16.正直になること
「俺が何とかする」
私の話を聞いた後、野島くんが小さく呟いた。
「何とかって…」
野島くんが何を考えているのか、私には理解できなかった。
大体これは私と桜井先生の問題なのだし、野島くんにどうこう口出しされる筋合いはない。
けれど…彼の意見は、何だかんだいつも的を射ているのだ。私は捻くれているから素直に聞き入れられないだけで。何度も図星を突かれている。
私と先生の関係について、本当は不安だらけであること。いつ先生に嫌われてしまうんじゃないかと怖がって、自分の本音を言えないこと。先生と同じ気持ちでいることを幸せに思うべきなのに、それだけでは満足できなくなっていること。
先生と一緒にいられるだけで、本当は幸せなはずなのに。
受験という今の状況も重なってか、そんな本音が態度にぽろぽろと零れ出てしまっている。自分でも隠せないほど。
「このままじゃ、友紀にとって良くないだろ。友紀の気持ちも分からなくもないけどさ…」
「でも、どうしようもないじゃない。私は先生に、余計な迷惑かけたくないの」
「そんなこと言ってるから、ウジウジ悩むことになるんだよ。ハッキリ言えよ、いい加減正直になってさあ」
何だか野島くんに責め立てられている気がする。事実、その声色は苛立ちを含んでいる。
反論したいのに、出来ない。
野島くんの発言が、やっぱり正論だからだ。
私が黙り込んだのを見て、野島くんが呆れたように呟く。
「俺、なんかもう友紀のこと、見てられないんだよ。お互い信頼できてるんだったら、何で真正面からぶつかっていけないんだ」
きっと、正しいやり方、なんてのもあるのだろう。
彼がアドバイスしてくれているような。
それは私自身もよく理解しているのだけれど…。そんなに事は簡単じゃない。もし正面からぶつかって、先生との関係が終わってしまったら?いつでも正しいやり方で全ての物事をこなしていけたならば、私たちはどんなに平和で、単純なのだろう。
「ああもう、バッカだなあ」
私が黙っていると、突然野島くんはそんな風に吐き捨てて、ウンザリした表情になる。
「な、なによぉ!野島くんにはこういうの、一生かかっても分かんないよ!」
「ああ、そうだな、分からないね」
「むっ、じゃあもう放っといてよ!野島くんには関係な――」
「関係ある!」
ふいに掴まれた腕。込められた掌の強さに驚いて、思わず顔を上げた瞬間。野島くんと目が合った。
「俺は友紀のことが好きだから、十分関係ある!友紀が納得できていないのに、それをみすみす見逃して応援してやるほど、俺はお人好しじゃない」
「な…」
何を言っているんだ、と一笑したかった。なのに、野島くんの表情と腕に込められた力の強さは、簡単に笑い流すことを許さなかった。
「何度も言うつもりないけど、いい加減俺も正直になろうと思って。ちゃんと俺の気持ちも知っておいてもらいたかった」
「……」
「…んで。こうなったからには俺の問題にもなるわけだし。俺も友紀たちの行方がどうにかならないと困るんだよね。だから友紀も、先生に対して素直になれ。今のままじゃどうにもならない。友紀も、俺も。俺の言ってること、分かるよね?」
「は、はあ…」
「ならよし。じゃあまた、結果聞くから。報告宜しく」
野島くんはパシッと私の肩に喝を入れて満足した後、さっさと教室を後にしてしまった。私はこの数分前に告げられた発言を未だに上手く飲み込めずにいる。誰も居ない教室の中で、ボンヤリと席に座り込んだまま、立ち上がれない。
(何、今、私告白されたの…?野島くんに…?)
一瞬のことで、思わず聞き逃してしまいそうだった。
冗談のようで、でもあの表情を思い出すと、そんな風に捉えることなど出来ない。
頭の中がこんがらがってきた。先生のことですら手一杯なのに、野島くんが更なる問題を巻き込ませてきたせいで、もう考えるのが嫌になってくる。
結局は、自分の責任なのだけれど。
目を閉じる。気持ちを落ち着かせるときは、こうして余計なものをシャットアウトするのが一番良い。そうしたら、本当の問題がハッキリ浮かび上がってくる。
野島くんに何を言われても、揺るがないこと。
(先生と一緒に居たい)
そのことだけは、躊躇わずにハッキリ言える。だけど今の私は、先生とのこの中途半端な関係に不安を抱いている。付き合っているわけでも何でもない。先生がいつ離れていってしまうか知れない。
そんな恐れを抱いているせいで、余計なことを考えて、先生に心配をかけさせている。
(どうにかしなきゃ)
それはやっぱり、私が正直になる必要があるのだろう。
先生に全てを委ねるばかりではなく。




