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7.不安な気持ち

 結局あの後学校を出てから、私は野島くんにゲームセンターに連れて行かれ、延々と対戦ゲームの相手をさせられた。

「友紀、弱いからつまんねえー」

「当たり前でしょ…」

 初めてやったゲームだ。そもそも私はゲームセンターなんて滅多に来ることがないし、器用な方でもない。弱いに決まっているのだ。それなのに野島くんはお構いなしで、何だかんだ一時間ほどゲームに付き合わされ、ようやく解放してもらうことができた。

「ふうー、ストレス発散!ありがとう」

 ニッコリ。

 野島くんのお得意爽やかスマイル。そんな顔をされると、怒りたくても怒れない。

「そ、そう…、それなら良かったね」

 適当に相槌を打つ。

「うん、良かった。また明日からの勉強も頑張れそうだよ。あぁ、また相手頼むね」

 ええーっ!

 しかしそんな叫び声は心の中だけに留めておいて、私は引き攣った笑顔で頷いておいた。野島くんは本当にスッキリとした表情をしていて、背中を伸ばすストレッチなんかをしている。

 そんな彼を見ながら、これが野島くんの素の姿なのかなぁ、とぼんやり考えた。

「ていうか、野島くんってゲーム好きなんだね。なんか意外だな…」

「あぁ、まあね。家でするのも好きだけど、こういうとこの対戦ゲームも結構ハマるよ。でも、俺弱いんだ」

「ウソ、さっき私一回も勝てなかったよ?」

「アハハ、だって友紀初心者じゃん。そうじゃなきゃ、俺こんなに勝てないよ」

「…なるほど」

「うん、友達とやっても大体負けるからね、俺!」

 どうだ、と言わんばかりの野島くん。話している内容は、全く自慢できることではないのだが。

「…、ていうか、あっ!」

 突然大声を出した私に、野島くんが目を真ん丸くして不思議な顔をした。

「何だよ」

「だから野島くん、私に相手させたんだ!?自分が勝てるからって~!!」

 私がそう声を上げると、野島くんは少しだけポカーンと口を開けたままだったが、直ぐに顔をグシャリと歪めて笑いを吹きだした。

「プッ…、今頃気づいたの?」

「なっ!」

「まっ、また付き合ってもらうからさ、その時はよろしく。今日はありがとう、それじゃあね、友紀」

 ええーっ!

 そう言うと、野島くんは私が何か言う前に背を向けて、颯爽と駅の方角へと歩いて行ってしまった。私はただ突っ立って、その後ろ姿を見送るしかない。

 何だそれっ!




 キーンコーンカーンコーン…。

 一日の授業が終わって、帰りのホームルームの時間。

 季節はもうすぐ夏本番で、夏休みも待っているというのに、なぜこんなに暗い気持ちにならなきゃいけないのだろう。

「はあ…」

 今月受験した、模擬試験の結果通知表。

 志望校の合否判定。

 口に出したくもない。

(こんなんで、大丈夫なのかな…)

 今のまま勉強していても、合格できる未来図が見えそうにない。ここしばらくの模試の結果は相変わらずで、結果が目に見えて現れてこないから、ただただ不安が募るばかりである。

(やっぱり、もっと勉強頑張らなきゃならないのかな…)

 試験本番まではあと半年だが、まだ半年と捉えるか、もう半年と捉えるか。それは自分の心持ち次第だ。けれど今の心境では、ポジティブに考えられそうにない。

(こんな時は、桜井先生と話がしたい)

 丁度この後の補習が終わったら、先生と進路指導室でコーヒーを飲む約束をしている。その約束だけが、今の私には唯一の救いのようなものだった。

 あと少し我慢すれば、先生に会える。

 そう自分を元気づけて、私は補習の準備をして教室を出た。

 階段を下りて、東校舎の職員室前を通って、補習の教室へと向かう。職員室の前を通るとき、少しでも桜井先生の姿が見えないかなぁ…、と淡い期待を抱きながら通り過ぎる私は、なんて女の子なんだろう、と自分で胸がこそばゆく感じてしまう。

(今は席を外してるのかな)

 そう思いつつ、職員室を少し通り過ぎた辺り。曲がり角の向こうに人影が見え、そこから話し声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある、その声。

「すいません、今日はちょっと…」

「今すぐじゃなくて、補習終わった後少しだけでいいんで時間とって欲しいんですっ!現国で分かんないとこがあって、教えて欲しくて…っ」

「ごめんなさい、今日は先約があって…、だから、明日じゃだめですか?昼休みとか、先生時間取りますから」

 丁寧な話し方。

 桜井先生だと、すぐに分かる。

(先約って、私のことだろうか)

 ドキリとした。角を通り過ぎるのが怖くて、私はその場で足を止めた。

「駄目です、今日じゃなきゃだめなんですっ、今日が、いいんです…」

 気持ちを隠し切れないような。

 その女子生徒の悲痛な叫びは、私にまで伝わってくる。彼女が何をこだわっているのか、今日何を伝えるつもりなのか、私にはハッキリとは分からないけれど。勉強の話、でないことは分かる。

「…分かりました。じゃあ、10分だけ時間を取るから、教科書持っておいで」

「あ…、ありがとうございます!嬉しい…桜井先生、本当にありがとうございます…」

 私はそれ以上その場に居られなくなって、今来た廊下を静かに引き返した。

 先程から胸が締め付けられて、苦しくて仕方ない。

(あんな場面に、遭遇したくなかった)

 仕方のないことだけれど。

 彼女の真剣な想いも、桜井先生の優しい態度も。どちらも否定できないことなのに、そのどちらも私には辛いことだから。

 私は自分の本音をどうしていいのか分からなかったのだ。

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