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~転換師~美幸の場合  作者: 有里谷 翔悟
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第2章_2.2_捕食者

 イズナは、工事現場の敷地内に建てられたプレハブ小屋の前で立ち止まり、二階を見上げた。異様な雰囲気が発せられている。

「これは……いるな。かなりヤバそうな奴だ」

 イズナは細心の注意を払いながらゆっくりと、玄関のドアをすり抜けた。

 すると目の前に、巨大な虎が待ち構えていた。

「うおっ!」

 飛び退き驚いたイズナに対して、虎はピクリとも動かない。

「……な、なんだ。はく製かよ。脅かしやがって。でも何でこんなところに虎のはく製が?」

 イズナは虎を横目に、慎重に中を探索した。一階はどの部屋も大小様々な木箱が雑然と置かれている。木箱に顔を入れて中を覗いたが、巨大な壺や熊、鹿の剥製などだった。

「なんでこんなもんが……まあいいか。ん?」

 イズナは隣の部屋を壁越しに見た。

「誰かいるな」

 ゆっくり壁をすり抜けると、そこには初老の男性が息も絶え絶えで横たわっていた。

「虫の息か。運がよければ助けてやるよ」そう呟いてイズナは天井を見上げた。

「ちょうどこの上だな」

 天井から頭だけを二階に出したイズナは、目を見張った。そこが〝座敷牢〟だったからだ。

 そしてその中では怯え震えているあの少年の他にもう一人、見知らぬ少年、いや河童の子どもがいたのだ。

「下の老人といい、厄介事になりそうだな……?」

 そのとき、隣の部屋から人の声が聞こえてきた。イズナは聞き耳を立てた。

「……しっかしありゃぁ、本当に珍妙な生き物だな。おまけに憑依された人間のガキまでノコノコ現れて。オークションではいい値が付くな。それでどうだった蛭川。例の生物学の教授は何て?」

「はい、これは人類にとっても貴重な発見だから、公表して然るべき保護施設に預けるべきだとの一点張りでした」

「おお、そうか、そうか。あれだけ痛めつけてもまたそれか? 生物学的に何て言うのか、はっきりさせろって言っただけなのにな」

「まぁ本物の河童のガキと、河童が憑依した人間のガキで間違いないでしょう」

「そうだな。珍しいってのが分かれば十分だ。もうあの学者に用はない。適当なところに埋めておけ」

「はい。わかりました。それから……」

 蛭川は言いかけて、隣の部屋に続くドアに歩み寄り、いきなり開けて怒鳴った。

「誰だっ!」

 座敷牢の中に居る一匹と一人は、これ以上ないという程の恐怖に顔を引きつらせた。そんな様子を蛭川はゆっくりと嘗め回すように見てから、チッっと舌打ちしてドアを閉めた。

「どうした蛭川? だれか居たのか?」

「いいえ。何か別の気配を感じたのですが、気のせいでした。すみません」

「いや、気にしねえでいい。それより人間のガキに憑依した憑依体を切り離す方法はないのか?」

「おそらく憑依体の本体は、あの河童の親でしょう。この近くにいると思います。それを捕まえれば簡単に引き剥がせます」

「そうか、すると河童が二匹か。どれくらい儲かるか楽しみだな」

「はい」

 そう言って二人は部屋から出て行った。

「はぁ~」

 イズナは大きくため息をついた。

「ビックリさせやがって。俺の気配に感付くとはイイ勘してやがる。でもありゃあ、人間じゃねえ。正体が分かるまでは迂闊に近付かないほうがいいな」


――指輪を持ち逃げした少年を追ってイズナと美幸がやって来たのは、近くを流れる川の護岸工事を行っている工事現場だった。それが今イズナが潜入した二階建てのプレハブ小屋だ。美幸はイズナと共に踏み込もうとしたそのとき、呼び止められたのだ。

「待ちなさい」春川大に憑依していたもう一体の憑き物、犬神だった。吉高美和もいる。

「い、犬神様?」

「犬のジジイか。しばらくぶりじゃねえか。まだ生きてたのか」

 悪態をつくイズナを軽く一瞥した犬神は、美幸に向って語りかけた。

「ずいぶん大きくなったのぅ、柚葉の娘。……積もる話もあるが、時間がない。あの子供が殺される前に救出したいのだが、協力してくれぬか?」

「おいジジイ。てめぇ、なに勝手に仕切ってんだよ?」

「イズナ、お黙りっ!」

「え? おい、美幸。おまえどっちの味方なんだよ」

「敵とか味方とかじゃない」

 美幸は犬神に視線を向けた。

「事情がイマイチ分かりませんが、あの子とそこの……河童さんの子どもの命が危ないってことですね?」

 犬神が黙って頷いた。

「だったら慎重にならないと。……詳しい事情は後でお聞かせ下さい」

「もちろん、そのつもりじゃよ」

 ふっと笑みをこぼす美幸に対して、渋々承諾したイズナは、気配を絶って現場に潜入。そこで二人を発見したのだった――。


 イズナは近くで待機していた美幸たちに、少年たちを発見したことを伝えた。

「その河童が言っている事は本当だ。人間のガキとそいつの子、それと爺さんがプレハブ小屋にいた。迂闊に手を出さなくて正解だった。あいつは何者だ? 人間じゃねえな。ジジイ、何か知ってんだろ?」

「私からお話します」

 それまで黙っていた吉高和美だった。

 彼女の話によると、この川の護岸工事を請け負っている土木工事会社は、広域指定暴力団組織『久慈武会』の傘下組織であるという。そして表向きは川の護岸工事を請け負いながら、裏ではその川を利用し、様々な不法となる品々をボートで別の場所に運ぶ、言わば中継点として使っているのだという。

 そんな現場を偶然にも見てしまったのが、吉高和美を名乗る河童の子供だったのだ。

 和美はすぐに助け出そうとしたが、運悪く相手の中に人間ではない者がいて、それは叶わなかった。

「ああ、確かに乗り込まなくて正解だったな。ありゃ、只者じゃねえ」

「それでわざわざ私のところに来たっていう訳ね。封印されるのを覚悟で」

 黙って頷く和美。

「それにしても久慈武会かぁ……最近ニュースでもよく聞くわよね。『武鬪派』を掲げてあっちこっちで事件を起こしているのよ。でもイズナが聞いたオークションってなに? まるで組織的に妖怪が狩られているみたいじゃない?」

「それは直接聞いた方が早そうだな」


      *


 その日の夜、人々が寝静まった深夜過ぎ。再び美幸たちは工事現場近くに足を運んていた。

「問題はあの蛭川って男だ。慎重に行くぞ」

「ほう、珍しく弱気じゃのう」

「そうですね。使い魔なのに」

 いつものイズナなら反論するが、今回は珍しく大人しかった。

「そんなに気になるの? その蛭川とかいう男が」

「ああ、奴には絶対に何かあるぜ。今まで一度も経験したことのない感覚だったんだ」


 プレハブ小屋二階の座敷牢の中。怯える二人の少年を睨む蛭川がいた。

「さて、ガキに取り付いている憑依体の方は、俺が喰らうとしよう。ここ最近喰ってないから腹ペコだったんだ。ガキ河童の方はそのままオークションか、切り刻んで珍獣マニアにバラ売りだな。世界中から需要があるんだよ。稀に手に入るお前ら珍獣の肉が喰いてえって連中が……誰だっ!」

 蛭川は振り向き叫んだ。そして凄まじい殺気を放った。

「他にも仲間がいたのか?」

 そう言うと少年の髪の毛を乱暴に掴み、そのまま目線の高さに吊り上げた。

「出て来い。さもないとこのガキは殺す」

「くっ」

 座敷牢のすぐ外で、イズナは己の姿を相手に晒した。

「やはりいたか……。なかなか見事な気配の消し方だな。俺にここまで接近を許すとは、貴様も只の妖怪ではあるまい。何者だ?」

「名乗る必要なんてねえな。そんなに俺に引き裂かれたいなら、そうしてやるよっ!」

 一瞬で妖気を全開にしたイズナは、電光石火の一撃で檻ごと蛭川の腕を引き裂き、少年と河童の子を抱きかかえて檻の外に出た。

 腕を切り落とされた蛭川は、足元の自分の腕を見てからイズナを見た。

 その表情は、痛みや怒りとは違い、まるで嬉しそうだった。

「ちっ、気味が悪いな」

 すると蛭川の腕の切断面から、光の糸のようなものが数本伸びると落ちた腕とつながり、ゆっくりとその腕を引き上げ、そして元通りの腕に戻った。

 そこでイズナは初めて悟った。

「こいつ……霊体の手の持ち主、捕食者だったかっ!」

 いつの間にか蛭川の両腕は、白く半透明に光っていた。

「ヤバイッ」

 すぐに離脱しようとしたイズナだったか遅かった。後ろ足が霊体の手に掴まれてしまったのだ。あっという間に力が抜けて自由が利かなくなった。

「ほう、この霊力。もしかして貴様がイズナか? 噂には聞いたことがあるぞ。どれどれ、実力の程を見せてもらおうか?」

 蛭川の口が大きく開き、そのまま頬が裂けた。そして自分の顔以上に口が大きくなると、イズナに飛び掛った。

「くそっ、これまでか」

 イズナは少年達を手放し、自らが喰われる覚悟を決めた。

 がその時。

 何者かが蛭川の背後から体当たりをした。その反動でイズナは蛭川の手から逃れることができた。

 蛭川に体当たりをしたのは、少年に取り憑いていたあの母河童であった。

 体の自由を取り戻したイズナは、一瞬の隙も作らない攻撃で蛭川に襲いかかった。

 イズナ渾身の一撃を受けた蛭川は、頭部から胸の辺りまでバックリと裂け、その場で膝から崩れ落ちて倒れ込むと、ピクリとも動かなくなった。

 と同時に外が急に騒がしくなった。爆竹のような破裂音が聞こえ、怒鳴り声がする。

「あいつらだな」

 イズナは少年二人を抱え、母河童とともにプレハブ小屋の裏窓から脱出した。

 外で陽動している美幸達も、いつまで持つか分からない。他の二人に憑いているあいつらも十分な力を出せないからだ。

 当初の予定通り、裏の川に河童の親子を逃がし、少年だけを連れて帰ることにした。

 が、そんなイズナの前に、全身が白く半透明に光った捕食者が立ちはだかった。

「ちっ、読まれていたかっ!」

 イズナが捕食者に攻撃を仕掛けた瞬間、突然捕食者はイズナをスルーし、河童の親子に向かってその大きな口を開き襲いかかった。

「なっ、しまったっ! おいっ! 逃げろ!」

 イズナは叫んだ。しかし河童の親子は恐怖で体が動かず、イズナのスピードをもっても間に合わない距離だった。

 一瞬にして、河童の親子はイズナの目の前で蛭川に喰われてしまった。

 あまりにも一瞬の出来事に、イズナは何も出来なかった。

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