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断章 その憧憬は■■で

 赫世レンヤは、ずっと選択を繰り返してきた。

 誰を守り、誰を救うのか。

 いつだって、残酷に命を選別してきた。

 全てを救いたいと願い続け、そして必ず誰かを救って、誰を取りこぼしてきた。

 その果てに、彼は最大の選択を迫られる。

 ヒマリか、世界か。

 御巫ヒマリには、ある秘密があった。

 様々な因子に適合できるという特性から、彼女には複数の神格が与えられていた。

 その神格が混ざり合い、恐ろしい能力を手にしていたのだ。

 まず、魔力吸収能力。ヒマリは殺した相手の魔力を奪うことができる。

 次に、生物改造能力。ヒマリは生物に自在に別の機能を与えることができる。

 ……そして、最も恐ろしいのが、ヒマリは自身の意志でこれらの能力を完全に制御できないようになっているということ。

 彼女は、必ずこの能力が暴走するように仕組まれている。

 すると、何が起きるのか。

 なぜ、世界は滅びたのか。

 それを明かそう。

 暴走したヒマリは、自身で他者を殺し、魔力を奪う。さらに、殺された者は死後もヒマリに操られる人形に成り果てる。

 この人形も、ヒマリと同様の能力を大幅に縮小した形で持っている。

 人形が殺した相手も、魔力を奪われ、その魔力はヒマリのものとなり、さらに人形が増えるということだ。

 ……なにが起きるか。

 ゾンビ映画を思い浮かべれば、簡単なことだろう。

 世界中の人間が、ヒマリの人形になった。ヒマリのために人を殺し、魔力をヒマリへ送る。そしてヒマリは無限に魔力を吸収し続け、強くなり続ける。

 これが、彼女に与えられていた、《世界を滅ぼすための機能》だった。

 そして、レンヤに選択が突きつけられる。


 必ず守ると誓った、最愛の少女が世界を滅ぼす存在だったとしたら?


 ヒマリを殺せば、世界は救われる。

 ヒマリを守れば、世界は滅ぼさる。


 レンヤは、選択した。

 レンヤは、ヒマリを守ることを選んだ。

 かくして、ヒマリを守るための戦いが――つまりは、人類を殺すための戦いが始まる。


 ――終炎譚ラグナロクの始まりだった。


 雷轟奏磁らいごうそうじという少年がいた。

 ソウジはレンヤの親友だった。喧嘩っ早くて、すぐ手が出る。レンヤを宿敵と定めており、事あるごとに勝負を挑んでくる。だがレンヤは、戦いを好まないためいつも相手にされていなかった。頭は然程よくない。だが、男気が有り、信念が有り、情に厚く、守ると誓ったものは必ず守り抜く。

 そんな、素晴らしい男が、素晴らしい親友ともがいた。

 殺した。

 最初はヒマリを守ると言ってくれた。

 守る方法を考えてくれた、一緒に戦ってくれた。

 だが最後には、彼は世界を選んだ。

 世界のために、レンヤと戦い、レンヤは彼を殺した。

 こんな最低の形で、彼と決着をつけることになるとは思っていなかった。

 


 神樹森羅しんじゅしんらという少女がいた。

 シンラはとても生真面目で、不良なソウジとは正反対。ソウジを口うるさく注意するのが生きがいのような少女だった。口では彼を悪く言いつつも、その実彼を気に入っていた。聡明な彼女に助けれた事も多々あった。

 彼女もソウジと共に、ヒマリを守ってくれていた。

 殺した。

 彼女もソウジと同じだった。彼と共に、世界を守ろうとした。

 だから、親友ともが愛した女を殺した。

 二人は愛し合っていた。そして、二人を大切に思う人、二人が大切に思う人が、この世界にはたくさんいた。

 だから二人は――世界を滅ぼそうとしている仲間を止めたかった。

 彼らは世界を選んで。

 レンヤは、ヒマリを選んだ。

 北欧神話のスルトのように、世界を焼き尽くした。

 だが。

 最後にレンヤの前に立ちはだかったのは…………。


 □ □ □


 空噛トウガにとって、赫世レンヤは英雄だった。

 空噛トウガにとって、赫世レンヤは憧憬だった。


 未来においてレンヤは、《黄昏の戦儀》という、願いのために魔術師が殺し合う狂った仕来りを止めた《英雄》だった。

 かつて《戦儀》によって父を失っているトウガにとって、レンヤは絶対的な存在だった。

 トウガは父を尊敬していた。誰かを守るために戦う、英雄である父を。

 父は《機関》に所属する魔術師だった。

 《神聖調和天罰機関》。

 魔術の秘匿、そして魔術を悪用する者と戦うための、正義の組織。

 『《機関》の一員であり、《六家》でもある自分が《戦儀》などという狂ったものを止めなくてはならないのだ』――父の口癖だった。

 『そしてそれが成し遂げられなかった時は、この使命を受け継いでくれ』……とも。

 だから父が死んだ時、それを成すのは自分だとトウガは思っていた。

 しかし、トウガには力が足りていなかった。

 蛇堂カイザを倒すことはできなかった。

 そのカイザを――父を殺した仇である、邪悪の象徴を倒したのが、レンヤだった。

 だからトウガにとって、レンヤは英雄だった。

 《戦儀》を終わらせるために、レンヤ達は《六家》と敵対した。

 その戦いが終わり、悪しき仕来りを終わらせた後、レンヤ達は《機関》に入った。

 トウガは、レンヤと共に、日々研鑽を積み、魔術を悪用する者達と戦い続けた。


「どうしてレンヤさんは、英雄になりたいって思ったんですか?」


 ある時、そんな会話をした。

 憧れの英雄であるレンヤ。彼は口癖にように『誰かを救える英雄になりたい』と繰り返していた。


「……昔、助けてくれた人がいたんだ。その人に憧れて、その人みたいになりたくて、その人に恩返ししたくて、こうやって今も英雄になろうとしてる。その人を探して、こんな遠いところまで来たけど、でもまだ会えてないんだ……やっぱもっとすげえ英雄にならねえとダメなのかなあ……」

「レンヤさん、今でも充分すごいですよ! 僕にとっては、あなたが最高の英雄です!」

「お、マジか? 嬉しいこと言ってくれるじゃねえかトウガ! お前だって、きっとすげえ英雄になれるよ! それこそオレなんかよりずっとすげえやつにさ!」

「きっとなって見せます……! あなたを超えるような英雄に! それが僕の、あなたへの感謝を伝えることになるはずですから!」

「っはは、上等。頑張れよ。……あと、お前よくそういうの本人に直接言えるな」

「え、僕なにか変なこと言いました……?」

「いや、いいよ。お前はその純粋さを持ったまま、自分の道を突き進めよ」


 トウガにとって、レンヤは英雄だった。

 だが。

 レンヤは、世界にとっての英雄ではなかった。

 レンヤは、たった一人の少女のためだけの英雄さつりくしゃだった。

 

 だからトウガは誓ったのだ――必ず、自分がレンヤを殺すのだと。



 □ □ □


 そして、最後の時が訪れる。

 

 澄み渡る青空のような色をした拳銃。青色の拳銃には、透き通る氷のような刃が装着されている。それが二挺。銃剣の二丁拳銃だ。

 透明な刃からは、鮮血が滴っていた。

 その刃で、弾丸で、何人も何人も葬りながらここまでやって来たのだろう。

 彼のことを、レンヤは知っていた。


 二人の間には、屍山血河と、互いに絶対に譲れぬ信念から生まれる断絶が横たわっていた。

 

「トウガ……どうして……」

「――何の問いですか? 僕がここへ来る途中、未だ貴方達を守ろうとする救えない愚者を殺したことですか? 


 それとも、貴方達を殺そうとしていることですか? どちらだろうと、答えは大差ありませんよ」

 冷たい、疲れきった声音だった。


「――悪だからだ。レンヤさん……いいや、赫世レンヤ。貴方はどうしよもうない悪だ。貴方みたいな最低の詐欺師に憧れていた自分に反吐が出る。だけど、そういう後悔は全て後に回します。僕が信じる正義のため、僕が守るべきモノのため――貴方という悪を、殺す」

「確かに、今のお前は正義だよ、トウガ。かつてオレ達が憧れた、世界を救う英雄そのものだ。でもな……悪いがオレは別に世界なんて救いたくなかったみたいだ。世界なんかより大事なもんが、オレにはあった。だから――オレは、英雄になんて、ならなくてもいい」

「今更どんな態度だろうが不快だったでしょうが……その開き直りはとりわけ癇に障りますね。まあいいでしょう……本当に、本当にもう、なにもかも今更なんですから……」

「ああ、本当にそうだな……」

 

 英雄とは真逆の存在となった彼に対して、これまで積み重ね続けた膨大な憧憬は全て反転し、トウガの心を黒く染め上げた。

 皮肉なことに、世界の全てを滅ぼす程の憎悪を宿した少年は、それを糧に世界を救うための戦いへ赴く。


 レンヤとトウガ。

 かつて志を共にした二人。

 共に英雄を目指したはずだった。

 しかし、今は正反対の道を進んだ。

 悪と正義。

 世界を守る者と、たった一人の少女を守る者。

 決して相容れぬ男達が、譲れぬ想いを胸に宿して相対した。



「……やるか」


「……ええ、始めましょう」



 これから始まる戦いを思えば、とても簡素で静謐な幕開けだっただろう。

 二人はこれまで幾度となく戦ってきた。

 だが、本気で殺し合うのは初めてだった。

 それでも。

 心底憎み合っていたとして……いやだからこそ、互いに互いを殺すという意思表明は正しく行うべきだという考えは、一致していた。



「終炎赫世神装騎士団、序列一位《終焉を灯す者レーヴァテイン》、赫世レンヤ」


 《終炎赫世神装騎士団》。

 世界を滅ぼす存在となることを決めたレンヤは、世界最大の魔術犯罪組織、その頂点に立っていた。


「神聖調和天罰機関、序列一位《月喰らいの蒼狼フェンリル》、空噛トウガ」


 《神聖調和天罰機関》。

 世界を守るための組織。その頂点に、トウガは立っていた。かつて抱いた夢、その全てをトウガは実現させたのだ。







「行くぜ、トウガ……オレは正義を捨てた、憧憬を捨てた、英雄への道を捨てた。

 だがな、それでもな……世界を焼き尽くす悪になったとしても、後悔はねえぞ。

 ……オレは、ヒマリを守るためなら、世界だって敵に回すッ!

 だから――貫いてやるよ、オレの悪をッ!」




「いいでしょう……貴方がそうして自身を貫くように、僕もまた自身を貫く。

 貴方に憧れ、英雄に憧れ、僕はこれまで進んできた。この憧憬は間違いだったとしても、それでも正義のために積み重ねた研鑽が消え去ったりはしません。

 これが偽りの憧憬から生まれた力だとしても、貴方を殺すには充分だッ!

 ですから――示してみせましょう、僕の正義をッ!」



 かくして。

 終炎譚と、英雄譚は激突する。



「《終焉神装ラグナロク》――」


「《終焉神装ラグナロク》――」

 


 その戦いは、世界の終わりを思わせた。

 全てを燃やし尽くす炎。

 全てを凍てつかせる氷。

 雲を引き裂き、空を焼き、大地を砕き、海を割り、星を削りながら、ぶつかり合う二人。

 長い戦いの果てに、決着の時が訪れる。

 勝ったのは――、

 


「これで終わりですね」



 ――トウガだった。

 地に伏したレンヤに、銃口を突きつける。

 彼の脳裏には、これまでの出来事が駆け巡った。

 走馬灯というのは、死ぬ側が見るものだと思っていたが。

 別れを惜しんでいるのだろうか、こんな救えない大罪人との別れを。

 確かに彼は大罪人だが、それでもかつては憧れだった。

 憧れた。彼に追いつこうと、もがき続けた。

 何度も稽古をつけてもらい、時に背中を預けて戦った。

 悪への憎悪、英雄への憧憬、同じものを胸に宿していると思っていた。

 それなのに、彼が選んだ答えの果てが、この惨状だ。

 感傷など、ないと思っていた。

 選択も葛藤も、遥か過去へ置き去りにしていたと、思っていた。

 ただ機械的に、歯車が回るように、星が巡るように、当たり前に殺すのだと思っていた。

 なのに。



「どうして……」

 


 この期に及んで、そんな問いが……トウガの口から溢れた。

 なぜ、世界を選んでくれなかったのか。

 なぜ、自分や仲間達を切り捨てたのか。

 無意味だと思った。

 感傷も葛藤も、問いも、なにもかも、全ては過去、手遅れ。

 今、この瞬間においては、無力で、無意味で、無価値。

 だから。




「さようなら、レンヤさん――僕は憧憬あなたを殺して、英雄になります」




 銃声。

 最後の言葉と共に。

 銃爪を引いた。

 この最低な戦いの、幕を引いた。


 トウガはレンヤを殺し、戦いに勝利した。

 終炎譚は、英雄譚の前に敗れ去った。

 

 世界は救われた。

 だが、レンヤの物語は、悲劇として幕を下ろした。


 彼の物語は、ここで終わり。

 どうしようもない敗北バッドエンド

  



 そしてトウガの物語は続く。

 世界が焼き尽くされたという結末を、彼は許せなかった。

 だから、彼は――。




 □ □ □




 断章 その憧憬は■■で





 断章 その憧憬は偽りで









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