エピローグ キミのためのラグナロク
あれ果てた大地。
人間が死滅した世界。
そこで、アキラは生きている。
――あの戦いから、随分と時が経った。
孤独には慣れているはずだったのに、少し賑やかな場に身を置いていたせいか、寂しがりになった気がする。
前よりも、レンヤのことを思い出す日が増えた。
誰もいない世界で、ただ目的もなく、アキラが生きている。
別に死んだって構わなかった。もうすべきこともない。どこかの遠い過去の世界での自分の罪が消えたからといって、ここにいる、この世界のアキラの罪はなにも消えていない。
だがもう、彼女を裁く人間もいない。
終わった世界で、アキラは生きていた。
彼女は今日も。
終わった世界の、校舎の屋上で。
孤独に、本を読んでいる。
いつも同じことばかり繰り返していると、どうにも飽きが回ってくる。
その日の彼女は、少し趣向を変えて、映画館へ足を運んだ。
前に来た時は、まだ機材が生きていたが、今はどうだろうか。不安と期待を胸に、誰もいない映画館を歩く。
ちょうど、かつてレンヤも好きだったヒーローが出て来る漫画を原作とした、アニメ映画のフィルムがあった。
誰もいない世界。
誰もいない映画館。
アキラはそこで、憧憬の残滓を鑑賞することにした。
機材が生きていることに安心して、上映を開始。
なぜだか、なんでもないシーンで涙が溢れてくる。このキャラクターが、このシーンが、この台詞が……レンヤが好きだったところばかり、鮮明に覚えている。
中でも一番好きだったシーンに差し掛かる。
覚えている。どんなシチュエーションで、どんなタイミングで、どのように、あの台詞を言うのか、全て。
そして。
その時は来た。
「――――世界の前に、キミを救う」
気がつけば、アキラの横に、誰かが立っている。
映画の中のヒーローと、同じタイミングで、同じセリフを言った彼のことを、アキラはよく知っていた。
彼の顔を見た瞬間、様々なことを思った。
どうして。なんでここに。どうやって。
…………まさか、タイムトラベルの術式を作り出して?
わざわざ、こんな終わった世界までやってきてしまった?
……どうして終わった世界で、アキラは生きていたのだろうか。
その疑問が、今やっとわかった。ずっと待っていたのだろう。
誰かが、救ってくれるのを。
いいや……彼が、この終わった世界から救い出してくれるのを、どこかで期待していたのだろう。勿論、ただその期待を抱えたまま死んでいっても、アキラはなにも不満ではなかった。
それなのに、こんなにも救われてしまって、こんなにも幸せでいいのだろうか。
……細かいことを考えるのは、後にしようと、そう決めて、アキラは立ち上がる。
その前に、したいことがある。
あの過去のヒマリに、負けないくらいのをしよう。
アキラは、レンヤをそっと抱き寄せ――――
きっと自分の全ては、このためにあったのだろう。
あの地獄のような日々は、このためにあったのだろう。
この物語は、バッドエンドから始まる物語だった。
そしてこの物語は、
――戦いの物語ではなく、
――英雄の物語ではなく、
――正義の物語ではなく、
――神々の物語ではなく、
これは――恋の物語。
この物語は、世界を終わらせるための終炎譚ではない。
あの戦いは――恋を終えるための、終恋譚。
一人の少女が、愛し愛された物語。ハッピーエンドで終わる、物語。
あの戦いは、あの地獄の日々は全て、少年に別れを告げるためだった。
なのに、物語はそこで終わらなかった。
終恋譚には、優しい続きがあった。
この物語の名は――――
――――キミのための、終恋譚




