表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

8.一方通行

 補習の授業が始まっても、私はただぼんやりと先生の話を右から左へ聞き流していた。

 何も頭に入ってこない…。

 先程遠回りして補習の教室にやってきたとき、丁度携帯のバイブが震えた。

『今日、10分ほど遅れます。待たせてごめんなさい。用事が終わったらすぐ進路指導室に向かいますね』

 桜井先生からのメール。

 きちんと私のことを考えてくれている。先生だって大変なのに、そんな素振りを見せようともしない。

 前に先生は、私が何も言わないから心配だと言ったけれど、先生だって私に何も言わない。私を不安にさせないように、優しい態度を保ってくれている。

 きっとこの後先生に会っても、先程あったことなんて何も言わないのだろう。何もなかったかのようにいつも通りの笑顔で、私を迎えてくれるはずだ。

 けれど…。

 私はあの場面を見てしまったから、きっとぎこちない態度をとってしまう。変なことを言ってしまったらどうしよう。せっかく先生が気を遣ってくれているのに。

 もし、あの子が先生に告白していたら…。

 その後に先生と会うのが怖い。私は一体、どんな表情をしたらいいのだろう…。

『突然すみません。今日は体調が悪いので、真っ直ぐ帰ります。ごめんなさい』

 気が付けば、そんなメールを打っていた。

 会いたいけど、会えない。

 送信ボタンを押す。

 こんな風に桜井先生から逃げるのは、初めてだ。




 補習の授業が終わって、教室を出ようとしたとき、ポンと背中を叩かれた。

「どうした、友紀」

「え?」

 野島くんが怪訝な表情で立っている。

「いや、授業中ボーっとしてたからさ、何かあったのかと思って」

「あれ、見られてた?」

「ああ。一時間中ずっと―…って、いや…」

「え?」

「いや、何でもない」

 何故か野島くんが眉を寄せて変な顔をした。そんなにおかしな様子だったのかと思い、私は焦って手を振る。

「大丈夫、ちょっと、具合悪かっただけだから」

「大丈夫じゃないだろう。早く帰った方がいいよ、何なら送るけど」

「ほ、ほんとに大したことないから!」

 何だか余計な心配をさせてしまったことが申し訳なくて、無理矢理笑顔を作って野島くんに向き直った。それでも野島くんは私に付き添いながら、教室から下駄箱までゆっくり歩いてくれた。

「ありがとう」

「俺は別にいいけどさ。体調には気を付けないと」

 いつものようにふざけたりしない返事に、本気で悪い気がしてしまった。今日はきちんと家で大人しくしていようかな…という気にさせられてしまう。

「うん、そうだね。このところ忙しいから」

「勉強ばっかりだしな。友紀も息抜きしたほうがいいよ」

「息抜きかあ…」

 私にとっては、桜井先生に会うことが良いリフレッシュになるのだけれど。自分自身で、それをなしにしてしまった。今日はこれで、良かったのだろうか。

 少しだけ野島くんと話をして、そろそろ帰ろうと靴を履いて立ち上がった時。すぐ側の階段から降りてくる人物と目が合った。

「あっ」

 思わず私が発した声に、野島くんもつられて視線をやる。

「桜井先生」

「日高さん」

 なぜここに先生が、と私は驚きながらも、そんな動揺に気づかれぬようごく自然に微笑んでみた。

「補習終わって、今から帰るところなんです」

「そうですか、二人とも遅くまでお疲れさま」

 桜井先生もいつも通りの笑顔で、私たち二人の顔を見比べている。そうして私の方に向き直り、笑みを潜めて静かに問いかけた。

「体調、大丈夫ですか?」

「あ…、はい。大丈夫です、大したことないので」

「そう、それなら良かった。じゃあ、気を付けて帰って下さいね」

 先生はそう言って軽く会釈をし、下駄箱の前を通り過ぎていった。小さくなる足音を聞きながら、先生にもまた余計な心配をかけさせてしまったな、と罪悪感を覚える。

「じゃあ、私帰るね」

 そう言って野島くんを振り返ると、彼は目を見開いたまま不思議そうに、先程先生が通り過ぎていった廊下の奥を見つめていた。

「野島くん?」

「先生、なんで友紀が具合悪いこと知ってるんだ?」

 ドキリとした。

 そんな私の心境を見透かそうとするかのように、野島くんは私の目をじっと見つめてくる。

 彼にそんな気持ちにさせられるのは、もう何度目なのだろう。

「さあ…、私の顔色、悪かったからじゃない?」

「ふーん…?」

 納得していない返事。

 それ以上追及されたくなくて、私は「またね」と言い捨ててその場を後にした。上手い言い訳なんて、今は何も思いつきそうにない。ただでさえ野島くんには言い訳など通用しそうにないのに。

 背後からの視線を振り払うように、私は足早に校門を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ