5.突然の予定
ブーブー。
六時間目終了のチャイムが鳴った直後、控えめなバイブ音が制服のスカートから響いた。
携帯を取り出し、ぼんやりとメールの送り主を確認した途端、眠かった頭がハッと呼び覚まされる。
(桜井先生からだ…!)
三ヶ月前、先生と連絡先を交換してから、稀にメールのやりとりもするようになった。それからだいぶ経つはずなのに、未だに連絡が来ると嬉しくて顔が緩んでしまう。
「なんだろ~…」
独り言を呟きつつ、何気無い風を装ってメールを開く。
直後、舞い上がった気持ちが一気に突き落とされた。
『放課後、職員会議が入ってしまいました。ごめんなさい。コーヒーはまた今度にしましょう』
今日は木曜日、進路指導室で先生とコーヒーを飲む日だ。木曜日だけは放課後の補習もないし、一週間の間で一番長く先生と一緒にいられる日である。朝から楽しみにしていただけに、ショックも大きい。
「なんでよりによって今日~!?」
愚痴りつつも、『大丈夫ですよ!次回楽しみにしてます』と大人しくメールを送信した。
「はぁ~…」
ふと、最近先生とゆっくり話をしていないな、と感じた。
放課後も補習が毎日のように入っているし、補習の後に訪れても先生は私を気遣って早めに家に帰そうとする。私としてはもっと一緒にいたいのだけれど、それが先生の好意によるものだと分かっているから何も言えなくなってしまう。
(我儘言って、面倒な女と思われるのは嫌だし…)
出来るだけ迷惑はかけないように、先生の前では少しでも背伸びして大人にならなきゃ。
そうして嫌われないように…。
「あっ日高ちゃんだ~!!今帰り?」
教室を出て廊下を歩いていると、C組の教室前で海ちゃんに呼び止められた。
「うん、そうだよ~。海ちゃんも?」
「そう、聞いて聞いて~!今から久々にミナト先輩とデートなんだぁ♪校門まで迎えに来てくれるみたいだし、日高ちゃんも会っていく~??」
はしゃぎながら帰宅準備をしている彼女からは、ふんわりと香水の良い匂いが香った。女の子らしい、薔薇の香り。海ちゃんにお似合いだ。
「そうなんだ!うーん、でも二人のジャマしちゃ悪いしなあ~、私は良いよ」
「何言ってるのぉ、先輩も会いたがってると思うよぉ~?ねっ日高ちゃんも一緒に…」
そう、海ちゃんが私の右手を掴んだ途端。
「うわっ!?」
右手より強い力で、同じように左手を掴まれた。
「ごめん小林さん、俺、先約済みなんだ。ねっ、友紀?」
その声の主は、平然とした様子で私に微笑みかけている。
(ねっ?じゃないんだけど!!)
「…野島くん?先約って何のことかな?」
私がそう言うと、野島くんは全く悪びれる様子もなく、お得意の爽やかスマイルを披露してくれた。
「まぁた友紀ったら、とぼけるなよ~。今日はデートの約束してたじゃないか~」
「「はぁっ!?」」
その返答に私と海ちゃん両方の叫び声が上がる。私が何か言う前に、海ちゃんがグイッと私の右手を引っ張って、野島くんを睨みつけた。
「ちょっと、野島っち!デートとかふざけたこと言わないでよぉっ、いくら野島っちでも日高ちゃんは渡さないんだからっっ」
海ちゃんと野島くんは同じクラスなので、どうやら顔見知りのようである。
「小林さん、悪いけど、きみからそんなこと言われる筋合いはないよ。これは俺たちの問題なんだ、ねっ友紀?」
そうしてキラリと爽やかな笑顔を私に向ける。そんなものを無視して、海ちゃんはニヤリと野島くんを見返した。
「ふっふっふ。残念だけど、野島っちが日高ちゃんにつけ入る隙なんてないんだからね!」
海ちゃんが得意げにそんなことを言うものだから、今度は私が野島くんにジックリ見つめられ、尋問される。
「なんで?友紀、彼氏いるの?」
「い、いないけど」
「好きな人は?」
「へ!?え、えーと…」
い、言えるわけないじゃん!
視線で海ちゃんに助けを求めるが、野島くんの方が一歩上手だった。
「ホラ見てみ、友紀は隙だらけだよ。小林さん、大人しくその手を離したまえ」
「野島っちがそんな卑怯な奴とは思わなかったよぉ!とにかく日高ちゃんは連れて行くんだからっ」
途端に右手をグイッと引っ張られ、再び私の体がよろめいたとき。
「アッ、大変だ!校門でイケメンが女の子に囲まれている!!」
「ええっ、それ絶対ミナト先輩だ!!」
野島くんの一声で、いとも簡単に解き放たれた右手。海ちゃんが教室の窓のほうへ走った途端、左手を握る力が強くなった。
「おーし、捕獲完了。行くぞ友紀!」
「え!?っていうか何処に!?」
私の主張も虚しく、左手には強い力が込められて。
「ああっ、日高ちゃんがー!!」
遠くに海ちゃんの叫び声を聞きながら、私はただ野島くんに引っ張られて行くしかなかった。




