番外 和哉の試合
他の作品と平行して書くとかなり遅れ気味になってしまいますね。
まぁそんな事より、ではどうぞ!!
「えっと、俺これから用事あるんですが……」
「悪いがキャンセルしてくれ。部長がどうしても君に会いたいと言って」
だったら本人が直接来いよと内心突っ込む。
まぁ新山が親の七光り野郎だと言ってたから、自分から出向かずにこの人をよこして踏ん反り返りながら道場で待ち構えているんだろう。あくまでも俺の予想に過ぎないが。
先輩の台詞を俺の近くで聞いていた新山が俺に肘で軽く小突いてくる。
「(筑波が早々に神代に会いたいって事は、どうやらこれは相当機嫌が悪いみたいだな。会ったらすぐに謝った方が良いかもしれないぜ?)」
「(いいからお前は静かにしてろ)」
また小声で話しかけてくる新山を軽く注意してると、二年の先輩は俺の腕を掴んで引っ張ろうとする。
「すまない神代。悪いが何が何でも来てもらう!」
「って、ちょっと先輩。いきなり引っ張らないで下さい。俺はまだ行くとは一言も言ってませんよ?」
「おわっ!」
グイグイと引っ張ってくる先輩に俺が引き戻すと、不意を突かれたかのように尻餅を付いた。
この人、空手部に入ってる割には大して力が無いな。
「いたたた……」
「すいません。大丈夫ですか?」
「相変わらずスゲェ腕力だな」
呆れたように言って来る新山を余所に、俺は謝りながら先輩を立たせる。その事に先輩は痛そうな顔をしながらコッチを見る。
「だ、大丈夫だから気にするな……イテテ……。け、けどお前を絶対に連れてこないと部長がまた不機嫌になるから……頼む! どうか来てくれ!」
「………分かりました」
先輩が両手を合わせて俺に頭を下げてくる事に、周囲にいる生徒達がコッチを見て昨日と同様に注目の的となり、居た堪れなくなった俺は内心溜息を吐きながら行く事にした。
もしここで断ったら、この先輩の事だから絶対に何が何でも俺が行くと言うまで引き下がらないと思う。何故かそんな感じがするし。
「あ、ありがとう神代。じゃあ案内するから俺に付いてきてくれ」
俺の返事に先輩は安堵した顔になり、そう言って先に行くと俺も後を追う。
「やれやれ。って、何で新山も付いてくるんだ?」
「こんな面白い展開、俺様が見逃す訳ねぇだろ」
「……あ、そう」
ここで新山を追っ払ったところで何処かに隠れてコソコソと覗き見すると思う。コイツは自分にとって面白い事になると、どんな場面も見逃さない野次馬となるからな。特に俺が誰かと試合するところを。
「見物するのは別に構わないが、その後学校中に言い触らすなんて真似をしたらどうなるか分かってるだろうな?」
「も、勿論だ……」
コイツ……もし俺が釘を差しておかなかったら絶対に吹聴してたな。前に俺が一度痛い目にあわせたってのに懲りない奴だ。
新山に呆れながら先輩の後を追って数分後、空手武道場に付いて靴を脱いで中に入ると、道場の中央に新山が写真で見せた人が黒帯付きの胴着を纏って待ち構えるように立っていた。あの人が筑波新次郎って人みたいだな。
それと同時に他の空手部員が俺達が来た事に一斉にコッチを見始める。何か見るからにがたいの大きい人ばかりだ。
周囲を見回していると、俺を案内した先輩が中央に立っている人に近づいて声をかける。
「ぶ、部長。神代を連れてきました」
「分かった。お前はすぐ道着に着替えて一年達と一緒にランニングと基礎練習をしてこい」
「は、はい……」
筑波先輩の指示に頷くと、先輩はそのまま更衣室へと向かった。
「えっと、初めまして筑波先輩」
「ん?」
取り敢えず俺は近付いて挨拶をすると、筑波先輩は若干不機嫌そうな顔になって睨み始める。
「貴様が神代和哉か。成程。いかにも厚顔無恥極まりないようだ」
「はい?」
何この人? 人の顔を見た途端にいきなり罵倒だよ。いくら先輩でも初対面の相手に凄く失礼だな。
いきなりの罵倒に俺が顔を顰めているが、筑波先輩はそのまま続ける。
「貴様が過去に大会で活躍していたのは知っている。俺から見れば貴様の実力は大したことは無いが、それでもこの俺が認めるほどだと昨日まで思っていた。これがどう言う意味か分かるか?」
「………貴方を知らないと言ったからですか?」
完全に上から目線な物言いに俺は少しウンザリ気味になっているが取り敢えず答える。
「そうだ。貴様が俺を知らんと聞いた時にはかなり失望したぞ。まだ未熟とは言え、それなりの実力を持っている貴様に尚更な。空手をやる者が誰でも知る筈である日本空手協会理事長の息子である筑波新次郎を知らん貴様は所詮その程度。この俺とした事がとんだ見込み違いをして今でも恥ずかしく思っているぞ。貴様のような無知で未熟な相手を認めてしまった事に。故に貴様にはその身を持って教えてやらねばならない。感謝と同時に光栄に思うがいい。この俺自らが指導してやるから、貴様は後悔と同時に感謝する事になるからな」
「…………………」
御託を並べて完全に俺を見下す発言をした筑波先輩が、自分の台詞に酔っているかのような顔をしていたのを見て、俺は完全に呆れ顔となった。
この人どんだけ自意識過剰なんだよ。向こうで聞いてる新山も俺と一緒に呆れ顔になってるし。
だが俺と新山とは対照的に、他の空手部の部員の先輩たちは俺を嘲笑うような感じだった。
「さすがっすね~筑波部長」
「相手が雑魚でもちゃんと手ほどきするなんてなぁ~」
「男の中の男だぜ。いよっ! さすが日本空手協会理事長の息子!」
「そこの未熟野郎~。筑波さんは手ほどきでも容赦しねえから今の内に土下座したほうが良いと思うぜ~」
どうやら此処の部員達は筑波先輩の取巻き連中みたいだ。
あんな自意識過剰極まりない台詞を聞いて普通は呆れると思うが、逆に感嘆してればそう言う連中だと認識してしまう。まぁ相手がお偉いさんの息子だから、そうしないと不味いんだろうけど。
「……それで筑波先輩。身を持って教えてやるとは言ってましたが、要は俺は試合をするって事で良いんですか?」
「ふっ。貴様相手に試合にもならんが、一応そう言う事になるな」
完全に俺を舐めている発言だな。自分を知らなかっただけで此処まで見下されるとは。
もしこの人が師匠の弟子だったら、絶対に矯正されてるだろうな。特に自惚れてる部分を。
けどまぁそれはそうと、新山の情報ではかなりの実力者だと言ってたから、もしかしたら俺と互角に戦える相手かもしれない。取り敢えず試合してみよう。
「そうですか。では筑波先輩の胸をお借りして試合をさせて頂きますので、今からジャージに着替えていいですか? 道着は手元に無いので」
「構わん。だが今更怖気づいて逃亡などするなよ。おい、こいつを更衣室に案内してやれ」
「分かりました。おら一年、付いて来い」
筑波先輩の指示に一人の空手部員が俺に来るように言うと更衣室を案内した。
「ここだ。さっさと入って着替えるんだな」
「はい」
空手部員の言うとおり更衣室に入り、俺は持ち帰る予定だったジャージを鞄から出して着替えた。
着替え終えた俺は更衣室から出て再び道場に入ると、さっきと同様に中央に立っている筑波先輩がいつでも試合出来る状態になっていて、他の空手部員達は囲むかのように正座していた。
因みに新山は隅っこにいて、いつでも逃げれるような位置にいた。アイツは自分が危険になった場合はすぐ逃げれるように、前もって逃げ道を確保しておくからな。
新山の行動に内心呆れつつも俺は筑波先輩と立ち会い、そして構えた。




