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序章
「非常階段」と書かれているドアを開けると冷たい空気が頬を刺激した。
踊り場には灰皿とパイプ椅子が置いてある。
近年の禁煙ブームの煽りを受け、喫煙家はこの寒空のわずかなスペース
に追いやられている。
冷え切ったパイプ椅子に、腰を降ろし煙草に火を付ける。
ゆっくりと立ち上る煙草の煙を目で追っていくと、薄暗い灰色の雲が
空を覆っていた。
煙草を吸いながらぼんやり空を見ていると白いものが舞い始めていた。
「雪か・・・どうりで寒いわけだよな」
誰もいない喫煙所で独り言を煙と一緒に吐き出しながら納得していた。
雪はとても頼りなく、舞い落ちる場所を探しているようだった。
傘を忘れた事と、残りの仕事を思い出し私は煙草を灰皿に押し付け
非常階段を後にする。
ドアを開ける前にもう一度空を見る。さきほどより雪は強さを増したようだ。
懐かしい想い出が脳裏に浮かぶ、あの日も雪が降っていた。
時より吹き付ける風は、過ぎ去ろうとする冬の季節の意地のような気がした。