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6.強引なデート

「さっ、どこ行こうか!」

 何の悪びれもなく野島くんがそう告げるのを、私は呆気に取られて聞いていた。

「どこってねえ~…」

「いいじゃん、どっか遊びに行こうよ。折角補習も無いんだしさ、やってらんないよ、勉強ばっか」

 廊下を歩きながら愚痴る野島くんを見て、ふと、珍しいな、と思った。

 私にとって野島くんといえば、いつも爽やかに振舞っていて、ネガティブなイメージなど無い印象だ。周りの生徒とは少し違っていて、堂々としている。けれど持ち前の雰囲気で周囲と上手く溶け込んでいるから、その差を感じさせない。

 だから少し、意外な気がしたのだ。

「…え、なに?」

 無意識に野島くんをぼんやり眺めていたせいで、不意に目が合った。

「え?あ、何でもない」

「…なに?余計気になるんだけど」

 今度は逆にこちらがジロジロと見つめられてしまい、妙に焦った気持ちになる。

「えーっと…、なんか、意外だなって」

「何が」

「野島くんでも、愚痴とか言うんだなぁと思って。親近感沸いた」

 アハハ、と誤魔化すように笑った。それ程深い意味があったわけではないけど、彼に対して少し安心したのも事実だ。

「はぁ?俺を何だと思ってるの?」

 フッ、と息を噴き出して、野島くんも笑っている。それはとても自然な笑顔で、私はなぜか、おお~、笑った!と心の中で嬉しくなった。

 正直、野島くんという人がどういう人なのか、私にはよく分からない。

 突然話しかけられて、そこからこうして話をするようになったけど、自分のことを話すことは少ないし、何を考えているのか見えないことも多い。勿論冗談を言ったり、笑ったりもするけれど。今みたいな素直な笑顔は、初めてかもしれない。

 無意識にニヤニヤしていた私に気付いて、野島くんはシュッと右手を振り上げた。

「チョップ!」

「えっ!わあっ!」

 頭を軽くゴツンッと叩かれ、反射的に野島くんの方を振り返った、時。

「日高さん」

 穏やかで、聞き慣れた声。

 ふんわりと微笑む桜井先生が、ふいに曲がり角の影から現れた。

「桜井先生!」

「今から帰宅ですか?」

「ハイ!今日は補習がないんですっ」

 あまりに突然、そしていつもの調子で桜井先生が話しかけてきたものだから、私はついさっき受けたチョップの痛みも隣の野島くんの存在も一瞬間に忘れて、勢いよく返事をしてしまった。

「あはは。本当に嬉しそうですね」

 途端にハッとして、いえっ違うんです!と慌てて手を振ったのだが、先生は全てを見透かしているかのようにニコニコと笑っている。

 妙に気恥しくなって、顔が赤くなるのが分かった。

 ジリジリ、ジリジリ…。

 隣からは、居心地の悪くなる視線も感じるし…。

「まあ、息抜きも大事にしてください。受験生」

 そうして桜井先生は、では、と私たちに軽く会釈をして、廊下の奥に消えて行った。

「……」

 二人揃って立ち止っていた足が、ぎこちなくもゆっくりと歩き出したのに、先程まで何の話をしていたのかが思い出せない。

 黙ったままの空気が息苦しくて、私は必死でそんなことばかり考えていた。

 階段を降りて下駄箱が遠くに見え始めた時、ポツリと野島くんが呟いた。

「友紀って、好きな人いるの」

「はっ!?」

 突然の質問に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。それでもそんな質問をした野島くんは全く何て事無いという様子で、続けて問いかける。

「ほら、さっき小林さんいた時さ、その答え結局聞きそびれてたから」

「あ、ああ~…」

 そう言えば先程は有耶無耶なまま終わったけれども、それを今蒸し返してくるとは。

「と、特にいないけど…」

「あ、そう」

 アッサリとした返事。

 思わず何なんだ、と隣の野島くんを見ると、彼とバッチリ目が合った。

「!!」

「じゃあいいよね」

 口角を三日月のように釣りあげて、野島くんは満面の笑みをした。私が野島くんの顔を見返すことを知っていたかのように、それは良いタイミングで。

「…なにが?」

「さ、遊びに行こう」

「はっ!?」

「いーからいーからっ」

 グイッと制服の袖を引っ張られて、私は再び野島くんの言いなりだ。

 なぜこうもやられっぱなしになってしまうのだろう…。自分でも嫌になるが、野島くんに言われるとどうにも言い返せなくなってしまう。

 それは多分、私の気持ちを野島くんが知っているような気がするからだ。

 桜井先生に対しての。

 それを確認する勇気は、まだないけれど。

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