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プロローグ 世界を焼き尽くしたその後に


 ――彼は、彼女のための英雄を目指し、その果てに世界を焼き尽くして、終わらせた。

 

 これは英雄譚となるはずだった、けれどその真逆のモノに成り果てた者の物語。

 始まりは、憧れだった。


 彼は英雄を目指していた。

 彼は英雄を憧憬していた。


 そして、彼女に出会った。

 彼女を守ると誓った。

 彼女を愛すと誓った。

 まだ知らなかったのだ。その先に待つ、過酷な運命を。

 愛を貫くということが、世界を焼き滅ぼすことと同義であることに。

 それなのに、誓ってしまった。 


 憧憬の強さが。深愛の強さが。

 誓約の強さが。信念の強さが。


 英雄が悪を討ち滅ぼすために原動力となるはずだった、尊い感情の全てが、世界を焼く赫焉の業火となってしまった。


 彼はどうすればよかったのだろうか。

 出会わなければよかったのだろうか。


 ――愛する彼女じゃあくを、殺してしまえばよかったのだろうか。

 肉と骨を灰燼と帰させた砂漠の中で、何度も何度も問いを反芻する。

 どうすれば、どうすればと、子供のように。大切にしていた玩具が砕け、破片を無意味に繋ぎ合わせるような、そんな思考ループ

 思考それすら、彼の胸を苛む。

 それはつまり、彼女を守ることを後悔するということだからだ。

 時は巻き戻りはしない。もう、何もかもが手遅れだった。

 彼への憎悪は、瞬く間に膨れ上がっていった。

 転がり続ける雪玉のように、速く、大きく。

 躯を積み上げ、その頂点で孤独に佇む彼を、誰もが憎んだ。

 彼は自分の殺戮せいぎを貫いた、殺戮者えいゆうなのだから、当然だろう。

 結局のところ、これはとても簡単な物語なのだ。

 彼には選択肢が二つあったというだけの話。

 一つは、英雄譚。世界を守り、正義を貫く道。

 もう一つは、終炎譚。彼女じゃあくを守り、世界を焼き尽くす道だ。

 

 人は時に、選択を迫られる。

 彼の場合、それがとても単純で、とても巨大だったというだけだ。

 

 その天秤はきっと、この星が乗せられる程に大きいのだろう。

 馬鹿馬鹿しい程の大きさ(スケール)の天秤。

 片方の皿には、彼女を。

 片方の皿には、世界を。

 選べるのは、二つに一つ。

 彼にとって、彼女じゃあくは世界よりもずっと大切だった。

 ただそれだけの、とてもとても簡単な話。

 

 選択こたえ終了でた

 選んだのは、彼女。

 選んだのは、終炎譚。

 

 さあ、終炎譚の幕開けだ。


 □ □ □


 赫世煉夜かぐせれんやは、殺戮者だ。

 レンヤは最愛の少女のために、世界中の人間を殺すと誓っている。


 少女の名は、御巫火真理かんなぎひまり

 ヒマリは、とある事情から大勢の人間に命を狙われる立場にあった。

 しかし今さら、事情そんなことはどうでもよかった。

 今では降り積もった憎悪の方が、事情よりもよっぽど命を狙われる理由として優先されているのだから。

 つまり、こういうことだ。

 御巫ヒマリは、問答無用で人類を鏖殺する機能が備わっていた。

 そして機能は十全に働き、ヒマリは鏖殺を繰り返した。

 にんげんが、たくさんしんだ、

 にんげんに、たくさんうらまれた。

 これ以上、誰かを殺させるわけにはいかないという正義より。

 必ず仇討ちを成し遂げる、疾く凄惨な肉塊となれ、という趣旨の要件の方が遥かに多い。

 そういった輩を、レンヤは殺して回っている。

 戦いは、殺戮はいつまで続くのだろうか、などという疑問は通り過ぎた。わかっているのだ、世界中の人間を葬るまで続くのだと。

 ここに至るまで、たくさんの人を殺してきた。

 優しい人間を殺した。人の皮を被った悪鬼を殺した。

 知っている人間を殺した。知らない人間を殺した。

 特に堪えるのが、旧知の、とても親しい間柄の人間を殺す瞬間だった。



 雷轟奏磁らいごうそうじという少年がいた。

 ソウジはレンヤの親友だった。喧嘩っ早くて、すぐ手が出る。レンヤを宿敵と定めており、事あるごとに勝負を挑んでくる。だがレンヤは、戦いを好まないためいつも相手にされていなかった。頭は然程よくない。だが、男気が有り、信念が有り、情に厚く、守ると誓ったものは必ず守り抜く。

 そんな、素晴らしい男が、素晴らしい親友ともがいた。



 ――――殺した。



 最初はヒマリを守ると言ってくれた。

 守る方法を考えてくれた、一緒に戦ってくれた。

 だが最後には、彼は世界を選んだ。

 世界のために、レンヤと戦い、レンヤは彼を殺した。

 こんな最低の形で、彼と決着をつけることになるとは思っていなかった。

 


 神樹森羅しんじゅしんらという少女がいた。

 シンラはとても生真面目で、不良なソウジとは正反対。ソウジを口うるさく注意するのが生きがいのような少女だった。口では彼を悪く言いつつも、その実彼を気に入っていた。聡明な彼女に助けられた事も多々あった。

 彼女もソウジと共に、ヒマリを守ってくれていた。


 殺した。


 彼女もソウジと同じだった。彼と共に、世界を守ろうとした。


 他にも、たくさんの人間がいた。

 ヒマリを守ると言ってくれた人。

 ヒマリに憎悪を向けた人。

 

 全員等しく、世界の味方で――――ヒマリの敵だった。


 当たり前だろう。 レンヤにとって、一番大切なのはヒマリだ。世界ではない。

 だが、他の人間にとってはそうではない。

 誰にでも一番大切な人はいる。そして、その人を守るためならばなんでもするのだろう。

 レンヤがヒマリのためなら、なんでもするように。

 そういうわけで、譲れない信念ものがある以上、あとは刃を交えるしかない。

 刃が血に塗れた後に、現れた答えは簡単なものだった。

 最後に立っているのは、いつだってレンヤだった。

 レンヤが世界で一番強い以上、もう答えは決まりきっている。

そして、人類完殺おわりの目処も立ってきた頃だった。 

  

 ――終わりがやってきた。


 レンヤの前に現れたのは、《英雄》だった。

 《英雄》。彼が選ばなかった選択肢。終炎譚ではなく、英雄譚。

 ヒマリを守るために人を殺し続け、世界を滅ぼす悪となったレンヤと。

 世界を守るために、レンヤを殺さんとする《英雄》が、激突する。


 そして――終炎譚は、英雄譚の前に敗れ去った。

 

 レンヤは殺された。世界は救われた。

 レンヤの物語は、悲劇として幕を下ろした。


 彼の物語は、ここで終わり。

 どうしようもない敗北バッドエンド

 


 これは、世界の終わりから始まる物語。

 これは、バッドエンドから始まる物語。



 これは――■の物語。

 世界は終わり、悪は英雄に滅ぼされ、そして――――




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