も何度も絶望的な状況に陥りながらもここまで来た。最後の最後で、どうにもならないというのか。

 こんなのは違う、これはレンヤの望んだ結末ではない。


「……前に話したじゃないか。切ないオチも、悪くないだろう?」


 □ □ □


「それで、どうだった? そろそろ感想を聞かせてくれないか?」

「面白かったです! 主人公の最後の決断のシーンが……あそこ泣きましたよ」

「だろう? ああいうのは好みかい?」

「う~ん……オレはもっと、みんな幸せになるのが好きなんですけど……でも、切ないのも好きですね」

「……そうか。私は全員が全員、なんの傷もなく幸せになりました……なんてオチはしらけてしまうタチでね。そこは少しキミとはズレるかな」


 □ □ □


 いつかの屋上で、そんな会話をした。

 あの時から、アキラはこうなることがわかっていた。


「ねえ、レンヤくん」

「……なんですか?」


「最後に、頭を撫でてくれないか?」



「……、」


「ねえ、レンにい……昔はよくやってくれただろう?」


 ヒマリとアキラが混ざったような口調で、そう言った。


 震える手を伸ばし、薄らいでいくアキラの頭を撫でる。


 アキラが幸せそうに笑う。





「レンにい……ヒマリを救ってくれて、本当にありがとう。……そして、さようなら。

 大好きだよ、ずっとずっと……世界が終わったって、ずっと……」







 その言葉を最後に。

 笑顔のまま、アキラはこの世界から消失した。









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