らぶらぶすぎて、手も足も出ない話。
そんなオチもなく、変なカップルがらぶらぶするだけのお話です。
僕のカノジョには、手足がない。
幼い頃、僕が切り落としたからだ。
小学生の頃だ。
親の田舎が同じ町で、よく一緒に遊んだ。
当時、二人の間ではお医者さんごっこが流行っていて、離れの納屋でよく互いに裸を眺め合っていた。
その納屋に鉈があった。
一息にうまくやれたと思う。
実際には、両手両足だから、計四息だ。
振り下ろした瞬間は、梱包材のぷちぷちを一斉にぞうきんした時みたいに快感で。
彼女の小さな体が、びくびくと痙攣していたのをおぼえている。
隠しきれなくて、結局僕は捕まってしまった。
まだ小学校も半ばくらいの歳だったから、罪には問われなかったけれど。
福祉施設に送られることになって、彼女と離れ離れになってしまったのは、悲しかった。
僕たちは、離れた距離を文通で埋めた。
最初、腕を失った彼女から届く手紙の文字は読めたものではなかったけれど。
それも、じき巧くなった。
僕らは、好き合っていた。
離れてなお。手足を切り落としてなお。世間の風評が僕をどう見て、彼女をどう見て、なお。
僕にとっても、彼女にとっても、そんなことはどうでもよかった。
僕らにとって、手足の欠損は、消せないキスマークみたいなものだった。
つきあい始めたばかりの中学生が親に隠れて、こっそりと首筋につけるような。
僕らの場合、それが少し大胆で激しかっただけだ。
だからだろう。
僕の家族は、僕のせいで相当ひどいめにあったようだけれど。
彼女の家も、相当ひどいめにあったようだけれど。
少なくとも、当事者の僕たちは、そこまで不幸ではなかった。
月日が経って、僕は大学生になっていた。
一人暮らしを始めて、すぐ彼女を迎えにいった。
その頃には、彼女の家族は散り散りになっていたから、僕と彼女を阻む存在は何もなかった。
彼女を押し付けられた形の遠い親戚さんは、彼女を早く手放したがっているようだった。
僕は、彼女を早く手に入れたかったし、彼女は、早く僕のもとに来たがっていた。
三者の利害が完全に一致して、幸せな取引が成立した。
***
「ゆうくん、ゆうくん」
「うん?」
声をかけられて、僕は生返事をする。
窓辺によりかかるカノジョをぼんやり眺めているところだった。
そうしていると、彼女は四角い写真フレームに置き去られた切り株みたいで、かわいらしい。
遠くで、蝉が鳴いている。
近づきつつある夏の気配に、六畳の賃貸アパートは、少し蒸し暑かった。
こちらを見つめる彼女は、小首を傾げてみせる。
「なんだか上の空ね」
「ちょっと考え事」
「大学の単位の計算?」
「嫌なこと言わないでよ」
「ごめん」
悪戯っぽく彼女は舌を出す。
「昔のことを思い出していたの?」
「うん。というか、全部だね。昔から今に至るまでの道のりをひととおり」
「素敵」
彼女はうっとりと窓辺で微笑む。
僕は、彼女が窓から落っこちやしないか心配になる。
急に強い風でも吹いたら、彼女には自分の体を支えるすべがない。
「おぼえてる。ゆうくんが私の手足を切り落とした時のこと」
「痛かった?」
「あの時より?」
彼女がこの部屋に来た最初の夜にも、僕は同じ質問をした。
消せないキスマークよりは、もう少し確かな行為の結果として。
どちらが、彼女にとってより強い痛みだったろうか。
面白い冗談を思いついた時みたいに、彼女が窓辺で含むように笑っている。
「わかんないね。比べられない。どちらも、私、すぐ気絶しちゃったもの」
「ごめんね」
なるべく痛くしないつもりだったけれど。
やっぱり素人の技は、どんなにうまくこなしても最高には届かない。
「ううん。だって、そのおかげで私はゆうくんを捕まえたんだもの。世界で一番高価な買い物をしたんだよ。ちょっと特殊な買い方をしただけ。だから、結構幸せ」
「そんなものかな」
「ゆうくんはどうなの? 私が感じているくらい幸せを感じてくれている?」
「僕は……実は、最近、ちょっと後悔しているんだ」
「そうなの?」
昼過ぎに枯れる朝顔みたいに、彼女の笑顔が急速にしぼんでいく。
少し悲しそうに寄せられる彼女の眉根。
「ゆうくんは、私の面倒を見るのが嫌?」
「そうじゃないんだ。ただちょっと早すぎたかなって」
「早すぎた?」
「君の――」
立ち上がって窓辺に向かう。
不思議そうにこちらを見上げる彼女を、勢いのままに抱きかかえる。
わっ、と小さく悲鳴をあげる彼女――でも、嫌がってはいない。
人よりもよけいなパーツがついていない体は、歳の割に驚くほど軽い。
まるで、子どものよう。
なのに、向き合う顔は、大人になりかけの美しく成長した君。
そのギャップに、時々せつなさを感じる。
「――今の君の体に手足がついていたら、どんなに素敵だろうって」
施設の友人達と大貧民をやっている時にも、よく同じ後悔をした。
一回しか切れないカードを序盤で使ってしまって、後半で歯痒い思いをするのだ。
小学生の僕は、少し必死すぎた。
充分に彼女の背丈が伸びるのを待てなかった。
きっと、今だったら、あの頃よりもずっとうまくお医者さんを演じられるのに。
一瞬、彼女はきょとんとした表情を浮かべる。
でも、その表情は徐々に微笑へとスライドしていく。
そうして、気付けば、僕の知る中で、一番いい笑顔に変わっていた。
それこそ、やっと花開いて、こぼれそうなほど朝露をためた朝顔みたいな。
そのまま栞に焼き付けて、本の間に挟んでおきたくなるような。
「ねえ、ゆうくん――」
僕の腕の中から、囁くような甘い声。
小さい頃から、変わっていない僕をとろかす声。
まるで、とっておきの内緒話をするみたいに。
「――まだ、首が残ってるよ」
ああ、そうだね。
そんなゴールに辿りつけたら、素敵だね。
けれど、僕は二度目の後悔をしたくないんだ。
確実に彼女を満足させるには、僕はまだ少し人生経験が足りない。
順当に医師免許をとるには、もうしばらく大学に通わなくては。
「もう少し大人になってからね」
夏が近づく部屋の中、日差しの影に隠れて。
僕らは、唇を合わせた。
まるで、将来の結婚を夢見て約束を交わす二人みたいに。
その日が来ることを互いに祈っていた。