第11話
「おやおや、羽瀬川さんはもうやる気満々だね」
「そのようだな」
和人とのウォーミングアップを済ませた俺は剣道場に行くと、そこには剣道着を着た羽瀬川が待ち受けるかのように佇んでいた。その他の剣道部員は見守るかのように座って見ている。
「待たせて済まなかったな、羽瀬川。ウォーミングアップで時間を取らせてしまって」
「お気になさらず。万全の状態である貴方と勝負するのでしたら、わたくしはいくらでも待ちますわ」
俺が遅れて来た事に羽瀬川は大して気にしてないようだ。
万全、か。フェアプレー精神は相変わらずみたいだな。中学の頃から全然変わってない。
「天城、わたくしが勝ちましたら剣道部に入部していただきますわよ」
「分かってるって」
その代わり勝ち負けに関係無く、何でお前が執拗に俺を剣道部に入れさせようとするのかを聞かせてもらうからな。
「修哉、頑張ってね」
「ああ」
後ろにいた和人は俺の肩を軽く叩いてエールを送ると、隅っこで見物しようとする。
『ちょ、ちょっと! 何で佐伯君が此処に来てるのよ!?』
『どうしよう! 佐伯君が来るなんて聞いてないわよ!』
『きょ、極力佐伯君には近づかないようにしないと。もし汗臭いなんて言われたら……』
和人に好意を抱いている女子剣道部員達は熱い視線を送っており、
『くそっ! 佐伯の野郎……! 相変わらずイケメン振りを発揮しやがって……!』
『イケメンは死ね……!』
『何でいつも佐伯ばっかり……!』
対照的に和人を敵視している男子剣道部員達は殺意の視線を送っていた。
そんな中、一人の女子剣道部員が羽瀬川の近くに寄っている。
「愛美、天城君と勝負する以上は勝つように。良いわね? 彼を是非とも剣道部員にさせるのよ」
「勿論です、斎藤部長」
あの部長さんは俺を剣道部に入れる事に賛成みたいだな。恐らく羽瀬川から俺が全国大会で優勝した事を聞いたんだろう。
「それと……アッチの勝負もちゃんと勝つのよ♪」
「な、何を言ってるんですか!」
ん? 羽瀬川が急に顔を赤らめたな。ってかアッチの勝負って何の話だ?
「修哉~! 頑張れよ~!」
「ボクも応援してるからねぇ~!」
どうやらいつの間にか錬と江藤も来ていたみたいだな。一応手を振っておくか。
「天城く~ん! 勝てたらボクが天城君にエッチな癒しをしてあげるよ~」
『何ぃっ!』
「な、な、なっ……!」
江藤の発言に苦笑してる和人を除くこの場にいる男子全員が食いつき、羽瀬川は顔を真っ赤にしながら江藤に近づく。
「おい愛奈ちゃん! そりゃないぜ! 修哉にやるより俺にして――」
「ちょ、ちょっと愛奈さん! 神聖な剣道場で何をそんな破廉恥な!」
「んもう~。愛美ちゃんは真美ちゃんと同じくお堅いんだから」
錬が言ってる最中に、羽瀬川は割って入って問い詰めるが大して気にしてないように振舞っている江藤。
「そう言う問題じゃありません! あなたはもう本当にいつもいつも……!」
「じゃあこの際、愛美ちゃんが天城君にエッチな癒しをしたらどうなの?」
「んなぁっ!」
羽瀬川は顔だけじゃなく全身茹蛸みたいに真っ赤に染まっていた。
お~い羽瀬川さ~ん、勝負しないのか~?
「な、な、な、何故わたくしがそんな事をしなければいけませんの!?」
「いやぁ、そうした方が天城君も喜ぶかと思って。そう思わない、天城君?」
「何故そこで俺に訊くんだよ……」
んな事どうでもいいから、さっさと勝負したいと思ってると、
パンパンッ!
「はいはいお二人さん、そう言う事は剣道場以外でやってちょうだいね。それと愛奈ちゃんって言ったかしら? あんまり愛美ちゃんをからかうのは止めて頂戴ね。この子は物凄く初心な上に、まだ処女なんだから」
「部長! 最後は関係無いでしょうが!!」
「あ、そうでしたね。すいませんでした」
「何で愛奈さんも納得してるんですか!?」
部長さんが二人の口論を止めるが、余計な事を言ってしまい羽瀬川は更に熱くなった。
「えっと……俺はどうすれば良いんだ?」
「取り敢えず、少し待った方が良いかもね」
「何かあの剣道部の部長さんって、何気に愛奈ちゃんと気が合ってるな」
俺がどうしようかと悩んでいるといつの間に和人と錬がいる。
そして羽瀬川の余りの慌てように、剣道部員達は呆然と見ているのであった。
10分後
「ゴホンッ! で、では早速試合を始めましょうか」
「そうしよう」
少し時間が経った後、羽瀬川が漸く試合出来る状態になったので俺は防具を付けて竹刀を握る。
因みに余計な事を言った江藤は俺の方で軽く説教をして何も喋らないように言い聞かせて、錬と和人の間に座らせた。部長さんの方は謝罪する代わりとして審判をやってもらっている。
そして俺と羽瀬川は対峙して礼をすると、
「試合始め!」
「「やあああああ!!」」
審判をやってる部長の合図と同時に大きく声を出した。
~和人視点~
凄いね。二人の声が剣道場全体に響いたよ。余りの声の大きさに鬼灯と江藤さんがびっくりしちゃってるし。
「はあああああ!!」
「やあああああ!!」
ババンッ! ダンッ! ダダダンッ!
声だけじゃなく、修哉と羽瀬川さんは激しい打ち合いをしている。お互い最初から本気を出しているね。まあそれだけ相手が強いって証拠か。
剣道部員の人たちもかなり驚いているな。羽瀬川さんと互角に打ち合う修哉に驚いているのか、いきなり本気を出してる羽瀬川さんに驚いているのか……多分両方かもしれないな。
それにしても前から知っていたけど羽瀬川さんは本当に強いんだな。修哉は姉さんに鍛えられてかなりの実力を持っているにも拘らず、その修哉と互角にやりあえる羽瀬川さんは凄い。
今回の勝負は二本先に取った方が勝ちだけど、多分かなり長引くと思うな。
「ぐぐぐぐぐ……!」
「うううう……!」
激しい打ち合いの次は鍔迫り合いか。修哉と羽瀬川さんはお互いに下がろうとしない。下手に下がったら面を打たれてしまうのが分かっているからね。
「す、凄えな。何かあの二人、以前より強くなってねえか?」
「初っ端からいきなり凄い打ち合いを見る事になるなんて思いもしなかったよ」
鬼灯と江藤さんは二人の勝負に開いた口が塞がらないかのように見ており、同時に驚いていた。そりゃ江藤さんの言うとおり、いきなりあんなのを見たら誰でもそうなる。
「ねえ佐伯君。君はどっちが勝つと思う?」
「さあ……? あんな互角の勝負を見て、どっちが勝つかなんて分からないよ」
「ん? 修哉の幼馴染であるお前でも分からねぇのか?」
何か鬼灯の言い方はちょっと皮肉が混じった言い方だね。
「じゃあ鬼灯は分かるのかい?」
「当然。俺は修哉が勝つと思うぜ」
「何故そう言い切れるんだい?」
「んなもん訊くまでもねぇだろ。俺は修哉のダチだから、修哉の強さは分かってるし。いくら羽瀬川が強くても、修哉が必ず勝つって信じてるからな」
「………………」
……………どうやら俺は鬼灯に一本取られてしまったね。修哉の幼馴染である俺とした事が、修哉の勝利を信じていなかったなんて。
にしてもまさか鬼灯に言われるとは思いもしなかったよ。まるで修哉の事を良く分かってるかのような言い方だったし。珍しくちょっとイラッとしたかも。
「まあまあ二人とも。取り敢えず今は試合の方に集中しようよ」




