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17.真実は

「日高ちゃーんっ!」

 午後の補習が終わり、帰り支度をしている時。私の名前を呼びながら勢いよく教室内に入ってきたのは海ちゃんだった。

「海ちゃん、お疲れー」

 私がのんびり返事をすると、海ちゃんは「ちょっとちょっと!」と急に小声になって、教室の隅へ私の腕を引っ張っていく。

「ど、どうしたの」

「どうしたのじゃないよ!日高ちゃん、先生と仲良くやってるの!?」

「へっ!?」

 掃除道具入れの前に私を追い込んだ海ちゃんは、突然そんな質問をする。訳が分からなくて、思わず私は目の前の人物をまじまじと見つめ返した。

 海ちゃんは真剣そのものだ。

「さっき、桜井先生に話しかけられたの。日高さんは元気ですかって。体調崩してないかとか、悩んでないかとか。そんなこと私に聞くってことは、日高ちゃん最近先生と会ってないってこと!?」

「しーーーっ!」

 徐々に声が大きくなっていく海ちゃんをたしなめつつも、内心は驚きで一杯だった。

 確かに先生とは、一週間以上会っていない。昨日野島くんから告白を受けて、ようやく先生ときちんと話をしなければ、という覚悟を決めたところだった。だからまだ先生とは連絡を取っていなかったのだが、まさかそんな心配をしてくれていたなんて。

(う、嬉しい…っ)

「ちょっと日高ちゃん何ニヤニヤしてんの」

 呆れた目で私を眺めている海ちゃん。ごめんごめん、と謝りつつもやっぱり嬉しくて、どうしても頬が緩んでしまう。

「もう、何かあったのかと思ったけど、そうでもないみたい。心配して損したあ~」

「ごめん、でもそのこと教えてくれて、ありがとう。海ちゃんにも変な心配させちゃったね」

「そうだよう~、だって日高ちゃん、最近野島っちにも狙われてるじゃん?だからさ…」

 急に野島くんの名前が出てきて、思わずドキリとした。そして海ちゃんは、私の微妙な反応を、見事に見逃さなかった。

「…え、もしかして、野島っちと何かあった?」

「へっ!?いや、何も!?」

「こらーっ日高ちゃん!!」

 私の下手な嘘で海ちゃんを誤魔化せるはずもなく。海ちゃんに追及された私は、簡単にだけれど昨日の出来事を話さざるを得なくなってしまった。海ちゃんは何となく予想がついていたようで、眉間に皺を寄せて私の話を聞いている。そうして話を聞き終わった後、彼女は腕を組んだままポツリと呟いた。

「…日高ちゃん。野島っちには気を付けた方が良いよ」

「気を付ける、って?」

 海ちゃんの珍しく深刻な口調。何だか胸騒ぎがする。

「野島っち、裏で何て呼ばれてるか知ってる?」

「…知らない」

「横取り屋」

 思わずその単語を繰り返した。横取り屋。海ちゃんによると、彼氏がいる女の子にちょっかいをかけて、その子を横取りするらしい。そして自分のものになった後は、捨てるのだとか。

 どこまでが事実かなんて分からないし、あくまでも噂なのだけれど。そんな話を私は聞いたことが無くて、衝撃的だった。でも…そもそも野島くんは私と仲良くなる前から、私が桜井先生と親しくしていることを知っていた。野島くんと初めて話したのは、先生と放課後一緒にコーヒーを飲んだ後の、下駄箱でのこと。向こうから話しかけてきた。それがもし、私と先生の関係に興味を持ったからこそ私に近づいてきたのだとしたら?

「ひどい」

 そんなこと、考えたこともなかった…。

 それがもし事実だとしたら、今まで野島くんに心を許して、先生との悩みを話していた自分が馬鹿みたいだ。

「野島っち、日高ちゃんのこと気に入ってたみたいだからもしかしてと思ってたけど、まさか本当に手を出すとはねー。まぁ日高ちゃんには先生がいるから無理に決まってんだけどっ」

 ねっ、と海ちゃんがニッコリ笑って、私も我に返る。

「う、うんっ!勿論!」

「ていうか日高ちゃん、早く進路指導室行った方がいいよ」

「へ?」

「桜井先生が日高ちゃん呼んでたから。あ、私肝心なこと言い忘れてた?」

「ええっ!?」

 ごめーん、と笑いながら両手を合わせる海ちゃん。

(何それっ)

 思いっきり突っ込みたいのを何とか心の中だけに留めておいて、「い、今から行ってくる!」と荷物を手に教室を飛び出した。突然様々な情報が飛び込んできたせいで、頭の中が慌ただしい。ゆっくり考える暇もなく、私は階段を駆け下りながら進路指導室へと向かう。

 その途中。

「あ、友紀!」

 行き違いに名前を呼ばれ、階段の踊り場で立ち止まった。振り返らなくても、誰の声か分かる。先程まで海ちゃんと話していた、話題の主。

「…野島くん」

「急いでどこ行ってるの?コケるよ」

 いつも通りの爽やかな笑顔で、私に話しかけている。けれど今の私には、その笑顔の裏に何かがあるのではないかと勘繰ってしまう。

「もしかして、先生のとこ?」

「…そう、だけど」

 上手く笑顔が作れない。野島くんも私の表情が硬いことに気づいたのか、笑いながら近づいてくる。

「どうしたの?」

「野島くん、昨日言ったこと、冗談だよね」

「え?」

「私のこと、好きだとかいうあれ。嘘だよね」

 こんな場所で聞くことではないのに、先程の衝撃がまだ胸に残っていて、勢いで聞いてしまった。多分私自身、少し苛立っていたのだと思う。

「何で急に?本気だけど」

 野島くんが笑みを潜めて、不思議そうに尋ねる。妙に気まずくて、その視線をつい逸らしてしまう。

「ああ言ったら私がどうするかって、面白がってるんじゃない?どうせまたからかってるんでしょ…」

 私がそう告げている途中から、野島くんの表情が急に冷めたものへと変わったことに気づいた。色を失ったような、感情のない顔。

「ああ、俺の噂知ってんだ」

「……」

「友紀も信じたんだ、その話。だからそう思うんでしょ」

「だ、だって、」

「別に良いよ、信じても。事実だし」

 そう言って野島くんは、軽く嘲笑した。事実。そう言われても、何も言い返せない。

「友紀たちなんて、教師と生徒っていう、誰もが食いつく格好の対象だしさ。それに、今って受験勉強でムシャクシャするじゃん?だから、さぁ…、面白そうだなって思って、ちょっかいかけてただけ」

 矢継ぎ早に告げられる言葉。自棄になっているような、ぶっきらぼうな口調。寂しそうな瞳。

「ごめん…」

「何で友紀が謝ってるの」

「疑って、ごめん」

 しっかりと見据えた瞳は、真っ直ぐで綺麗だった。彼の表情がビクリと震えて、初めて弱気になった姿に遭遇した気がした。

 野島くんが周りにどう言われていようが、私の知っている野島くんはそんなんじゃない。私のことを本当に心配してくれていた、それは紛れもない事実。

「謝るなって…」

「分かってる。野島くんが捻くれてるってこと。だから、野島くんのこと信じる」

「何だよ、それ…」

 笑っているのに泣きそうな、切ない表情。そんな彼を見ていると、さっきまで彼を疑っていた胸のモヤモヤがすうっとどこかへ消え去って行く。不思議だ。真実なんて決して分からないのに。

「ていうか友紀、早く先生のとこ行って来いよっ」

「ああっ、そうだった!」

 今度は野島くんにせかされて、再び階段を降り始めようとした時。

「頑張れよ!」

 背中に降ってきた声。振り返らずに、私はそのまま足を速めた。

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