番外 神代和哉の放課後
今回は和哉の視点を書きました。
それではどうぞ!
「頼む神代! 体験入部でも良いから空手部に来てくれ!」
「……はあっ」
学校の授業が終わって師匠の道場へ行こうとした俺だったが、校門から出た先にいつの間にか先回りしていた見知らぬ二年の男子の先輩が、俺に空手部に入れとしつこくお願いされていた。しかも先輩と言うプライドを捨てているのか、俺に頭を下げている始末だ。
帰宅している他の生徒がコッチに視線を向けているので、俺はすぐに止めさせようとした。
「取り敢えず頭を上げてください。それと俺は何度も言ってる筈です。空手部だけでなく、他のところも入部はしないと」
「分かってる! だけど今どうしても君の力が必要なんだ! ウチの部長も君の実力を認めている! 君も知ってるだろ? 空手の全国大会で知れ渡っているあの筑波新次郎部長の名を!」
「知りません。生憎俺にはそう言った物には興味無いので、これで失礼させて頂きます」
お願いしてくる先輩を横切って帰ろうとする俺だったが、
ガシッ!
「ま、待ってくれ神代! せめて話だけでも……!」
「……いい加減にして下さい」
「ひっ!」
腕を掴んでくる先輩にいい加減ウンザリしてきたので少し声を低くしながら睨むと、先輩は咄嗟に手を離して怯えたような顔になる。
「いきなり人の前に現れて入部してくれだなんて、人の都合を全く考えていない自分勝手にも程があります。いくら貴方が先輩だからと言っても、そんなお願いにはとても従えません」
「………………」
「あんまりしつこい勧誘ばかりすると、俺は本当に怒りますから」
本当なら殺気で喪失させる事は出来るが、そんな事をしてしまってはそれはそれで問題になるので敢えてやらない。それにこの人相手に殺気を使わずとも、軽く睨んだだけで怯えているから不要だ。
向こうは俺が本気だと分かったのか、さっきまでの勢いが完全に無くなっていた。その様子に俺は諦めてくれたと思って帰ろうとする。
「言っておきますが、もし明日もまた勧誘したら空手部の部長に抗議しますので。もうついでに他の部にも言っていますが、大会の助っ人程度でしたらお手伝いします。それでは」
言いたい事を終えた俺は帰ろうと、師匠の道場へ向かおうとスタスタと歩き始めた。
その途中で商店街に入って、急ぎながら総菜屋の前を通ろうとすると、
「こら和君。アタシの店を素通りとはどう言う了見だい」
「あ……」
その中から突然割烹着を着た中年のおばちゃんが不機嫌そうに声を掛けてきた。
「ご、ゴメンおばちゃん。ついさっき、ちょっと不愉快な事があって……」
そう謝りながら言い訳をする俺に、総菜屋のおばちゃんは疑うような視線を向ける。
「不愉快な事ねぇ。でもだからと言って、コッチを見向きもしないってのはアタシとしてはちょっとねぇ……」
「いや、だから……」
「冗談だよ。大方、学校の先輩からまたしつこく部活勧誘されてイライラしてたんだろ?」
「おお、よくお分かりで」
さっきまでの不機嫌そうな顔とは一変して、今度は笑いながら理由を当ててきた。
この総菜屋のおばちゃんとは、師匠を通して俺が小学生の頃からの知り合って十年近く経つ。その付き合いもあって俺はこの総菜屋の常連であり、おばちゃんは俺を息子みたいに接している。
「そりゃねぇ。和君がちっこい頃から見てるから、もう顔を見るだけで分かるよ。だからそんなイライラを吹き飛ばす為に、この肉じゃがコロッケでも食いな」
揚げたてだよと言いながら、紙に巻かれた熱々のコロッケを渡そうとするおばちゃんに俺はすぐに受け取る。
因みに俺は此処の肉じゃがコロッケが大好きだ。具の肉じゃがのジャガイモが醤油だしでよく染みこんでいて、肉も少し大きめだから食べ応えが充分ある。小さい頃からよく食べている俺のオススメの一つ。
「熱っ……はい、百円」
「今日はいいよ。サービスだ」
百円を渡そうとする俺に、おばちゃんは要らないと言って来る。
常連ならではの特権だと思われるだろうが、
「へいへい。ちゃんと明日も来るよ」
「言わなくても分かっているようだね」
これは明日も買いに来いと言う一種の暗黙ルールの一つでもあった。
このおばちゃんは気前の良い人でもあるが、結構ちゃっかりしている。たとえそれが常連相手でも。
もうついでにこの暗黙ルールでは明日必ず来るだけでなく、コロッケを二個以上買う事になっている。不当だと思われるだろうが、此処のコロッケは結構美味しいから客が自然と二個以上買ってしまう。つまり美味しい故に文句無し、と言ったところだ。
「そんじゃ師匠のところに行くんで、俺はこれで」
「あいよ。今日も修行頑張りな。あ、竜さんに『偶には家のコロッケ食いに来い』って言っといてくれるかい? あの人、このところ商店街に来なくてねぇ」
因みに竜さんとは師匠の事であり、師匠はこの商店街でもちょっとした人気者だから、商店街の人達からは竜さんと親しみを込めて呼んでいる。
「へ~い。必ず伝えとくよ」
おばちゃんからの言伝を受け取った俺は、肉じゃがコロッケを食いながら師匠の道場へと向かうのであった。
所変わって――
「何? 神代和哉が断っただと?」
「は、はい部長。入部する気は無いとの一点張りで……」
空手部の部室にて、先程和哉を部活勧誘していた男が空手部の部長に報告していた。
「それは俺の名を出してもか?」
「え、ええ。奴は筑波部長の事を知らないとの一言で……」
「………この俺を知らん……この筑波新次郎を知らんだと!?」
ドゴッ!
「ひっ!」
筑波は近くにあった空手用のヘッドプロテクタを拳でひしゃげたことに、報告している男が怯えながら一歩下がる。
「少しは出来る奴だと思っていたが、どうやら俺は神代和哉を買い被っていたようだ。日本空手協会の理事長の息子であるこの俺を知らんとは……」
「えっと……」
「その無知な愚か者にはこの俺が直々に叩き込む必要があるようだな」
「そ、それはもしや神代を制裁すると……?」
「そうだ。俺を知らんと言った奴にはそれ相応の報いを受けてもらう。明日の放課後に奴を必ず空手部道場に連れて来い。必ずな!」
「は、はい!」