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6章 最後の選択

この回はちょっとびっくりする展開かもです、ネタバレ気をつけてネ!


 また、夢を見た。

 まったく知らない誰かの物語なのに、忘れていた何かを思い出すように納得してしまうような、そんな夢。


「……そうか、だから……トウガは……」


 自分が世界を滅ぼすということも、ヒマリが世界を滅ぼす存在であることも、信じられない。

 だが、トウガのあの経験。

 世界を滅ぼされた恨みだというのなら、あれだけの憎悪もわかってしまう。わかったところ許せることではないが、それでも……。


「……は、はははは…………ははははははははは………………」


 気が狂いそうだった。

 もう狂っているかもしれない。


「なんだよ、これ……なんなんだよ……はは、はははは……」


 罅割れたような笑みが絞り出される。

 大切な人が殺されて、自分も殺されたかと思えば、わけのわからない夢を見て、自分が世界を滅ぼした存在であることを知らされる。

 そんなことは絶対にしないと思いたいのに、なぜだからもしかしたらという気になってくる。

 あの夢はなんなのだ――いや、それ以前に。

 目が醒める前に殺されて、

 眠っている時には殺される夢を見て、

 では――今は?


「天国でも地獄でもねえよな……」


 どこからどう見ても、レンヤの自室だった。

 なんとなく、スマホに手を伸ばしてみる。

 画面に表示された日付は、

 ――――七月七日。

 時間が、巻き戻っている。

 いや、レンヤが過去へ飛ばされたのだろうか。

 もう驚くのも馬鹿らしかった。

 自分の未来と思われる出来事を夢で見たり――いや、それ以前に未来から来たという者に殺される経験までしたのだ。

 時間くらい巻き戻ったって、今更何を驚くことがあるというのだろう。


「……いや……時間が、戻ってるって、ことは……」


 レンヤはすぐさま制服に着替えて、家を飛び出した。


 □ □ □


「あら? レンヤくん、今日は早いのねぇ~」

「シイカさん! ヒマリ、いますよね!?」

「え、ええ……? いるわよ、もちろん。いつもより早いから、絶対寝てると思うわ」

「ありがとうございます!」


 それだけ言ってレンヤは焦るように二階へ上がっていく。

 ノックもせずにドアを開けると、そこにはヒマリの姿があった。

 思わず、抱きついた。


「ヒマリ……よかった……、よかったあぁぁ……」


 もう会えないかと思った。

 だって、ヒマリは殺されて、自分も殺されてしまったのだから。

 それがどうして、殺された日の朝に戻っているのかはわからない。だがそんなことはどうでもよかった、今はただ目の前にヒマリがいるということが嬉しかった。


「……んん……ん……? レンにい……? なにして……うわああああああ!? ちょ、なんで抱きついてるの!? なんで!?」

「ヒマリ……ヒマリぃ……」

「起きるから! 起きるからやめてよもう! ばか! ばか! へんたいぃぃ!」


 ヒマリがめちゃくちゃに暴れながら殴ってくる。それすらも嬉しかった。こんなことはもう二度と出来ないと思ってた。


「なに……どうしちゃったの、レンにい……」


 一旦ヒマリから離れる。

 なんと説明すればいいのか、何から話せばいいのか、まるでわからないが――これだけは真っ先に言っておかねば、と思った。



「ヒマリ、いいか……よく聞け。驚くなってのも無理だし、すぐに理解しろってのも無理だ、わけわかんないだろうし、オレがおかしくなったと思うだろうけど、それでも聞いてくれ……オレ達は今日の夜、こ――」

   

    ころされる――と、言う前に。




「……そこまでです、それ以上の発言は許可できません」




 突然、目の前に真っ赤な着物の狐面が現れた。


「……おまえ、ユグドラシル……?」

「え、ゆぐ……なに?」

「レンヤ様。現在、ワタシの姿を認識しているのはレンヤ様のみですので、ヒマリ様に奇異な目で見られてしまいますよ」


 彼女の言葉通り、いきなり目の前に現れたというのに、ヒマリはそれを気にしている様子はない。


「レンヤ様――今回の《戦儀》について説明がございます。少々お時間よろしいでしょうか?」

「……ヒマリ、今日一人で学校いけるか?」

「え、大丈夫だけど……。ねえ、レンにい、『ゆぐ』って……?」

「なんでもない」

「……レンにい、本当に変だよ」

「……ああ、本当に変だ」


 何もかもが変だ、おかしい、どうかしている。

 それでも、このわけのわからない事態の手がかりがあるなら、縋らない選択はありえなかった。


 □ □ □


 レンヤは一度自宅に引き返し、自室でユグドラシルと向き合っていた。


「では、簡潔に説明させていただきます。レンヤ様も、今すぐに真実を知りたいという顔をされていますので」

「ああ、頼む」

「今回の《戦儀》では、特別な術式が使用されています。それは、条件を満たした参加者は、死亡した際に時間跳躍を行い、《戦儀》が始まる前へ戻ることができるというもの。条件というのは、他の参加者を殺害していることです」

「……なんで、そんなこと……」


 誰かを殺すという条件。

 確かにレンヤは、ソウジを殺している。

 『時間跳躍』などということができるという話は聞いたことがないが、トウガの件もある。実際に起きているのだ、もうその方法は現時点で存在しているのだろう。

 では――なぜそれが《戦儀》のルールに組み込まれているのか。



「一つずつ説明していきましょう。なぜそんなことをしているか、についてですが、これは願いを叶える自由度を高めるためです。

 《戦儀》における勝者は願いを叶えられる。ですが、そこには制限があります。それは《戦儀》の際に《神樹》が吸収した分の魔力で実現可能な範囲の願いしか叶えられないということ。そして、なぜそこで時間跳躍を組み込むかですが、魔術師の魔力は、怒りや憎悪など、強い感情に応じて上昇します。では、最大の感情とはなにか――簡単ですね、それは殺された恨みです……理解できますよね、レンヤ様。あなたは今、誰かに殺されてここにいるのですから」



「見てきたような口ぶりだな」


「いいえ、ワタシは未来を見ることも、心を読むこともできません。ですが、あなたが時間跳躍をしてきた、ということだけはわかります。そして、時間跳躍の起動トリガーは、条件を満たした状態で死亡すること――あなたが死んだということだけは、わかっているんです」


「……そうかよ」


 突飛なことを早口でまくしたてられて混乱しそうだ。

 いきなりこんなことを言われたら理解に苦しむかもしれないが、今は実感が伴うことばかりだった。

 簡単な話だった。

 願いを叶えるには魔力が必要。

 魔術師は、強い感情により魔力を上昇させる。

 殺された憎悪――これほど強い感情もそうそうないだろう。

 だが普通、殺されればそこで終わりだ。そんな感情を持った者などありえないが――時間跳躍というものが存在すればどうか。

 ありえないはずのことが、実現できる。

 つまり、今のレンヤがそれだ。


「レンヤ様の魔力は大きく上昇しています。このままレンヤ様が《戦儀》を勝ち抜いても良し、誰かに殺され、その身に宿した憎悪により上昇した膨大な魔力を《神樹》の養分とするも良し、というわけですね……御分かり頂けましたか?」


「わかりたくもねえが……嘘は言ってないだろうな」


「ええ。状況を理解できずに混乱した状態で《戦儀》がままならない、となってしまっては本末転倒ですからね。正しく理解し、正しく与えられた復讐の機会を有効利用してくださると幸いです。……もうわかると思いますが、このルールを開戦前にお伝えすることができなかったのは、信じてもらえる可能性が低いこと……そして、事前に承知していれば、命の価値が下がってしまいますよね? となれば必然、憎悪も弱まってしまいます。故に、このような形の説明になってしまい誠に申し訳ございません」


 確かに、最初から『誰かを殺せばループできる』と聞いてたとしたら、誰かを殺害した状態になれば、『死んでもやり直せる』という意識が生まれてしまうことはあるだろう。

 それは『強い感情』を生み出す妨げになる。


「……誰が考えたんだよ、こんなこと」

「その質問には、お答えできません」


 どこまで悪辣ならば、こんなことが思いつくのだろうか。

 レンヤのあの絶望も、慟哭も、全て計算の上だったかのような、あの惨劇全てが、『憎悪』を生み出すために仕組まれていたとでもいうような気がしてくる。

 もちろん、誰が誰を殺し、どんな憎悪を抱くかなどは、仕組みようがないだろう。

 それでも、『誰かを殺し、殺され、憎悪する』ということは、このシステムを考えた者の予定通りなのだろう。

 トウガへのものまでとはいかないが、悪趣味なシステムを考案した者にも憎悪が募る。

 この感情により魔力が上昇すれば、それも考案者の計算通りなのだろうか。

 とにかく、時間が巻き戻るという異常な事態に関することだけはわかった。

 やり直しのチャンスが与えられたのだ。

 システムの考案者――《戦儀》の黒幕の目論見に乗るのは癪だが、何もしないという選択肢などない。


「他に何か質問はありますか?」

「……そのループってのは、何度もできるものなのか?」

「ええ、今回もまた他の参加者を殺害すれば」

「これは、参加者全員に与えられた力なんだよな?」

「ええ、他の参加者も同様にループする可能性はあります」

「……だったら、この戦いは終わるのか?」


 全員がループするなら、戦いは永遠に終わらない気がする。

 そもそも、それぞれがループして戻される時系列は同じ地点なのだろうか? 

 死んだタイミングと、戻されるタイミングは一定なのだろうか? 

 それに、もしも相手がループしてしまい、自分はそのまま他の参加者を倒した場合の勝者は、誰になるのだろうか。

 レンヤは浮かぶ疑問を立て続けにユグドラシルへぶつける。


「ループの開始地点は七月七日に固定されています。本日という範囲内の、《戦儀》が始まる前までの時間の間でなら揺れがありますが。死亡のタイミングと同時にループが開始されますが、しかしそれを観測する方法はレンヤ様には現状ないかと。ループ発動者は、それぞれ別の並行世界へ跳躍しますので、死亡のタイミングはあまり関係ありません」


「並行世界……だと?」


「ループ発動者の数だけ、世界は分岐します。既にいくつかのループが行われ、世界は分岐しています。そして、全てのループ発動者が死亡するまで、戦いは終わりません」


「……待ってくれ、本気で意味がわからない……。全てのループ発動者が死亡するまで終わらないのに、それぞれのループ発動者は別の並行世界とやらにいる……だったら、戦いは一生終わらず、誰かがループし続けるだけじゃないのか? それか……それぞれ別の世界で、勝者が残って、その勝者同士は戦うことができず……なら戦いはそこで終わりじゃないのか? そうなると、勝者が複数できるのか……?」


「そういう場合の処置も当然ございます。他の参加者がループを使用し、別の並行世界にいる状態で《戦儀》を勝ち抜き生き残った場合、他の参加者がいる並行世界への追尾跳躍行わせていただきます」


「追尾跳躍……?」

「先程は、ループした先はそれぞれ別の並行世界と申しましたが、この追尾跳躍は、ループ発動者が移動した先の世界への跳躍が可能です。これを繰り返せば、いずれは確実に、全てのループ発動者は倒され、《戦儀》は終了します。……膨大なループにより、積み重なった憎悪で膨れ上がった魔力を残して。これでどんな願いも叶えられる、というわけでございます」

「……ああ、そうかよ」


 ループを知っていれば憎悪が薄れるだとか、そんなこと以前に――これ説明されていれば、すぐにでも六家の中の黒幕のところへ乗り込んでいただろう。


(……今はそんなこと考えてる場合じゃないか)


 長々と小難しい説明をされて、頭が冷やされ、やることが明確になってきた。

 現状をまとめよう。


 1、他の参加者を殺害することで、ループ発動条件が満たされる。

 2、条件を満たした状態で死亡すると、七月七日地点へ戻ることができる。

 3、他の参加者がループ発動条件を満たし、さらに自身も条件を満たした状態で《戦儀》を勝ち抜くと、他の参加者がループした先の並行世界で移動する『追尾跳躍』が行える。


 ……要するに。


「相手を殺すのが前提の条件かよ……クソッたれ……ッ!」


「当然でしょう、そもそも殺し合いは大前提のはずですが?」


 最悪だった。

 殺し合いなどしたくない、誰かを殺すなんてありえない。なのにそもそもこのルールは、誰かを殺害することが前提に作られていて。

 レンヤはもう、逃れられない殺し合いの螺旋ループに組み込まれている。


(こんなの……どうすりゃいいんだ……)


 途方に暮れる。

 あとどれだけ絶望すればいいのだろうか。何度も何度も絶望させられても、終わりがない。


「……それから、ループに関する情報は他の参加者には口外なさいませんように。ルールに抵触するようでしたら、先刻のようにワタシの方から警告させていただきますので。これを犯すのであれば、ペナルティもございます。……他に何かございますか?」


 問われて、考える。

 どうしようもないルール。そこにあるのは絶望だけだ。

 これ以上の会話は意味がない。


「……質問はもうないよ」

「それでは――引き続き、どうか悔いのない《戦儀》を」


 それだけ言って、ユグドラシルは一瞬で姿を消した。

 彼女がいなくなった部屋に取り残される。

 レンヤは部屋のベッドに体を預けた。

 腕で顔を覆う。暗闇の中で、これまでのことを思い出す。

 もう、全てを投げ出してしまいたい。

 …………それでも、まだ進まなくてはいけない。

 この時間軸では、みんなが生き残っているのだ。

 だったらすべきことをしなくてはならない。

 英雄への憧憬。

 ヒマリを守りたいという気持ち。

 みんなで日常に帰るという誓い。

 それらは絶望で磨り減り、燃やし尽くされて、僅かな残滓となっても、まだレンヤを突き動かすしていた。


 □ □ □


 亡者のような足取りで、学園へ向かうレンヤ。

 どうすればいいのかなんてわからない。それでも、ただじっとしてはいられなかった。

 学園でソウジ達に会っても、彼らにはループのことを説明できない。

 だったら取れる対策などあるのだろうか?

 今すぐにトウガと戦う?

 いや、無意味だ。トウガとレンヤの差は圧倒的。

 『死を経験したことによる魔力の上昇』を以てしても、その差が埋まることはありえないだろう。

 ……何度も死を繰り返せば?

 冗談ではなかった。ソウジを殺した感触は覚えている。あんなのはもうごめんだった。

 ……それに、こうしている間にも、トウガや他の参加者が『追尾跳躍』してくるのではないだろうか?

 そうなればおしまいだ。

 そもそもトウガどころか、カイザにすら勝てるかわからないのだ。

 かつての――否、未来の自分は世界を滅ぼすらしいが、今のレンヤは人間一人殺せない、どうしようもない弱者だ。

 教室に向かう気はしなかった。

 授業の途中に教室に入って、みんなに注目されるのは恥ずかしい。

 一度殺されても、こんなことを考えるのだなと、なんだかおかしくてしょうがなかった。

 レンヤは自然と、屋上へ向かっていた。

 期待していたのだろう。

 彼女なら、そこにいるだろうと。

 彼女なら、助けてくれるだろうと。

 そんな無責任で、無垢な期待を、無意識にしていたのだろう。

 扉を開ける。

 夏の日差しが照りつけてくる。

 蝉の声がうるさい。

 空が青い。

 風が吹いて、彼女の黒髪を揺らした。 

 夏だというのに、いつも通りの赤いマフラーと黒のストッキング。相変わらず暑そうな格好だが、本人は至って涼しげな顔で、やはりいつも通りに読書をしていた。

 なぜだか、涙が出た。

 彼女がいつも通りの当たり前でいてくれることが、とても尊いことに思えた。












「……おや? どうしたんだい、レンヤくん……まるで壮絶な地獄のような経験をした後にタイムリープし、穏やかな日常に戻ってきて、その尊さを理解したような顔をして」













「…………え?」


 どうして、そんな全てをわかったようなことが言えるのだろう。


「……まさか、図星かい?」

「先輩……なんで……全部知って……?」

「ふふ、私を誰だと思っているんだ?」

「……本当に……本当に、全部……?」


 ゆっくりと、一歩ずつアキラへと近づいていくレンヤ。

 いつも定位置であるベンチの前までたどり着く。

 その前で、レンヤは跪いてしまう。


「……悪いが、キミになにがあったのか、その全てを詳細に知っているわけではないよ。……でもキミの顔を見ればわかってしまうんだ……そういう顔を、よく知っていてね」


 あまりにも、嬉しくて。

 もうこの気持ちは、誰にも理解されないと思ってた。

 一人でどうにかするしかないと思っていた。

 どうにもならないと思ってた。

 ただ、砕け散った心の破片が生み出す義務感に従い、トウガに挑んで負けて、

 そうすることで、『最後まで頑張った』という免罪符を得て、死んでいくのだと思っていたのに。

 誰にもこの絶望は、苦悩は、恐怖は、話せないと思っていたのに。

 ぼろぼろと、大粒の涙が溢れていく。


「先輩……なんで……?」

「……それを話すには、私の大切な秘密を明かさなくてはいけないね」

「じゃあ、先輩も……時間ちょうや――――、」

 





「……そこまでです、レンヤ様。その発言はルールに抵触し――、」


「――黙れ。私は今、大切な後輩と、大切な話をしている……邪魔をするな」






 刹那。

 現れたユグドラシルを、アキラは真っ白な光の剣で斬り裂いた。


「……な、……あなたは……なぜ……どうして、あなたのような、存在が……ッ!」

「キミに教える義理はないよ。悪いが二人きりにしてくれ」


 剣閃が幾重にも咲いて、ユグドラシルを切り刻み、消し去った。


「あいつ……倒せるんですか……っていうか、倒しちゃっていいんですか……?」


 ユグドラシルは《戦儀》の進行役。参加者と異なり、まず戦おうという発想が浮かばなかった。それに、ルールを犯せばペナルティがあると言っていなかっただろうか?



「構わないさ……私はそもそも、そのために来たんだから」

「……え?」

「レンヤくん……まずはキミの物語を聞かせてくれ。ルールのことなら気にしなくていい、無粋な真似は私が許さない」

「……あ、あああ……」

「……だから、聞かせてくれないか。辛いだろう? 悲しいこと、誰にも言えずに抱えるというのは」

「……あ、……ああああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………………っっっっ!」







 そして、レンヤは語り始めた。

 ここにたどり着くまでの、長い長い物語を。

 長い長い、絶望の物語を。

 まだこの時間軸では存在しない、七月七日の夜に起きた物語。




 シンラが死んだ。

 ソウジと戦い、ソウジを殺した。

 アキラが、シイカが殺された。

 ヒマリを目の前に痛めつけられ、最後には殺された。

 そしてレンヤ自身も、殺された。




 夢を見た。

 世界を滅ぼす夢。

 ヒマリはどうやっても世界を滅ぼすように設定された怪物で。

 レンヤはヒマリを守るために、世界を滅ぼす怪物を守りながら、世界中の人間を殺した。

 ソウジを殺した。

 シンラを殺した。

 そしてまた、トウガに殺された。




 《戦儀》に隠された、絶望的なルール。

 殺害の強制、悪辣なループ。

 絶望により、魔力を生み出すために、残酷な発想。




 誰も知らない、レンヤだけの物語。

 誰にも話せず、抱え込まなければいけない物語だと、思っていたはずなのに。


 レンヤは泣きながら、全てを話した。

 もう、ユグドラシルの邪魔は入らなかった。



 アキラはレンヤを抱きしめ、優しく背中をさすりながら、全てを聞き届けてくれた。




「……先輩、オレ、なにもできませんでした……」

「……そうだね」


「……何も、守れませんでした」

「……ああ、そうだ」


「……オレは、……どうしよもうなく弱くて……」

「……うん、キミは弱い。今はまだ」


「……こんなオレに、今更なにかができると思いますか……?

「……でも、キミは諦めてはいなかっただろう?」

「――――…………、」





 ああ、そうだった。

 これだけの絶望に打ちのめされても、それでも、壊れた心の残骸に縋り付いて、まだなにかをしようと思っていたのだ。

 自分でも信じられない諦めの悪さだ。

 


「そういうキミだから、世界を滅ぼせたんだよ」

「……あれは、本当のことなんですか? これから起こることなんですか?」

「本当のことさ。あれは私にとっては、既に起きたことだ。その夢は、時空に干渉する術式が使われた際の副作用……意識の混線のようなもの。キミの見た夢は真実だが……この時間軸において、これから起きることは、誰にもわからないよ?」

「なんで、そんなことが言えるんですか……」

「その理由を教える前に、一ついいかい?」

「……え?」



 わけもわからず、レンヤは頷く。

 アキラは俯いて、優しそうに微笑んだ。

 何かとても愛おしい記憶を思い出すような、そんな表情。

 レンヤを抱きしめていたアキラが立ち上がり、レンヤに背を向ける。

「確か、こんなふうに言ってくれたはずだったね」


 それから大きく深呼吸をし、


 そして――――、






「――世界の前に、キミを救う」





「……先輩、それ……」


 どうして知って……いいや、それ以前に、この構図はまるで。

 ……彼女はよく口にしていた。

 その背中を覚えている、と。

 レンヤはその背中を見ることはできない。自分のことなのだから、当然だ。だが想像することはできる。

 アキラの背中を見ながら、それはきっと、こんなふうだったのだろうと。

 だがなぜ、彼女がそれを?

 確かにアキラにその話はしたが、それでもこうも完璧に再現できるのは……、








「こう言ったほうがわかりやすいかな……」







 振り向いて、


 アキラは、


 それを告げた。
























  「…………レンにい、わたしのために、世界と戦ってくれて、ありがとう」






















 その声が、その表情が――アキラが、彼女と重なる。

 レンヤが守ると誓った少女と。



 アキラとヒマリが、重なる。



「…………そんな……そんなこと……って……」

「……ふふ、察しの通りさ。もうわかっただろう?」

「なんで……そんな……」

「それもこれから教えよう。……キミが全てを語ってくれたんだ、私にも全てを語らせてくれ」

「嘘……ですよね……だって、だとしたら……なんで……?」

「簡単だろう。というか、よく気が付かなかったね? 少し答え合わせをしようか」


 そう言って、アキラが語りだす。





『ははは、なにせ私はミステリアスなお姉さんだからね。なんだからそれっぽいことを言うのがクセなのさ。たっぷりと深読みしてくれたまえ』


 そうだった。アキラには、おかしな点がたくさんあった。


『殺したり、殺されたり……そういうのは怖いさ。でも、仕方ないんじゃないかな』

『――そういう存在だろう、私達は・・・

 あれは、ただ魔術師だから、という意味ではなかった。

 殺したり、殺されたり……、つまりは世界を滅ぼすために、戦い続けたレンヤとヒマリのことを指していたのだ。



『……あれ、トウガ……?』

『ああ……すいません、レンヤさん』

 アキラとトウガの初対面。その時、トウガに不審な点があった。あれは、トウガがアキラの正体に気づかないまでも、何かがおかしいということだけは感じ取れたからだ。



『……ほぉ~……ふむ…………なるほど、噂通り可愛いねえ?』

『先輩……まさか、そっちのケが?』

『そ、そっち……とは、どっちだい?』

『だから……可愛い女の子が好きだったり?』

『……ああ。なるほど。もちろん、可愛い女の子が嫌いな人類なんていないだろう?』

 ヒマリとアキラが会った時の会話。

 あれは、アキラがレンヤの台詞を勘違いしたのだ。

 そっちのケがあるのか――つまり、自分自身が好きなナルシストなのかと、レンヤに問われたのかと、正体を見破られたのかと、動揺してしまっていた。



『でも先輩、友達いないですよね』

『う、うるさいな……美人で優しくて親しみやすくて、ミステリアスで孤高の先輩なのだよ、私は』

 友達がいないのは当然だった。アキラは、自身にこの時代の人間と関係を持つことを禁じていたのだから。



『じー……………………(おっぱいガン見)』

『……、あう』

『……その、なんだ……提案した私が言うのもなんだが、少々照れるね』

 レンヤに胸を見られた時に、ヒマリと同じリアクションをしてしまった時も焦った。

 だって自分自身なのだから、当然反応も似通ってしまう。



『――海なんて、どうだろう?』

『わ、私だって前はもう少しマシだったんだ……本当に久しぶりすぎて、慣れてないだけだ!』

 なぜアキラが海に行きたかったのか?

 なぜ、アキラもヒマリも泳げないのか?

 簡単なことだ。二人は同じ人間なのだから。

 アキラは、過去にレンヤと海に行った時のことを覚えていた。

 遥か未来で、世界を滅ぼした後も、その記憶は、輝いていた。






「……これだけたくさんヒントがあったのに気が付かないなんて……キミは相変わらず鈍感なラノベ主人公だね、レンヤくん」

「そんな……! じゃあ、先輩は、ずっと……ずっと、世界を滅ぼした時のことを覚えていたまま……!」

「……ああ、忘れたことなんてないさ」

「そんな、ことって……」


 それがどれだけ辛いことなのか、レンヤには想像がつかない。

 その全てがわかるなどとは口が裂けても言えない。

 しかし、レンヤもループのことを他者に話せないと言われた時の絶望感が覚えている。

 誰にも言えない過去を背負ったまま、アキラは日々、どんな想いで過ごしていたのだろう。



「……さあ、全てを明かそう。私がどんな想いで、どうしてここにいるか、その全てを」



 誰も知らない、アキラだけの物語。

 誰にも話せず、抱え込んでいた物語を、今明かそう。



 □ □ □



 レンヤとヒマリの始まり。


 それは、レンヤがヒマリを助けた時――――では、なかった。


 彼らは、記憶を操作されている。

 幼少の頃、彼ら二人は、ある施設にいた。

 魔術師の子供を育てる実験施設。

 毎日、毎日、拷問のような実験を繰り返されるその施設で、二人は出会った。

 施設の職員は、皆子供達を道具としか思っていない悪魔のような者達だった。

 《因子》を無理矢理適合させる実験。

 《スルト》の実験で、何人もの子供が、灰燼と化した。

 《トール》の実験で、何人もの子供が、感電死した。

 適合した者だけが生き残り、日々周りの子供達が死んでいく地獄。

 六家最大の闇、その全てが集まったこの場所で――世界を滅ぼす怪物ヒマリは生まれた。



 □ □ □



 そんな地獄の中に、異物がいた。

 彼女の名は、皇白晴香おうじろはるか

 ハルカは、職員の中で唯一、子どもたちを人間扱いしていた。

 実験と食事と排泄と睡眠を繰り返すだけのような、無機質な日々が続く。

 だが、ある時ハルカが、レンヤとヒマリに漫画を買い与えてくれた。

 そんなものは許されていなかった。他の職員に見つからないように、こっそり与えてくれたそれが、レンヤとヒマリはなにより楽しみだった。

 そこには、ヒーローがいて、悪を倒してくれる。辛い境遇の者を、救い出してくれる。

 こんなヒーローが、今すぐ本の中から出てきてくれれば、自分たちは助かるのに、とレンヤは何度も思った。

 でも、ヒーローはこの世界にはいないのだと、どこかで知っていた。

 だからレンヤは、ヒーローになろうと思った。

 だからヒマリは、ヒーローになろうと思った。

 レンヤは、ヒマリと出会ったころから、ヒマリを守っていた。

 施設内で起きるいじめ。ヒマリに強要される無理な実験を、レンヤが肩代わりしたこともあった。出来る限りのことをしていた。

 それでも、二人は幼く、無力だった。

 いずれ実験に耐えきれず、二人共死ぬのだと、どこかで諦めていた。

 しかし。

 その後、レンヤは知る。


 この世界には、ヒーローがいるということを。

 

 ある時、施設に《機関》の魔術師がやってきた。

 だが、施設の職員達は、証拠隠滅のために、子どもたちを全員処分することを決定した。

 殺処分用に放たれた《樹魔》。悲鳴と鮮血が、そこら中で舞っていた。

 地獄の中で、レンヤとヒマリは、ハルカに救われた。

 ハルカは、レンヤにとってヒーローだった。


 レンヤが思い出せないでいる憧憬――その、最初・・の正体は、ハルカだった。

 

『おれも……ハルカみたいなヒーローになれる?』

『きっとなれるよ、キミならね』


 それがレンヤの憧憬ハジマリ


 レンヤとヒマリはなんとか助かるが、施設から逃げ出す際に、事前に仕掛けられていた魔術により、記憶を調整されてしまう。

 これにより、施設での出来事を忘れた後に、《機関》に救われ、普通の暮らしに戻ることができた。

 だが、彼らの中には記憶の残滓が残っていたのだろう。

 レンヤとヒマリは、また同じ漫画を好きになり、同じようにヒーローに憧れた。

 記憶の残滓は、レンヤを突き動かし、ヒマリを再び助け、また記憶が消される前と同じように、レンヤはヒマリを守り続ける。

 繰り返す。何度も、何度も、ループのように、またその関係を繰り返す。

 そこから先の物語は、レンヤもとてもよく知っているものだ。

 楽しい日々だった。

 全てが輝く、宝石のような、愛おしい日々だった。

 

 レンヤはちょっとえっちだが、カッコよくて頼りになる、大好きな憧れだった。 

 レンヤとソウジが馬鹿をやっているのを見るのが、ヒマリは好きだった。

 シンラはとても優しくしてくれて、でも自分よりもちっちゃくて、なんだか愛おしい先輩だった。

  


 みんなで海に行った、花火をしたり、夏祭りに行ったり、雪が降れば、雪だるまを作った、クリスマスには、レンヤに赤いマフラーをプレゼントした。ヒーローらしくて彼に似合うと思ったのだ。

 


 《樹魔》と戦ったり、怖いこともたくさんあった。


 楽しいことも、怖いことも、たくさんあった。

 それでも、ヒマリにとって、それは、後の地獄を思えば、ただひたすらに大切な、尊い、光り輝く黄金の時代。




 ――そこに、『アキラ』などという人物はいない。

 だって、アキラはヒマリなのだから。

 そうやって……アキラは、『ヒマリ』として生きていたころを回想していく。





 そこから先は、レンヤもよく知っている地獄だ。

 

 だが、レンヤが知っているのは、レンヤの視点からの物語。






 そしてここからは。

 御巫ヒマリが、皇白アキラになるまでの物語だ。








 □ □ □




 ヒマリが暴走するきっかけと。

 それは、蛇堂カイザとの戦いで起きた。

 2017年。《戦儀》での殺し合いを回避するも、カイザは逃亡を続けていた。

 カイザを止めなければ、犠牲者が増え続ける。

 《機関》に所属したレンヤとヒマリは、カイザとの戦いに挑みそして――彼を、殺した。

 その時が初めて、ヒマリが暴走した瞬間で。

 レンヤが、人を殺した瞬間であった。

 レンヤは誰かを守るために《機関》に入ったのであって、悪人だろうと命を奪うことはしなかった。

 だが、突然爆発的に魔力が高まり、その力はカイザの再生能力すら凌駕し、彼を容易く殺してみせた。

 この時点で、レンヤはまだヒマリの異変に気づいていなかった。



 次に、訓練中に相手を怪我させるという事件があった。

 日に日に、レンヤは力を制御できなくなっていく。

 それはヒマリも同様だった。


 とうとう力の制御ができなくなった。

 ヒマリは、《機関》の人間を何人も殺した。

 ヒマリの力は、どうすることもできない――《戦儀》の願いを使っても、封じることはできないだろう。なぜなら結局のところ、あれは六人の神装者グリーザーの魔力分、その範囲でしか願いを叶えることができないから。ヒマリの力は、それを遥かに凌駕する。

 もう、方法はない。

 《機関》の中で、ヒマリを殺害すべきだという結論が出る。

 ヒマリを守れば、《機関》を敵に回す。

 それは世界中の正義の魔術師を敵に回すことと同じだった。

 選択を迫られる。

 世界か、ヒマリか。

 迷いながら、レンヤは《機関》と敵対し、戦う道を進んでいた。

 この時彼に、世界を敵に回す覚悟などない、ただ決断を遅らせ、少しずつヒマリの犠牲者を増やしていただけだ。

 レンヤは《機関》の精鋭との戦いの中で、かつての仲間であったソウジやシンラを殺す。

 この時、彼は選択をした。

 ヒマリを殺すという、選択を。

 せめて最後は、レンヤの手で。

 彼女の願いを叶え、レンヤはヒマリを殺した。

 ――――そして、彼はその選択を生涯悔いることになる。

 ヒマリを求め、選択をやり直そうともがき続け、彼はたどり着く。


 《クロノス》の因子を利用した、タイムトラベルの術式に。


 彼はこれで、選択の前へ戻ったのだ。

 この、『最初のレンヤ』は、次に世界よりヒマリを選んだ。

 彼の覚悟は強固であった。

 なにせそれは、世界全てを滅ぼしたのだから。

 



「ねえ……レンにい……わたし、生きてていいの……?」

「いいんだ……いいに決まっている。悪いのはヒマリじゃない、ヒマリが人を殺すように仕組んだやつだ。そしてそれを理解しないでヒマリを悪者にするやつらだ」

「でも……わたしが生きてたら、罪のない人が死んじゃうんだよ……? だったら、わたしが悪くなくても、わたしは死んだほうがいいんじゃないかな」

「大丈夫……大丈夫だ、ヒマリも、亡くなった人も、必ず助かる、そんな方法をオレが見つける。いつだってそうだったろ? 誰を切り捨てるかなんて選ばない。必ず全員を助けるんだ」





 みんなが笑って終われるハッピーエンド。

 最愛の少女のために虐殺を繰り返す男は、そんな子供の理想を本気で信じていた。


 



 2018年。レンヤ18歳。ヒマリ17歳。

 この時間軸でも、ソウジやシンラを殺した。

 わかっていたことだ。選択の結果だ。今更立ち止まらない。

 一度ヒマリを失ったレンヤの決意は揺らがない。

 だが。

 ヒマリにそんな過去はなかった。

 ヒマリにそんな決意はなかった。

 この時間軸で、彼女は初めてかつての仲間を殺したのだから。 

 ヒマリは壊れていった。

 拘束しておかなければ、自傷行為に走った。

 一日の内で、ヒマリがヒマリでいられる時間が短くなっていった。

 暴走の衝動に身を任せて、建物を破壊することが増えた。

 それは、災厄そのものだった。

 一度の暴走で、街一つを燃やし尽くすことなど何度もあった。

 この頃はもう、ヒマリの『魔力吸収』と『生物改造』の猛威が世界を焼き払い、世界中がヒマリの力で汚染された怪物の脅威に晒されていた。

 






「あっはははははははははははははははははははははははははははは!

 おっかしい! 

 まるでわたしたちの世界みたい!


 狂ってる! あっはははははは!

 あはははは! へんなの! 


 ねえレンにい! みて! あのゾンビ、ソウジさんみたいじゃない!? あはははは!

 あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」






  誰もいない映画館で、ヒマリは真ん中の座席に座り、狂ったように笑いながらゾンビ映画を見ていた。

 おかしくてしょうがないのだ。

 スクリーンの中のゾンビと同じように、映画館から出ればそこら中にゾンビがいるのだから。

 荒廃した世界。

 人間は殺し尽くした。

 ヒマリは、狂った。


 時折正気に戻ると、ヒマリは必死に自身を殺そうとした。





「死ね! 死ね! 死ねえ! 死ねよ! もうッ、はやく、死んじゃえ! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねえええええええええええええええええッッッ!」



 叫びながら、自らの腕を引きちぎり、地面へ叩きつけ、燃やして、また叫ぶ。

 だが、彼女の身に宿した再生能力により、即座に腕が生えてくる。

 『魔力吸収』により、カイザから奪った力は、その後も他者の魔力を吸収し続けて、進化していった。

 



 その果てに、ヒマリは自分で死ぬこともできなくなった。



「死なないといけないのにわたしが生きているからたくさんの人が死んだソウジさん委員長先輩もみんなみんな死んじゃったわたしなんて生まれてこなきゃいいのに世界なんてなくなればいいのに悲しみなんて喜びなのに命なんて燃焼なのに生きてるのは罪なのに呼吸なんて罰なのに世界なんて笑顔なのに死なないと死なないとレンにいレンにい大好き大好き大好きいやだいやだ生きてたいよ助けて助けて海に行きたいよ泳ぎの練習をするんだソウジさんがゾンビで委員長がレンにいがまた授業が休んでもういけないんだからレンにいがわたしを起こしにきて七月は血まみれで大好きと世界が罰が罪がどうしてこの世界はおかしいのなんで理不尽は不幸がどうして精神はヒーローで憧憬がお母さんの愛してるのにどうして人間は臓物でもうレンにいと赤ちゃんは爆炎で人は灰で罪が憎悪がどうしておかしいわたしがなにかわるいことをしたんですか教えてわからないレンにいが生まれてきちゃいけなかった笑っちゃいけない幸せになっちゃいけない全部間違いだったんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



 ヒマリは、壊れた。

 だからレンヤはヒマリをずっと武装化状態にしておくことにした。

 


 それからしばらくしてから、終わりがやってきた。

 レンヤがトウガに殺された。

 


 殺される直前、最後にレンヤはヒマリにいくつかの術式をかけていた。

 


 一つは、虐殺の日々の中で、レンヤが試行錯誤し続けていた、ヒマリの暴走を抑える術式。

 さらに、記憶を共有する術式。

 それによって、レンヤはヒマリにある記憶を与えた。

 タイムトラベル。

 レンヤは選択した。


 一度目は、ヒマリより世界を。

 二度目は、世界よりヒマリを。


 だが、三度目のチャンスはもうない。


 レンヤはトウガに殺された。


 だから――これが残酷なことだって、レンヤもわかっていた。

 ヒマリを苦しめることになるかもしれなかった。


 それでも。

 レンヤは全てをヒマリに託して死んだ。


 そして、その後、ヒマリは――――。


 □ □ □



 レンヤの願いを託されて、ヒマリは正気を取り戻した。

 毎日毎日、虐殺の記憶が呼び起こされて吐き続けた。眠れない日々が続いた。

 死んだほうがマシだと、死にたいと、死ねない体で何度も願った。

 だが、全てをやり直そうと思った。

 こんな結末は間違っていると思った。

 レンヤの願いを、叶えなければ。


 だからヒマリは――ヒマリであることを捨てた。


 皇白アキラ。

 アキラとは、『煉獄の夜』を照らすための光に……終わらない夜を終わらせるあかつきになるという願いを込めて、ヒマリがつけた名だ。

 

 それからヒマリ――ではなく、アキラは、トウガから逃げ続ける日々だった。

 トウガもタイムトラベルの技術は知っている。

 だからどこへ逃げても、彼は必ず追いかけてくる。

 アキラはまず、幼少の頃のレンヤを救った。

 

 アキラとして生きている時間軸のレンヤが、記憶操作により思い出せないでいる憧憬の相手。

 その正体は、アキラなのだ。


 なぜなら、全ての起点となっているあの出来事は、レンヤを操作するために仕組まれたことだったのだから。

 皇白ハルカの気持ちは本物だ。彼女は優しい英雄だった。だが、それを六家の黒幕は利用した。

 レンヤに過剰な英雄願望を植え付けることで、世界を滅ぼす存在になることを促したのだ。

 植え付けられた願望により、レンヤはヒマリを守り続けることを、黒幕は計算した。

 だから――まずはそこを変えるために、アキラはレンヤを救った後に言うのだ。

『英雄になんて、憧れてはいけない』

 でも、この改変に関しては上手くいってないのかもしれない。なぜなら今の時間軸のレンヤも英雄になろうとしているのだから。

 それとも――黒幕の意志など関係なく、レンヤはどうあってもその道を進む男なのだろうか。



 そして――2019年。ヒマリ、18歳。レンヤは、もういない。

 彼女は、全てを覆す方法に思い至った。

 それを実行するために行くべき時間は――2017年。

 《戦儀》が行われる年に戻り、レンヤにその方法を伝える。

 それがアキラの成すべきことだ。

 


 □ □ □

 

 彼女が、初めてその時代でレンヤを見た時の気持ちを言葉で表すことは難しい。


 いつもの屋上。

 一人で読書をしている時だった。

 誰とも関係を築いてはいけないと思った。

 この時代の人間ではない大罪人。世界を滅ぼした虐殺者。

 こんな人間、もう笑ってはいけないと思った。幸せにはなっていけないと思った。

 ただ機械的に、ひたすらに残滓の心をさらに磨り潰して、目的を遂行するだけの歯車になるべきだと思った――そう思っていたのに。


 それでも――その顔を見た時、決意が揺らいだ。


 気がつけば、アキラはレンヤの頭を膝に乗せていた。


 少年は、いつものように誰かを助けて戦ったのだろう。

 アキラのことを。

 否、ヒマリのことを助けるように、今日もヒーローになるために生きているのだろう。

 アキラはここで出会う前から、少年のことをよく知っていた。


『ほら、なにも劇的ではないだろう?』


『……そういや、なんで先輩はオレのこと知ってたんすか?』


 涙など、もう枯れたと思っていた。心はもう、壊れて機能を失っていると思った。

 虐殺者の大罪人は、笑うことも泣くことも罪だと思った。


 アキラとレンヤとの出会いは、劇的ではなかった。

 しかし、彼女はそれだけで。



 ――――ただ、レンヤの顔を見ただけで、笑顔がこぼれて、涙が滲んだ。



 たったそれだけで、救われているのだ。


 屋上での、ありふれたあの出会いは。


 アキラにとって、どうしようもなく救いだったのだ。



 □ □ □


 全てを聞いたレンヤは、ただ泣いた。嗚咽を漏らし、しゃくり上げ、息ができなくなるほど、死んでしまうのではないかと思う程に、泣いた。

 あの無垢な守るべき少女に課せられた、残酷で残酷でしかたがない運命。

 残酷の果てに、無垢な少女はレンヤを救う英雄になっていた。

 あの日の憧憬は、アキラだったのだ。

 あの姿を、ずっと追っていた。

 ……不思議な話だ。

 だって結局レンヤは、アキラヒマリに憧れて、ヒマリを守っている。 


「ねえ、レンヤくん」

「……はい」


「世界を選び、その選択を悔やみ、時間を渡ってやり直し、世界より一人の少女を選んで世界を滅ぼした男がいた。

 …………全てを知ったキミに、再び問おう。

 ……残酷だとわかっていても、それでも問おう」


 そして。

 その問いを、口にした。




「世界とヒマリ、どちらを救う?」





「……ねえ、先輩」

「……なんだい」


「オレが好きな物語の終わり方、知っていますか?」

「誰もが笑って終わる、子供の夢みたいなハッピーエンドだ」


「答えなんて……最初から出てたんですよ」


「ただ、その答えを貫くための力がなかった」


「そして今、先輩がここにいる」


「……もう、わかっているね」


「……はい」



「――――さあ、ハッピーエンドを選択しに行こうか」



「……はいッ!」




 ここに至るまで、どうしようもない絶望があった。

 何度も殺して、殺された。虐殺の螺旋ループの果てに、やっと辿り着いた。



 ヒマリを殺した選択があった。

 世界を滅ぼした選択があった。




 大切なものを天秤に乗せて、どちからを切り捨てる選択をしてきた。

 天秤せんたくがどうあっても悲しみしか生まないのなら。










「――――オレが、この天秤せんたくを壊します」










 最後の選択を始めよう。


 これは敗北バッドエンドから始まった物語。


 そして。

 天秤せんたくを破壊するという選択により。


 勝利ハッピーエンドを選ぶための、物語。



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