落ちた先は本、本、本。
―――………のせいよ!……のせいで私は!
小さな子供の声が響く。
この特徴的な声に聞き覚えがあって、すぐに誰の声か気づく。
その子供は泣きながら何かを強く責めている。
その何かの部分はどういう訳かよく聞こえない。
けれど私はこの何かがなんなのかわかっていた。
やめて。
小さく呟く。
けれど責める声は止まらない。
ふいにどこからか優しげな透き通るような声が聞こえた。
―――ごめんね。……ちゃん。ごめんね。
違う。あなたが悪いわけじゃないの。悪いのは………
●〇●〇●
「………やめて……」
ぽつり、と自分の口から漏れた声で目を覚ます。
目元には涙が浮かんでいるのがわかった。
「………ああ、夢か……」
そう、呟くことであれが夢であったと認識する。
ずいぶん昔の夢を見ていたようだ。
「最近は見ないと思っていたんだけど………」
そこまで呟いて硬直する。
「……ここ、どこ?」
思わず言葉が漏れた。
そこは見たこともない場所だった。
周りを取り囲むものは本。本。本。
天井を見上げて部屋の大きさが畳四畳ほどの部屋だとわかったが、その部屋には本しかなかった。
しかも本棚に入れられているのではなく、いくつもの本が積み重なって置かれていて、高さは私の身長よりもおそらく高い。
一つが倒れれば雪崩を起こし、私の上にのっかり圧迫死させられるのでは?と本気で考えてしまうほどだ。
怖い。怖くて………動けない。
私が寝転がっているベットの上にはかろうじて本は一冊も乗ってはいないが、少し触れば確実に倒れる。
どうしよう……。固まりながら。考える。
というか、どうして私はこんなところにいるのか。
こんな場所は見たことはない。家でも知り合いの家でもないだろう。
「はっ!まさか……誘拐……!?」
別に性的な意味を考えているのではない。
わかっている。この顔はどんなに欲求不満な男でも性欲をなくせる顔であることを。
だが、問題は身代金目的の場合だ。
私は親が幼い頃に死に、親戚もいないため、施設暮らしをしていた。
どうしよう。施設のみんなに迷惑をかけてしまう。
施設のみんなは私の顔を馬鹿にしない………こともないが、仲間外れにすることも苛めることもなく、仲良くしてくれる。
園長先生たちも本当の娘のように扱ってくれるいい人たちなのだ。
私が誘拐されたなんて聞いたらあのよぼよぼの老体と同じくらいよぼよぼであるはずの園長先生の心臓が壊れてしまうかもしれない。
ダメだ!それだけは絶対!
なんとかして逃げなくては!そう考えた時、ふと何かを忘れていることを思い出す。
んーと?なんだっけ?
忘れていることは思い出せるのに、何を忘れているかは思い出せないなんて役にたたない脳ね!そう脳を罵倒しながらも考えて……思い出す。
「私!四次元空間に入って、落ちたんだ!」
そうだ。そうだ。思い出した!
というかこんなビッグニュースを忘れるとか、私の脳はマジですごいな。少し感心するよ。
と、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
あの変な空間から落ちて、花園さんに嫉妬して、その間に意識を失って、私はあったことを順に並べてみた。
ん?じゃあ、落ちた先がこのベットの上ってこと?
いや、そんなもので受け止めきれるのか?けっこう早かったよ?私。
もし、私が蟻のようにちっぽけで軽かったらあり得るかもしれないけど………残念なことに私はそんなに軽くはない。
ベット一つなんて簡単に粉砕しているはずだ。
というかそもそもあの変な空間はなんだったんだろう?
最初はイタズラ?とか考えたけれど、イタズラを仕掛けてくる筆頭の花園さんがあの空間にいたことと、あの空間を高校生のイタズラで作ることができるはずがないからきっと違う。
でも、じゃあ何なのかと聞かれたらわからないわけで………。
「………わかんない」
しばらく考えてはみたがやっぱりわからない。
とりあえずここから出よう。
部屋の外はあんがい知っている場所かもしれない。
というか学校にいたのだから、きっと学校のどこかのはずだ。
もし違くても、外の人にここはどこか聞けばいい。
誘拐された訳ではなかったのだから、部屋の外にいる人はきっと悪い人ではないはずだ。
「………………よし!」
私はいつものように気合いをいれて起き上がる。
そしてベットから降りようとして……
「あ」
忘れてた。
私の、ベットの周りが本に囲まれていたことを。
やばい!と体勢を戻そうにも、もう遅い。
しかも、体勢を変えようとしたものだから変な格好になってしまう。
「うわあああああ!!?」
私は本の上にダイブした。