表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/18

3.再会の挨拶

 東校舎の職員室。

 広い床を箒で綺麗に払って、各先生のデスク下にある塵箱のゴミを集める。職員室の中なんて普段はそうそう入ることなどないから、少し居心地悪さを感じてしまうが、それでもきちんと室内を一周して、ゴミが落ちていないかを確認した。

「よーし、もういいぞ」

 担当の先生の声に、私を含む掃除の班員5名は職員室入口へと集合した。班長が持っていたカードに担当の先生が判を押すと、掃除は無事完了である。

 ポツポツと皆が退室していく中、何気なく私は職員室全体に視線を巡らした。

(…いた)

 掃除当番のお陰で、桜井先生のデスクの場所はもう完璧に把握している。学年が変わり、進路指導室の掃除当番はなくなってしまったけれど。今年は何と、桜井先生がいる東校舎の職員室が掃除場所に含まれていたのだ。運が良ければ、また先生に会うことも出来る…。嬉しくて、普段なら面倒臭い掃除時間も、職員室なら楽しみに思えるくらいだ。

 視線の先にいる桜井先生は、窓際にあるコピー機の前に立って何やら印刷をしているようだ。進路指導室の掃除は週に3日だけなので、どうやら今日はお休みの日だったらしい。

 気付かないかなぁ、と軽い気持ちで桜井先生に向けてチラチラ視線を送っていると、そんな私の念が通じたのか、先生がパッとこちらを向いた。

(わ!通じた!)

 目が合うと、先生は軽く眉を上げて、僅かに微笑む。

 …おつかれさま。

 声には出さないけれど、その口の動きで伝わる。私だけに対して告げられた言葉。

(お疲れさまです!)

 嬉しくて、だけど周りに気付かれると困るので、退室と同時に控え目にペコリと頭を下げた。

(先生と挨拶できた!)

 ソロソロと職員室の扉を閉めて、隠す必要の無くなった喜びをニヤリッと表情に表した時。

「楽しそうだね?」

「!?」

 突然背後から肩を叩かれて、心臓がドクンッと飛び跳ねた。

「…ゴメン。また驚かせた?」

 そう言って隣に現れたのは、昨日下駄箱で会ったばかりの男子生徒だ。急だったのと、「彼」が話しかけてきたことの両方に驚いて、驚きの言葉すら呑みこんでしまった。

「だ、大丈夫。ビックリは、したけど…」

「アハハ、ごめんごめん!」

 彼は悪びれる風もなく、面白そうに笑った。それは決して、相手を嫌な気持ちにさせるものではなく、ただ気さくな人なのだな、ということがその雰囲気から伝わって来るだけだ。

 まぁ、初対面の私に話しかけてくるぐらいだし。

「何か嬉しそうだったから。いいことでも、あったの?」

 私の顔を覗き込むようにして、彼はそんなことを尋ねた。途端に先生の顔が頭に浮かんで、妙にぎこちない返答になってしまう。

「う、ううん?何にも!」

「何だそれ、怪しー」

「ほ、ホントに何にもないんだってっ!」

「ふーん?」

 彼はニヤニヤと笑いながら、全く納得していないような表情をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

「そういえばさ、次補習あるよね?世界史」

 昨日の会話を思い出したように、彼はふと右手を掲げた。その手には、世界史の教科書やノートなどが携えられている。

「あっそうそう、今から行くトコ?」

「うん。きみも取ってるならさ、どーせなら一緒行こうよ」

 掃除ついでに私も荷物は持ってきていたため、そのまま二人で補習の教室まで向かうことになった。ここから歩いて直ぐの場所。扉を開けると、既に半分ほど生徒達は集まっていたが、まだ授業まで時間があるため、教室内はザワザワとダラけた空気が漂っていた。

 いつも座っている座席に腰を下ろすと、彼は私の前の席に座った。そして直ぐに、あ、と言葉を発して後ろを振り返る。

「そういえば、まだ名前聞いてなかったね」

「あ!そうだ、昨日聞き忘れてたんだった!」

 彼の言葉で、ハッと思い出した。今更、というような気もするが、ようやく自己紹介をするということで、何となく改まって姿勢を正す。

「3-Aの、日高友紀です」

「俺はC組の野島義人。ね、何て呼べばいい?」

「え?うーん、何でもいいよ。呼び易いように…日高、でもいいし」

「ん、じゃー友紀で」

「え!…あ!うん、分かった」

 ふいに名前を呼ばれたせいで、返答に戸惑ってしまった。そんな私の態度を予想していたかのように、彼はタイミング良くアハハッ!、と楽しそうに笑って、こちらを眺めた。

「ホント、きみって分かり易いよね…。いいよ、分かったよ。日高さんって呼ぶし」

「そ、そういう意味じゃなくて!まさか突然そう来るとはって!」

「あーあ、ただ俺は仲良くなりたいと思って言っただけなのにさぁ、残念だなぁ」

「だっ、だからそんなんじゃないってえ!」

 一見、爽やかな好青年という印象の野島くんだけれど、どうやら人をからかうのが好きなようだ。彼にとって、私は『からかい甲斐のあるヤツ』と認識されてしまったようである。

(もう…)

 相変わらず野島くんは楽しそうに笑っている。そんな彼を見ていると、私の方も次第にどうでも良くなって、釣られて笑ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ