10.夏休み突入
「日高ちゃんっ!今日から夏休みよっっ!」
一学期の終業式が終わり、今日は学校も午前中までだ。ひと時の休み気分を味わっているのか、クラスのみんなも少し浮かれた顔をして、教室内でざわついている。
そんな中。
「夏休みはミナト先輩と遊びまくるぞーっ」
廊下で偶然出会った海ちゃんは、この中で一番テンションが高い人物であろう。
「海ちゃん、勉強は…?」
「うん?勉強もちゃんとするよ」
「本当?」
「だってミナト先輩が教えてくれるんだもん☆」
ああ、なるほど。
だから勉強まみれの夏休みでもそんなに楽しめるんだね…。
非常に単純明快な海ちゃんである。嫌味でも何でもなく、純粋な感情だからこそ、彼女のことは憎めないのだ。
「でもさぁ日高ちゃんだって同じでしょっ?」
呆れ顔の私に海ちゃんはニヤッと笑いかけて、こちらにジロジロと視線を送ってきた。
「え?」
「だって、毎日学校で桜井先生に会えるんだから、夏休みだって幸せな時間じゃない☆」
…その理屈でいけば、確かにそうなるのだけれど。
やるべきことは、もっと別にあるのだ。
「だって、勉強しなきゃだよ?」
私がそう言うと、海ちゃんはハァッと盛大にため息を吐いて、キリッとした鋭い視線を私に向ける。
「もぅっ日高ちゃん!そういう苦労を一緒に乗り越えてこそ、二人の間に絆が生まれるってもんよ!そんなこと言っててどうするのよぉっ」
「……」
なんてポジティブな考え方なのだろう。
海ちゃんと話をしていると、悩み事なんて本当にどうでも良く思えてくる。しかも海ちゃんの言葉はあながち間違いではなくて、今の私にはドキリとさせられるものだった。
悪いように捉えても何も変わらないのだし、それなら良いように捉える方が得に決まっているじゃない。
「そうだね」
私がそう呟くと、海ちゃんはニッコリと微笑んで大きく頷いた。
「そうだよ」
そういえば海ちゃんには、以前も元気づけられたっけ。彼女は無意識に言動しているのだろうけれど、それが私にとっては心強かった。
「それに日高ちゃん、今週末先生とデート行くんでしょっ?楽しんできなよ~」
「うん、久しぶりで緊張するけど、頑張る!」
「ていうか、どこ連れて行ってくれるんだろうね~!先生のことだし、オシャレなお店とかかなぁっ」
「先生が何だって?」
「「わあっっ!!」」
突然低い声が乱入してきて、私と海ちゃんは揃って叫び声を上げた。
一方背後に立っていた野島くんは少し眉間に皺を寄せて、うるさいなぁ…と呟いている。
「だ、だってビックリするじゃない!」
私が反論するより先に、海ちゃんが叫び返した。
「こっちも驚いたんだけど…。まあいいや、何の話してるの?」
「野島っちには、秘密~!」
「小林さんには聞いてない」
そう言って野島くんは私の方をジロリと睨んだ。
圧迫感のある視線。
「どーせ、桜井先生のことだろう」
「な、何で?」
「何でも」
妙な断定口調で告げられる。
(やっぱり野島くんには、気づかれている気がする)
私の気持ち。
そんなに分かりやすく態度に出ていただろうか。先生と話す時はどうしても意識してしまうけれど、学校の中なのだし言動には気を付けていたつもりなのだが。
「どうして野島っちが怒ってるわけぇ~?」
海ちゃんがからかう様に野島くんの肩を突っついた。「怒ってない」と野島くんは海ちゃんを睨み返したけれど、海ちゃんは全く気にも留めず喋り続けている。
「だから前に言ったでしょ?野島っちが日高ちゃんにつけ入る隙なんて無いんだからね!」
「…あのさぁ」
突然野島くんの声が静かになって、無表情で私を見つめた。
「何?」
「それって、どういうこと?どういう意味で、俺にはつけ入る隙がないの?」
「……」
野島くんが何を尋ねようとしているのか。
私の考えすぎかもしれないが、その質問には私が先生のことを好きだから、という意味以上のことが含まれているような気がした。
先生の気持ちまでも、聞かれているようで。
「そんなん、自分で考えなよ」
海ちゃんが一蹴し。
野島くんが少しだけハッとして、「そうだね」と呟いた。




