第2話
「ったく。ホント紫苑さんには困ったもんだ。何であの人はいつも家に来る度に俺のベッドで寝てるんだよ」
「まあまあ、姉さんと一緒に寝る事が出来る男子は修哉だけなんだよ。その幸せをもっと噛み締めなきゃ」
学校に向かう為の通学路を歩きながら紫苑さんについて話している俺と和人。和人と一緒に学校に行く時は必ずこの話題になる。
「冗談じゃない。悪戯目的で人のベッドに潜り込まれている俺の身を考えてくれ。朝っぱらからあの人にあんな事されたら疲れるっての」
「………修哉さぁ、その台詞が俺以外の男子に言ったら間違いなく殺されると思うよ」
「紫苑さんの弟であるお前だからこそ言ってるんだよ。お前も少しはどうにか阻止してくれ」
「いくら親友の頼みとは言え、ソレばっかりは無理だよ。だって姉さんは俺の数倍強いし」
「だよなあ……はぁっ……」
Noと言って来る和人に俺は溜息を吐く。まぁ確かにあの人は強い。色んな武道をやってる上に有段者だからな。剣道の段を持ってるだけの俺とは桁違いだ。それに俺が剣道3段を取得出来たのは紫苑さんのお蔭でもある。
「一度でも良いからあの人に不意を突いて俺と同じ気持ちを思い知らせてやりたいな」
「修哉なら出来ると思うよ」
「何?」
無理だと分かっている俺の発言にアッサリと答える和人に疑問を抱く。
「それはどう言う事だ? 俺なら出来るって……」
「う~ん……正確に言えば修哉だけにしか出来ないと言った方が正しいね」
「はあ?」
益々分からない。何で俺だけにしか出来ないんだ? ってか和人、そんな真剣に考える事なのか?
「何故俺だけなんだ? 和人や他の男子には無理なのか?」
「うん、そうだね。修哉にしか出来ない事だ」
「………教えてくれ」
紫苑さんを困惑させる事が出来ると言うなら聞いてみる価値はある。
何たって和人が自信を持って言うんだからな。内容次第では即座に使わせてもらう。
「じゃあ教えるよ修哉。それはね……」
「…………」
和人の策を黙って聞く俺だったが、
「君が姉さんに好きだと告白してキスをすれば良いんだよ」
「……………(ゴソゴソ)………先に言っておく和人、スマン」
スッパァァァンッ!
「いたっ!」
余りのバカらしい策に思わず鞄からハリセンを出して和人の頭を叩いた。
因みにハリセンを持っているのは“とあるバカ”に使う物だ。
「あたたたた……何するんだよ修哉。痛いじゃないか」
「アホかお前は。何で俺が紫苑さんにそんな事しなけりゃいけないんだ」
「いや、そうしたら流石の姉さんも驚く上に……」
「その後は間違いなく殺されるに決まってるだろうが。お前は俺に死ねと言ってるのか?」
冗談じゃない。もし俺が和人の言ったとおりの事をしてしまったら紫苑さんに嫌われるだけじゃなく殺されるだろうが。
「大丈夫だって。死にはしないよ。姉さんの事だから修哉に『私の心と唇を奪った責任を取ってね♪』なんて言いそうだし」
「んなわけあるか。それは紫苑さんが以前から俺の事が好きだって前提になってるだろうが。根本的に間違ってるぞ」
「……いや、間違って無いよ。姉さんは以前から修哉の事が……」
「あり得んな。第一あの人は『自分より強い男じゃないと付き合う気はない』ってな条件を言ってたじゃないか。俺は紫苑さんより弱いから条件に入らないし……」
それに紫苑さんは俺を和人みたいに弟のような感じに思ってるしな。尚更あり得ない。
「………ま…まぁ確かにそうなんだけど……」
「今朝なんかは俺を困らせていたんだからな。そんな人が実は俺の事が好きだなんてあり得ないだろ」
「……………………………………………………」
キッパリ言う俺に和人は押し黙っていた。分かったから何も言わないのか?
「こればっかりは和人の方でも言っといてくれないか? あんまり子供っぽい事をしてると周りに色々言われるって」
「…………それは修哉だけにしかやってないんだよ……この鈍感」
「ん? 何か言ったか?」
「何でも無いよ。あ~もうこの話は無し無し。早く学校に行かないと」
「っておい和人!」
早歩きしていく和人に俺は負けじと追いかけた。何で呆れ顔になってるのかは知らんが。俺何かしたか?
和人の行動を疑問に思いながら、学校の校門前に着くと……。
「待ってましたわよ、天城修哉」
「……しまった。コイツの事をすっかり忘れてた」
「おやおや、彼女はまだ修哉の事を諦めていないみたいだね」
一人の女子生徒が立ちはだかるようにコッチに向かって言う事に、俺はすっかり失念しており、和人が苦笑いをしていた。
「和人、誤解を招くような言い方をするな。ってか羽瀬川。お前いい加減にしろよな。しつこいにも程があるぞ」
「それは貴方が剣道部に入らないからですよ!」
「それとお前のやってる事に何の関係があるんだ?」
女子生徒の台詞に思わず呆れる俺。ったく。去年からずっとこんな感じだな。
俺と話している女子生徒の名は羽瀬川愛美。俺達と同じ2年で和人のクラスメイトでもある。因みに今朝の朝食で校門で待ち構えていると話していたのはコイツの事だ。
特徴は黒髪ロングヘアーのポニーテールで美人と可愛いの中間ってところだ。おまけに優等生タイプで負けず嫌いの性格。そして神社の跡取り娘でもある。
何でそんな奴が俺を剣道部に入部させようとしていると言う理由についてだが、羽瀬川とは中学の頃からの剣道部仲間だったからだ。高校で俺が剣道部へ入部しなかった事に腹を立て、去年からずっと執拗に俺を剣道部に入部させようとしている。
とまぁそんな事があって、俺はしつこい羽瀬川に対して少しばかりウンザリしている。いい加減にもう諦めて欲しいもんだ。
「天城修哉! 今日の放課後にわたくしと勝負なさい! 貴方が負けたら剣道部に入部してもらいますから!」
「はぁっ………何でいつもそうなるんだよ、お前は」
「羽瀬川さん。そんな有無を言わせないやり方ばかりしてると修哉に嫌われるよ?」
「ほっといて下さい佐伯君! これはわたくしと天城の問題です!」
和人の台詞を斬って捨てるように言う羽瀬川。コイツは和人に対しては恋愛感情を抱いていなく、普通に話せる間柄だ。それによって和人は羽瀬川を気に入ってるみたいだ。
「どうする修哉? 彼女はこんな感じだけど……」
「全く……。じゃあ訊くが羽瀬川。何でお前はそんなに俺を剣道部に入部させようとするんだ?」
「同じ剣道仲間として放っておけないからですわ!」
羽瀬川は俺の問いに、さも当然のように言い張る。
そして次には、
「だったら他にも中学の頃に入ってた元剣道部の連中がこの学園にいるってのに、何で俺だけ入部させようとするんだ?」
「そ、それは……」
何故か急に顔を赤らめて口篭った。何だ? いきなりどうしたんだ、羽瀬川の奴は。
「どうした? さっきまで毅然としていたのに何故答えないんだ?」
「え、えっと……」
「それはね修哉。彼女って実は修哉の事が……」
「わぁ~~~! わぁ~~~!」
和人が言ってる最中に羽瀬川は猛スピードを出して両手で口を塞いだ。凄いな。一瞬で和人に近づくとは。
「むぐむぐむぐ!」
「あなたは余計な事を言わないで下さい!」
「何してんだ羽瀬川? 急に和人の口を塞いだりして」
「い、いえ! お気になさらないで下さい! これはちょっとしたコミュニケーションで、お、おほほほほ………」
「?」
訳の分からない事を言ってる羽瀬川に俺は頭の上に“?”を浮かべる。随分変わったコミュニケーションだな。
「と、とにかく! 天城、今日の放課後にわたくしと勝負してもらいますわよ! いいですわね!」
「いや、そんな事を言われても。ってかそろそろ和人の口を開放してやったらどうだ? 苦しんでるぞ」
「え? あ、ご、ごめんなさい佐伯君!」
俺の指摘によって気付いた羽瀬川はすぐに口を塞いでいた両手を放すと、和人はすぐに深呼吸をする。
「はあっ……はあっ……あ、あははは、俺も悪かったよ、羽瀬川さん」
大して気にしてないように言う和人。相変わらず女のやる事に対しては寛大なんだな。
「ってか和人。お前さっき何を言おうとしたんだ?」
「え? あ、いや、それは……ゴメン。さっき言おうとしていた事は聞き流してくれ」
「はあ?」
聞き流せってそりゃないだろうが。ってか羽瀬川。何で和人を睨むように見てる? 和人も何か羽瀬川の顔色を伺っているような感じがするし。
「………まぁ良い。羽瀬川、勝負についてだが」
「あら、やっと受ける気になりましたのね」
「勝負する条件として、俺の勝ち負けに関係無く何故お前が執拗に俺を剣道部に入部させるのかを聞かせてもらう」
「………え?」
何か不意を突かれた顔をしている羽瀬川だが、それでも俺は構わずに続ける。
「いくら以前からの剣道部仲間だと言っても、それだけでは納得出来ないからな。羽瀬川には何か理由がある筈だ」
「え、あ、そ、それは……」
ん? 羽瀬川が何か急に顔を赤らめてしおらしくなった気が……急にどうしたんだ?
「俺が言った条件を呑んでくれるなら勝負しよう。さぁどうする?」
「え、えっと……」
「修哉、それはちょっとばかり酷な条件じゃ……」
俺の条件に羽瀬川は完全にモジモジしており、和人が何故かフォローを入れてると、
「修哉テメェ~~~~~! 朝から羽瀬川と何イチャ付いてやがんだコラァ~~~~!」
「「ん?」」
「へ?」
突如、錬が猛スピードで走りながら俺に向かって叫んでいた。
「なぁ和人、アイツは一体何を言ってるんだ?」
「さ、さあ……?」
「朝っぱらから俺を不快にさせた修哉には俺が天誅を下してやる! 覚悟しやがれぇ~~!」
「…………取り敢えず、先にあのバカを黙らせるか」
此方に向かって襲い掛かろうとしてくる錬に、俺は鞄からハリセンを出して鎮圧する事にするのであった。
「それで羽瀬川さん。修哉の条件はどうするつもりなんだい?」
「そ、それは……その……」
和人と羽瀬川が何か話しているが後回しだな。
次回はちょっと時間を遡った錬の視点になります。