ランドベル大統領訪桑記と訪日記
扶桑皇国皇都 皇国大学医学部付属病院
幼少期に患った感染症により下半身不随となってしまったランドベル大統領は、この日、トレーラー諸島における会談により遥か西方中央世界の最先端医療による損傷神経系復旧手術を受けた。
翌日には立って歩けるようになると説明を受けた物の、彼の知る外科手術は術後何日もベッドの上で寝たきりとなりその後ようやくつらく長いリハビリに入るという物。
翌日の、
「これなら明日にでもそのおみ足で歩いて退院できますな。」
主治医の言葉に驚愕した。
何せ、日本と名乗る遥か西方から来たこの扶桑と同じ顔立ちの者達を統べる皇帝と会談したときにこの麻痺を治せると言われ、日本の大艦隊を見て信じる価値はあると考え、扶桑に来てこの病院に入院したのが4日前。正味5日で退院。それも、なんとまあ、自分の足で歩いて退院できると聞いて、彼は驚いていた。
「これが扶桑の地という訳か。」
ランドベルは、数十年ぶりに自らの体重をその二本の足で支えるという経験に涙した。
「神よ。扶桑という友を我が国に与えたもうたことを深く感謝いたします。」
「十字教の神さんて、八百万だと何に相当するんだろうな。」
「伊弉諾尊じゃないのかな。今度、休みの日に宗教学の教授に聞き入ってみよう。」
[失礼しまーす。あ、きちんと立ってますね。これ我が国からのちょっと早い快気祝いです。]
たしか、日本の友邦を治める王と言ったか。立ち上がったランドベルと。目線がほぼ同じという背の高い女性。
「あの人は何に相当するんだ?」
「アマテラスあたりかもな。」
[僕が相当する神性は天照と武甕雷と、伊邪那美と綿津見その他諸々です。]
何やら横で気になる会話があるが、ひとまず礼を言わねば。
「ありがとう。しかし。困惑している。」
[まあ、横隔膜以下の全神経系を総入れ替えしましたからね。本当だったら、全素体更新をしたかったんですが、DNAサンプル少ない上にこっちに持ってきた船では培養に6週間はかかりますから。神経系置換で済ませてしまいました。手を抜く形であなたにご迷惑をおかけしまして申し訳ない。]
「私は生物学には疎いが、つまりはここ(肋骨の下を指す)より下は、全く新しい神経という訳か。」
軽く足を上げ、そのまま軽快に足踏みをして号泣するランドベル。
[今は尚和15年。聖歴に…。]
「ショウワでわかる。だが何かあるのか?」
[遅くとも2年以内に素体更新をさせてください。そうでなくてはあなたは…。]
「ショウワ17年内までにそのソタイコウシンとやらを行わないとどうなる?」
素体更新はかの王国では日常茶飯に行われる、若返りの一種である。純粋培養され、本人が希望する年齢まで成長した体に魂魄を移動するという我々から見たら眉唾物の手術だが、成功率は100%という物。
[尚和19年11月に脳血管疾患で亡くなります。戦争終結と、コロンバスの超高度経済成長を見ること無くです。]
この言葉に涙も止まり為政者の顔となるランドベル。
「ふむ。先ほどまでの話を聞けば、その素体更新とやらはこの扶桑で受けた場合、施術可能になるまでに私が組織サンプルを提供してから、6週間はかかるという話だが、それを短縮する方法はあるのかな?」
[王国本国の病院なら、サンプルが現在の状態でも完全な素体は作成できますが、現在の状態ではあなたが、次元境界面や次元境界面間空間を通り抜けられるとは考えられません。ですので、今回交換した旧神経系の細胞をサンプルとして現在すでに日本本土近くに停泊させた艦内で素体精製を開始しています。遅くとも来週半ばには精製が完了。再来週頭には更新が可能になります。]
療養のため一月休み(書類仕事はする。)を国会、国民に承認してもらったので時間は問題ない。
数日後、
中央世界 八大列強第一位及び第四位 大日本及びムー大陸連合帝国 帝都
日本本土の中部、ちょうど列島が折れ曲がるあたりに位置する、全世界最大の都市であるこの街の国家中央銀行からほど近く。
大日本及びムー大陸連合帝国国立第一帝国大学医学部付属病院の外科病棟にランドベルはいた。
扶桑での数十年ぶりに自分の足で立てるという経験をした翌日、私は、扶桑は久礼の扶桑海軍久礼鎮守府に入港していた日本の戦艦に乗って、一路南洋のトレーラー諸島を目指した。
扶桑海軍最大の根拠地であるトレーラー諸島より先にそれは見えた。
「閣下にはあれに乗り換えていただきます。」
艦橋に案内された私はその言葉が最初聞こえなかった。その原因は、艦橋の中にある。
最初受けた説明だと、確か、主砲発射時の莫大なエネルギー干渉から操艦に必要な機器を守るために高所に艦橋をもうけたとあるが、後から受けた説明は、単に電探の一次処理を行う場所に艦橋を置くことで効率的な、操艦測距や、水雷回避が可能になるからだそうだ。
操舵用の区画はひどくコンパクトで、艦橋内には至る所に大型のモニターとおぼしき物がある。
「閣下。あちらで日本に向かうことになりますので、準備を。」
トレーラー環礁の沖合に巨大な構造物が存在していた。日本の戦艦はそこに向かっていく。
「SGS4536-256?これは何の記号なのかな?」
「それは以上後にあちらの従兵にお尋ねください。」
そう言われ、私は日本の戦艦が接舷後SGS4536-256にはいった。そこで、扶桑の軍服を着た、若い女性に出会った。
「ランドベルコロンバス合衆国大統領閣下ですね。お目にかかることができ、光栄であります。小官は、扶桑皇国海軍空母鶴鷹航空隊所属…じゃなかった。海軍省対大日本及びムー大陸連合帝国国交樹立特別使節団所属武官倉田井澄少佐であります。日本到着までの間、閣下の護衛を務めさせていただきます。よろしくお願い申し上げます。」
さすがイーグル連合王国圏では名誉白人と称されるほどの洗練さを持つと噂の扶桑が送り込んだ軍人だ。その制服には一つの皺も埃も無く、また、海軍兵に独特に油と潮風とが混じり合ったいやなにおいも無い。
「クラタ少佐といったか。君は私が日本に着くまでの従兵と言うことだが、この建造物について何か知っているのか?」
「申し訳ありません。小官も、つい10分ほど前に到着したばかりでして、本艦についてはただ今よりご紹介させていただく、本艦勤務の者におたずねください。」
ホンカンといっていた。ということは、これは日本が保有する船なのか?
「ランドベル閣下のお目にかかる機会をいただき大変光栄です。蒼藍星間連邦王国宙軍下将ルーフェリアです。よろしくお願いいたします。」
あとで聞いた話だとカショウとは、合衆国海軍准将に相当する階級らしい。
「ルーフェリア君、先ほど倉田少佐から本艦という言葉を聞いたのだがここについて説明はもらえるかね?」
聞き慣れない階級を口にするのは若干抵抗があった。
「かしこまりました。階級は閣下の呼び慣れたものに変換していただいて構いません。本艦は蒼藍王国基軍近衛軍連合艦隊第四師団艦隊所属スサノオ級第4536式256番艦プロメテウス。艦艇識別用番号はSGS4536-256。我が国で最も多く使用されている、戦艦です。識別用番号について解説はいかがですか?」
「頼もう。短い時間だが命を預けるのだ少しでも知っておきたい。」
「本艦は、スサノオ級戦艦の4536番目のマイナーチェンジを行ったグループにおける、256番目に建造された船です。スサノオ級自体はアメノテルカミ級戦艦を改良した物ですね。さて、ここから、艦橋までは鉄道と、エレベータで20分ほどですが。出航まであと1時間です。」
プロメテウス号は央領大陸南東の多島海上空を飛び越え、そう飛び越えたのだ。艦橋に案内され、その様を見ていた私は開いた口がふさがらなかった。
船が飛ぶというのは「飛行」船が有るので理解できるが、これほどの巨大な物体が音速を遥かに超える速度で、雲の遥か上を飛行しているのは信じられなかった。
「この船は全長20kmです。ヤード・ポンド法の方がよろしかったですか?」
「いや。メートル法でかまわない。」
わずか数時間で、船は中央世界と呼ばれるところに到着した。そのまま船は進み、日本列島は、沖ノ鳥島新島と呼ばれる島に到着。
ここで、鉄道に乗り換えた。
だが、その鉄道も私が知る鉄道とは違っていた。日本の帝都までの約1100マイルをわずか2時間強で結んでいるのだ。
帝都の駅を出た私は侍従とともに車にのせされ病院の正面玄関にいた。
「なんと壮麗な聖堂なのだ。」
それが、私がこの場で抱いた感想だった。
[聖堂では無く、総合病院の入り口ですよ。]
あの女性だ。
「これが?」
[はっきり言って我が国のレベルと比べたらいけないレベルですが、それでも、あなたが、あなたの知る紀年法での1950年を軽く超えられる体を用意しましたよ。]
そう言って、彼女は建物の奥へ雑踏の中へと消えていった。
そして、私は今このこぢんまりとしたへやに置かれたベッドに横になり、テレビなる受像器で報道番組を見ている。いつか、我が国もこの国の水準を手に入れられることを夢見て。




