15.ヒネクレ者
週末の土曜日。
大手予備校の模擬試験を一日中受けて、今日も早気づけば夕方だ。
「はあ~~~」
机に顔をくっ付けて、大きく伸びをする。周りの騒めきがどこか遠い世界のものに聞こえて、このまま眠ってしまいたくなる。
(なんだかなあ…)
試験の手ごたえは相変わらず。
それに加えて、まだ胸の中ではモヤモヤし続けている。先生とのこと。
先週の出来事から一週間、まだ先生には会っていない。今週は古文の補習も無かったし、偶然廊下で出会うこともなかった。木曜は進路指導室で先生とコーヒーを飲む日だけれど、今週は何だか行きそびれてしまったし。
それでも先生からの連絡は何もない。
(ついに、呆れられてしまったかも)
私の幼稚さ加減に。あんな態度を取ってしまって、うんざりされてしまったのかも。
考えはどんどん悪い方向へ向かっていく。
ああもう。こんな風に後悔するんだったら、あんなこと言わなきゃ良かったのに…。
「…だいぶ疲れてるな」
急に声が降ってきて、ポンポンと頭を叩かれる。ハッと顔を上げると、そこには今一番会いたくない人物が立っていた。
「野島くんは、疲れないの」
上目遣いで睨むと、彼は少し口の端を持ち上げて、黙ったまま隣の席に座った。
「何かあった?」
穏やかな口調。また嫌味なことでも言われるのかと思っていたから、少し拍子抜けした。
「なにそれ…」
「…なにって。こっちが聞きたいんだけど。心配して聞いてんのにさあ」
「…ごめん」
「なんだそれ…」
よく分からないやりとりに、野島くんは付き合ってくれる。だからか、自然と愚痴が口をついて出てきてしまった。
「私ってさ、面倒臭い奴なんだよね」
「はあ?」
野島くんは眉を上げて、怪訝そうな表情で私を見返した。奇妙な視線を感じつつ、私は敢えて気づかないふりをする。
ただ、吐き出したかっただけなのかもしれない。相手は誰でも良くて、それが偶々野島くんだっただけ。
「だけど面倒だと思われたくないから、何でも受け入れたいし、そんなの何てことないって冷静を装いたいのに、ただの口だけ。中途半端に態度に現れちゃって…嫌なら嫌ってハッキリ言えばいいのに…」
「ねえ、友紀、何のことだか知らないけど…」
私の言葉を遮って、野島くんが話し出す。
「それって、多分友紀のせいじゃないよ。そーいうのって、やっぱり相手によるもんだろう。だって友紀、俺には素直に話してるじゃん。今みたいな感じで、正直にさ」
「それは、そうだけど…。野島くんは友達で、状況が違うから…」
「確かに、俺は友紀の相手の当本人ではないからさ。それもあると思うけど。けど、俺が見たところ、友紀って結構気使いな方だと思うんだ。それが俺に対しては、結構ハッキリ言ってくる。まぁちょっとムカつく時もあるけど…、素直になれる奴には素直になれる。だからさ、友紀が面倒臭い人間とかそういうわけじゃなくて、相手の問題。友紀がどうこう悩むことじゃない」
「そう、なの?」
私が誰の、何のことを言っているのか。野島くんには全てお見通しのようだった。野島くんは私のことを励まそうとしてくれている。でも、野島くんが私に何を言おうとしているのか…それは理解したくない。
「ていうか、友紀と俺って、何か似てる気がする」
「え?どこが!?」
「ひねくれてるところ。素直じゃないところ」
ニヤッと笑った野島くんは、まるで悪戯っ子のようだった。確かにその通りで、私もつい笑ってしまう。
「そうかもね」
「だろ?でも友紀の場合、たいてい態度に出てるから分かり易いんだ。何か隠してたとしても…。だから、そういうの、理解してくれる人の方がいいと思う」
「え?」
「友紀に合うのは、そういう人だってこと」
「……」
遠まわしに野島くんは、私と先生とは合わないのだと言っている。
彼の意見は、以前と同じ。
「先生だって、分かってくれてる…」
「じゃあ、なんでそんなに悩んでるんだよ」
「…野島くんのせい」
「はあ?」
「っていうか、先生とのこと野島くんにバレたって話したら、会うの控えようって言われて。…私が勝手に凹んでるだけ」
野島くんの言う事は素直に聞き入れたくないのに、上手く反論することができなくて。言い返す事といえば、何の説得力もない感情論だけ。ただの八つ当たりだって分かっているのに、無理矢理誰かのせいにしたくなる。
「…それ、俺のせいかよ」
「…ごめん」
今度は野島くんが、「はあ~~~」と大きなため息をついた。
「何でそうなるんだろうな」
ポツリと野島くんが呟いた。本当にそうだ。どうすれば物事をこんなに複雑にせずに済むかなんて、自分が一番よく分かっているはずなのに、現実は上手くいかない。
余計なことを言って、不必要なことまで考えなきゃならなくなるなんて。
「だけど先生は、私のこと考えてそう言ってくれてるんだって、よく分かるから。だから、私が素直に受け止めればいいだけなのに…」
「でも」
その時、野島くんの声が、妙にハッキリと聞こえた気がした。
「でも。友紀のことちゃんと考えてるなら、そういう結論にならないんじゃないか?」
「それは…先生は先生としての考え方があるだろうし…」
そこまで告げて、不意にこの間先生と話したことを思い出した。
「…そういえば、先生、このことバレた相手が野島くんだってこと、気づいてた」
「…え?」
目を丸くする野島くん。そして直ぐに眉間に皺を寄せて、まじまじと私を見返してくる。
「どーいうこと」
「先生、私と野島くんが一緒にいるの見かけてたみたいで。バレたのはC組の野島くんだって話したら、『やっぱり』って」
「何、それ。先生、気づいてたんだ?俺のこと?」
「う、うん」
「へー」
どんどん不愉快そうな表情になっていく野島くんの真意が、私にはよく分からなかった。
「それで、その結論かよ」
野島くんは吐き捨てるように呟いて、また一つため息を吐いた。




