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~転換師~美幸の場合  作者: 有里谷 翔悟
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第1章_1.2憑依

 日差しが差し込みすっかり明るくなっている室内。

 美幸は焦げくさい臭いで目が覚めた。

 辺りを見回すと、和人と大が寝息をたてて眠っている。どうやらあれから三人で雑魚寝をしてしまったようだ。イズナは胸元で蹲っている。

 それより……視線が部屋の入り口に向いたとき、白い煙が這うように入り込んでくるのが見えた。

「イズナ!」

「ふあ?」

「起きてっ。火事よっ!」

 二人も叩き起こされたが、まだ寝ぼけていたので襟首をつかまれると、ふらつく足も構わずに縁側から外へと放り出された。

 しかし周囲からパチパチという音が聞こえてきて、振り向いた美幸は愕然とした。あちらこちらで渦を巻いた火柱が立ち上ぼり、凄まじい勢いで家を飲み込んでいくのが見えたからだ。

「そんな……」

「おい美幸、これは……」

 イズナも突然の出来事に呆然としている。

「どうしよう……人形達が燃えちゃう……」

 あっという間に炎は屋敷全体を包み、目の前で大きな音を立てながら崩れていった。

 先祖代々、転換の術で憑き物たちを封印してきた人形。その数は数千体はあったであろう。それら全てが燃え盛る炎の中なのだ。

 その時。和人と大の二人に異変が起きた。

 二人は燃え盛る屋敷を虚ろな目でじっと見つめ、うわ言のように意味不明な言葉を発したのだ。そして苦しそうな表情で、自分の首元を掻きむしりながらその場に膝を着くと、同時に雄叫びを上げた。

「なんか……ヤバくねえか?」

 美幸の左肩にイズナが飛び乗った。

「そうね……この気配」

 美幸は和人を見た。知った妖気だ。

「あなた……もしかして古狐狸虚(ココリコ)?」

 すると和人、いや、和人に憑依したそれは言った。

「久しぶりだな、小娘。あの時はよくもやってくれたな」


――二年前。憑き物に憑かれた妊婦が家族に連れられてやって来た。

 一目見て異様な妖気を感じ取った美幸は、五体の人形を用意して転換の儀式に挑んだのだが、予想以上に苦戦を強いられた。結局、一晩中術をかけ続けることで相手を弱らせてから、なんとか五体の人形に封じ込めたのだった――


「あなた達『憑き物』が、人に取り憑き悪さをするからでしょ」

 冷静な、凍りつくような目付きで美幸が答えた。

「知ったことか! ようやくあの時の雪辱を晴らすチャンスが巡ってきた訳だ」

「ふうん、何度やっても同じだと思うけど。それとも今度は二度と復活できないよう、千切りにしてあげようか?」

「ふん、相変わらず生意気な小娘だ」

「相変わらず口の悪い妖怪ね……え?」

 途中で美幸は言葉を飲んだ。異様な妖気が背後からも放たれたからだ。

 振り向くと大にも何かが取り憑いていた。その妖気にも覚えがある。

邪蛇(じゃじゃ)?」

 かつて蛇神の最高神と崇められていたにも拘わらず、憑き物へ身を落とした『神下り』。

 何も言わず睨む眼光の鋭さは、三年前のあの日そのままだった。


――三年前の嵐の夜。新川家を訪れた家族がいた。蛇憑きの中でもより凶悪な黒蛇と呼ばれる憑き物に取り憑かれた子供を助けて欲しいという依頼だった。一目見て手強い相手だと分かったが、美幸は淡々とそれを三等分して人形に封印した……はずだった。

 しかしその直後。封印した人形が内部から破壊され、その黒蛇は外に出てきた。それがこの邪蛇だった。そして狂ったように暴れる邪蛇を死闘の末、五体の新たな人形を使いようやく封印できたのだが、祭儀場が全壊させられてしまったのだ。

「こいつらを同時に相手するのは、難しいぜ」

 イズナが言った。

「あら? 気のせいかしら? 私にはヤル気満々に見えるけど」

 美幸は懐から金色の大きな指輪を取り出し、二人を睨みながらゆくりとはめた。

「そうか? 目付き悪くなってるぜ」

「ほう? ついでにあんたも封印してほしい?」

「いや、遠慮する」

 しかしその時、二人に違和感を感じた美幸は、飛びかかろうとしたイズナを止めた。

「ちょっと待って」

 イズナも何かを感じ取ったようで、動きを止めてじっと二人を睨んでいる。

 二体の妖気は確かに凄まじいが、不自然だったのだ。

 直ぐに答えが分かった。

 それは他にも憑き物が二人に入り込んでいたのだ。その結果として意志統一が出来ず、古狐狸虚も邪蛇も本来の力が発揮できないのだ。ある意味幸運と言える。


 新川家には先祖代々憑き物を封印し続けてきた数千体の人形が置かれていた。もしその人形が破損すれば、中に封印されていた憑き物は解放される。

 しかし封印されると時間の経過と共にほとんどは妖力を失い『帰化』という魂の消滅を迎え、輪廻転生して別の生物として生まれ変わるのが普通だ。

 だから全てが世に放たれる訳ではない。

 ただし例外もある。

 古狐狸虚や邪蛇のような桁外れの妖力の持ち主は、封印されても妖力を失うことなく、それどころか研ぎ澄まし洗練され、禍々しさを増すのだ。

 それはこの二体に限ったことではない。今憑いている二体以上の妖力を感じたのだ。

「これは……」

 美幸は二人を交互に見つめて、その中に憑依している妖気を感じ取ろうと精神を研ぎしました。

「古狐狸虚の方は……烏山天狗ね」

 言い当てられ和人の気配が一瞬変わったが、すぐにその気配は引っ込んだ。

「そして邪蛇の方は……もしかして犬神様? 驚いたわ。みんな封印してから何年も経っているのに、以前より妖力増してない?」

「ああ、この四体を相手にすんのはマジ無理っぽいぞ。どうする?」

 珍しく驚いているイズナの問いに美幸は即答した。

「封印しない」

「は? おい、美幸。こんなの放っておいたら、それこそ人間社会は混乱どころじゃ済まないぞ」

 美幸は涼しい顔で返した。

「封印するにも人形ないじゃん。それに四対一は無理。そんなことよりも……」

 美幸は焼け跡を見た。

「どうしてくれるのかしら? 住む場所なくなっちゃったし、どれほど力が残っていたか分からないけれど、どさくさに紛れて逃げた憑き物たちもいるんだけど?」

「知ったことか! ってか何で俺達のせいみたいになってんだ?」

「ああ、そうだ。貴様はこの場で八つ裂きだ」

 二体は同時に美幸に襲いかかった。が、その場で転んで悶えだした。

「あんたら馬鹿でしょ? 一人の肉体に複数の憑依。それじゃ上手く肉体をコントロール出来ないわよ」

 恨めしそうに美幸を見上げ睨む古狐狸虚と邪蛇。

 その様子を冷静な、いや、冷酷な笑いを浮かべて目で見下ろす美幸。そして二人に宣言した。

「あんた達、今日から私の下僕よ。いいわね」

 途端に二体は敵意むき出しの表情になった。

「ふざけんな」「ナメたこと言ってると痛い目見るぞ」

「ああ?」

 凄む二体に、それ以上の殺気交じりの冷気で美幸は威圧した。

「うっ、この冷気……」

「一人の人間に二つの憑き物。それじゃ思い通りにコントロールできないでしょ? そんな状態でどうするの?」

「うう……」

 二人は押し黙り、美幸は勝ち誇った顔になった。その肩の上でイズナはため息をついた。


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