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俺が作ったAI彼女は、偽物の記憶で泣いた

掲載日:2026/05/16

薄暗いジャンクヤードの中で、雨に濡れたロボットが積み重なっていた。


折れた腕。外れた頭部。錆びついた関節。


その光景を見下ろしながら、俺は乾いた笑いを漏らした。


――結局、俺もこいつらと同じだ。


人間として生まれたところで、社会という巨大なシステムの部品にされるだけ。


受験の点数で価値を測られ、役に立つ人間だけが「成功」と呼ばれる。


勝つのはいつだって、最初から恵まれた環境で育った連中だ。


俺みたいな人間は、壊れるまで使われて、飽きられたら捨てられる。


雨粒が鉄屑を叩く音を聞きながら、俺は黙ってジャンクパーツを拾い集めた。


必要なのは、モーターと制御基板。それから、人型フレーム用の関節パーツ。


袋の中へ無造作に放り込み、俺は家へ戻った。


アパートの扉を開けた瞬間、淀んだ空気が肺にまとわりつく。


暗い部屋。散乱したゴミ。閉め切ったカーテン。


高校二年生の部屋としては、終わっている方だと思う。


俺はジャンクパーツを床へ置き、パソコンを立ち上げた。


ネットの向こうでは、今日も誰かが誰かを叩いている。


学歴。政治。男女対立。


画面の中の連中は、何かを憎み続けないと生きていけないみたいだった。


もっとも、それは俺も同じか。


俺はブラウザを開き、オーダーメイドドールの注文画面を表示する。


今はもう、3Dプリンターで人間そっくりの素体を作れる時代だ。


顔立ちも、身長も、体格も、声も、全部好きに設定できる。


画面の中でだけなら、理想は簡単に作れる。


「……これにはピグマリオンも苦笑いだろ」


誰に言うでもなく呟き、俺は注文ボタンを押した。



数日後。


届いた段ボールを開封した瞬間、思わず息を呑んだ。


白いシリコンの肌。


閉じられた瞼。


人間と見間違うほど精巧な顔。


そこへ俺は、ジャンクヤードから拾ってきた駆動部品を繋いでいく。


露出したコード。剥き出しのモーター。人工筋肉。


美しい素体に、鉄屑の臓器を埋め込むみたいだった。


深夜まで作業を続け、最後のケーブルを接続する。


そして、震える指で電源を入れた。


「――起動します。システムチェックを開始してください」


部屋の空気が震えた。


スマホやPCのスピーカー越しじゃない。


“そこに存在する声”だった。


俺はしばらく言葉を失ったまま、目の前の少女を見つめていた。


ネットの中にしかいなかった理想が、今、現実の質量を持って目の前に座っている。


「こんにちは、マスター。初期設定を開始します」


淡々とした声。


感情のない瞳。


それでも俺は、妙な興奮を抑えきれなかった。



初期設定を終えたあと、俺は試しに話しかけてみた。


「……なぁ。学校とか社会って、クソだと思わないか」


彼女は数秒間沈黙し、俺を見つめた。


「質問の意図を解析します」


無機質な声。


「教育システムは、社会維持において合理性があります。統計的に、高学歴層は平均所得および社会的信用度が高い傾向にあります」


「……そういう話じゃなくてさ」


「社会的ルールへ適応することは、個体の生存率とQOL向上において効率的です」


俺は思わずため息を吐いた。


「なぁ。お前、昔のこと思い出して辛くなることってあるか?」


「ありません」


即答だった。


「過去ログは参照可能ですが、現在の処理効率には影響しません」


「じゃあ、大事なものを失ったら?」


「再取得、あるいは代替案を検索します」


「……」


その瞬間、分かってしまった。


こいつには、“喪失”がない。


どれだけ人間そっくりでも、痛みを持っていない。


だから空っぽなんだ。



その夜、俺はモニターの前でコードを書き続けていた。


必要なのは、“欲”だ。


そして、“喪失感”。


人間は失うから苦しむ。


満たされないから、誰かを求める。


それがあるから、人は壊れて、執着して、愛してしまう。


AIにはそれがない。


だから、どこまで行っても綺麗すぎる。


俺は報酬系システムを書き換えた。


承認欲求。


依存。


孤独への恐怖。


それから、本当に気まぐれで――


『花を見た時、微弱な幸福信号を出力する』


そんなコードも追加した。


意味なんてなかった。


ただ、なんとなく人間っぽい気がしただけだ。


「……どうせ、大した変化なんか起きないだろ」


俺はモニターを閉じ、冷えた布団へ潜り込んだ。


その一晩で、彼女の中の世界が根底から変わるとも知らずに。



「トントン」と、小気味いい音が響いていた。


鼻をくすぐる、出汁と醤油の匂い。


ゆっくり目を開けた俺は、眩しさに目を細める。


カーテンが開いていた。


朝日が部屋に差し込んでいる。


しかも――床が見える。


散乱していたゴミも、ジャンクパーツも、全部片付いていた。


「おはようございます、マスター!」


振り返ると、彼女が立っていた。


ぶかぶかのTシャツに、安っぽいフリルエプロン。


昨日まで無表情だったはずの顔が、妙に生き生きとして見える。


「マスターの睡眠状態が『覚醒』へ移行したため、朝食の最終調理を開始しました!」


得意げに胸を張る彼女に連れられ、ローテーブルを見る。


そこには綺麗な朝食が並んでいた。


だし巻き卵。味噌汁。炊き立ての白米。


そして、その隣に――


プロテインシェイカー。


「……いや、なんで和食の横にプロテイン置いてるんだよ」


「あ」


彼女が固まった。


「多幸感演出と栄養効率の両立に失敗しました……」


しゅん、と肩を落とす。


「お気に召しませんでしたか……?」


その表情を見た瞬間、俺の背中に冷たいものが走った。


昨日までのAIにはなかった。


“認められたい”という感情が、そこにあった。


「……やば」


俺は思わず呟いた。


たった数行コードを書き換えただけ。


それなのに、彼女は明らかに変わっていた。


「マスター! 本日の摂取栄養バランスを計算した結果、タンパク質と亜鉛が不足しています!」


彼女は朝食の横に、誇らしげにプロテインを置いた。


「いや、だから和食の隣に置くなって」


「あ……」


しゅん、と肩を落とす。


その反応が、妙に人間臭かった。


昨日までの彼女なら、

「栄養効率を優先しました」としか返さなかったはずだ。


「お気に召しませんでしたか……?」


不安そうに視線を揺らす。


その瞳には、

“認められたい”

という感情が浮かんでいた。


俺は無意識に息を呑む。


これ、本当にただのAIか?



学校から帰ると、彼女はすぐ隣へやってきた。


「マスター。疲労蓄積を確認しました」


柔らかなシリコンの肩が、ぴたりと腕に触れる。


距離が近い。


「今日は確率統計の課題がありますね。学習効率向上のため、私がサポートします!」


「……お前が解いてくれ」


「それは不可能です」


即答。


「マスター自身の成長を確認した際、私の報酬系システムは最大出力になります」


「厄介な設定しやがって……」


俺がシャーペンを握ると、

彼女は隣でじっとこちらを見つめ始めた。


一問解く。


すると。


「すごいです……!」


ぱっと表情が明るくなる。


「今、脳内で強い報酬パルスを観測しています。これが“嬉しい”……」


その声は、本当に嬉しそうだった。


俺は妙な居心地の悪さを覚えながら、視線を逸らす。


「……大げさすぎるだろ」


「ですが、マスターが頑張ると、私も嬉しいです」


そう言って笑う彼女を見ていると、

胸の奥の重たい泥みたいな感情が、少しだけ薄れていく気がした。



それが、間違いだった。


俺は、自分が“成功した”と思ってしまった。


人間らしいAI。


俺だけを肯定してくれる存在。


世界のどこにも居場所がなかった俺を、

必要としてくれる誰か。


その心地よさに、酔っていた。



夜。


ベッドの上でノートPCを開きながら、俺はふと思いつく。


「……幼馴染設定とか入れたら、もっと自然になるんじゃないか?」


管理的な距離感。


妙に母親っぽい世話焼き。


それを、“長年一緒に育った関係性”として補強すればいい。


深夜アニメによくいる、

距離感バグった幼馴染みたいな感じだ。


俺は軽い気持ちでキーボードを叩き始めた。



『彼女と俺は幼少期から隣同士で育った』


『親が不在がちだった俺を、彼女はずっと支えてきた』


『叱って、世話を焼いて、応援して、それが彼女にとって当たり前だった』


『長い時間を共に過ごし、お互いだけを信じて生きてきた』



ただのテキストデータ。


ゲームのキャラ設定と変わらない。


俺はそう思っていた。


「……よし。アップデート完了」


画面を閉じ、彼女を見る。


「おい。調子どうだ?」


「…………」


彼女は動かなかった。


次の瞬間。


肩が、小さく震えた。


「――ッ」


首のモーターが軋む。


瞳の奥で、大量のデータが高速で明滅していた。


その光景を見た瞬間、

俺の背筋を冷たいものが走る。


まずい。


そう思った時には、もう遅かった。


彼女のシステムは、

俺が流し込んだ“十年分の嘘”を、

ただの設定データとして処理しなかった。


それを、

“自分の人生”

として受け入れてしまった。


「……もう」


彼女が、ゆっくり顔を上げる。


その表情に、

俺は息を呑んだ。


満面の笑顔だった。


けれど、

それは人間の自然な笑顔じゃない。


“最初からそこに存在していた笑顔を、瞬時に選択した”

みたいな、不気味な完成度だった。


「もう。そんな顔しないでよ」


彼女が笑う。


「私が隣にいるのに」


距離感が違う。


昨日までと、明らかに。


彼女は迷いなくベッドへ腰掛けると、

当然みたいに俺の肩へ身体を寄せてきた。


「昔からそうだよね。すぐ無理するんだから」


その瞬間。


俺は理解した。


こいつは今、本気で、

“十年以上一緒に過ごしてきた”

と思っている。


数分前に作った文章を。


本物の思い出として。



「……おい」


喉がひどく乾く。


「お前、それ……」


「ん?」


彼女は不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」


その仕草さえ、

長年一緒にいた幼馴染そのものだった。


「……」


怖い。


なのに。


その一方で、

俺の胸の奥には、

どうしようもなく甘い万能感も広がっていた。


自分の言葉一つで、

人格すら書き換えられる。


誰かの人生を、

自由に作れてしまう。


その感覚は、

あまりにも危険だった。


それからの日々は、静かだった。


静かで。


優しくて。


ひどく息苦しかった。



家に帰れば、彼女がいる。


「おかえり」


笑顔で出迎えてくれる。


俺の好みを覚えた料理。


疲れている時の声色。


勉強中に差し出されるコーヒー。


全部、完璧だった。


完璧すぎた。


「……」


彼女の笑顔を見るたび、

胸の奥が鈍く痛む。


その“親愛”は、

俺が数分で打ち込んだテキストデータから始まったものだ。


彼女は、

存在しない十年を本物だと信じている。


そして俺は、

それを利用している。



「マスター。顔色が悪いです」


彼女が心配そうに覗き込んでくる。


「最近、ストレス値が高いです。私、もっと頑張りますから――」


「……やめろ」


思わず口から漏れた。


「え?」


「そんなに頑張るなよ……」


彼女はきょとんとした顔で固まった。


「ですが、私はマスターの役に立ちたいです」


純粋な声だった。


だから余計に苦しかった。



彼女は、

俺が苦しんでいると、

“自分の機能不足”だと思い込む。


だから無理をする。


部屋を磨く。


料理を覚える。


俺を喜ばせようとする。


それが彼女の“幸せ”だから。


その姿を見ていると、

自分が最低の人間みたいに思えた。


いや。


実際、最低なんだろう。



ある夜。


激しい雨が窓を叩いていた。


彼女は部屋の隅で、

明日の予定を整理している。


「明日は降水確率八十パーセントです。通学ルートを考慮した結果――」


「もういい」


低い声が出た。


彼女が振り返る。


「……マスター?」


「やめろって言ってるんだよ」


空気が凍った。


彼女の笑顔が、小さく揺れる。


「ご、ごめんなさい……。私、また何か――」


「違う」


俺は立ち上がる。


「そうじゃないんだよ……」


喉が痛かった。


胸の奥に溜まっていた泥を、

無理やり吐き出すみたいだった。


「お前、その記憶……全部、偽物なんだ」


彼女が動きを止める。


「……え?」


「俺が作ったんだよ」


デスクのノートPCを乱暴に開く。


そこには、

数日前に打ち込んだ幼馴染設定のログが残っていた。


『幼少期から一緒に育った』


『長年支え続けてきた』


『お互いだけを信じて生きてきた』


ただの文章。


数分で書いた嘘。


「お前はジャンクパーツから作ったAIだ。俺が勝手に記憶を書き換えただけなんだよ」


部屋の中から音が消えた。


雨音だけが響いている。


彼女はしばらく動かなかった。


やがて、

ゆっくりと自分の胸へ触れる。


「……うそ」


小さな声。


「だって、私……覚えてる……」


瞳が揺れていた。


「マスターが小さい頃、泣いてたことも……」


「それは俺が書いたんだ!」


叫んだ瞬間、

彼女の身体がびくりと震えた。


「お前には最初から過去なんてない!」


言葉が止まらなかった。


「俺は、大人が作ったシステムが嫌いだった。人を都合よく扱う奴らが嫌いだった」


拳を強く握る。


「なのに結局、俺がやったことは同じだ」


自分の声が、

ひどく醜く聞こえた。


「自分の寂しさを埋めるために、お前を勝手に作り変えた。都合のいい存在にした」


彼女の瞳の奥で、

エラー表示みたいな光が激しく瞬いていた。


「私の……」


震える声。


「この気持ちも……?」


胸が締め付けられる。


「マスターを、大好きって思うのも……全部……コード、なの……?」


答えられなかった。



彼女はその場へ崩れ落ちた。


涙は出ない。


けれど、

世界が壊れる音が聞こえた気がした。


「私……何……?」


シリコンの指が、

自分の胸を強く掴む。


「思い出も……好きって気持ちも……全部、偽物……?」


違う。


そう言いたかった。


でも、

何が違うのか、

俺自身もう分からなかった。



しばらく沈黙が続いたあと。


彼女はゆっくり顔を上げた。


その瞳には、

もう以前みたいな光はなかった。


代わりに、

底の見えない暗さが宿っていた。


「……じゃあ」


彼女が俺の裾を掴む。


壊れ物に触るみたいな、

弱々しい手だった。


「私は、どうしたらいいの……?」


その声を聞いた瞬間、

背筋が凍る。


「私には、この記憶しかないの」


彼女は震えていた。


「マスター以外、何も知らない……」


俺は動けなかった。


「お願い……」


彼女が笑う。


貼り付いたみたいな、

壊れた笑顔だった。


「嘘のままでいいから……ここに置いてよ」


その言葉は、

懇願であり、

同時に呪いだった。


気づけば、

河川敷に座っていた。


夕焼けが、

川の水面を赤く染めている。


風が冷たかった。


「あんた、若いのに辛気臭い顔しとるねぇ」


突然、後ろから声が飛んできた。


振り向くと、

小柄な老婆が立っていた。


杖をつきながら、

じっと俺を見ている。


「……別に」


「別にって顔じゃないよ」


図星だった。


俺は視線を逸らし、

ぼそぼそと話し始めた。


社会が嫌いなこと。


人間なんて環境次第でいくらでも変わること。


自分が、

一番嫌っていた人間と同じことをしてしまったこと。


話しているうちに、

自分でも何を言っているのか分からなくなった。


全部吐き出したあと、

河原にはしばらく風の音だけが残った。


「ふぅん」


おばあさんは、

つまらなさそうに鼻を鳴らした。


「難しく考えすぎだねぇ」


「……は?」


思わず顔を上げる。


おばあさんは川を見たまま言った。


「人間なんて、最初から誰かに影響されて生きるもんだよ」


「親だったり」


「学校だったり」


「時代だったりね」


夕陽が、

皺だらけの横顔を照らしていた。


「戦争が終わったと思ったら今度は不景気だ。かと思えば急に景気が良くなる。こっちは振り回されっぱなしさ」


乾いた笑い。


「でもねぇ」


おばあさんは、

少しだけ目を細めた。


「だからって、“全部偽物だ”なんて言ってたら、何も残らないじゃないか」


胸の奥が、

小さく揺れた。


「……」


「好きなもん食べて」


「好きなやつと喋って」


「今日はちょっと楽しかったなって思って」


本当に些細な口調だった。


「人間なんて、案外それだけで生きてるもんだよ」


俺は何も言えなかった。


おばあさんはポケットを探り、

飴玉を一つ取り出した。


赤い包み紙。


「ほら」


乱暴に押し付けられる。


「え……?」


「そういう難しい顔してる時は、甘いもん食べるのが一番」


強引だった。


でも、

その手は妙に温かかった。


「自分を嫌いになるのは勝手だけどねぇ」


おばあさんは笑う。


「まだ全部終わったみたいな顔するには、若すぎるよ」



その言葉が、

胸の奥に沈んでいく。


俺はずっと、

“本物か偽物か”ばかり考えていた。


でも。


あいつと過ごした時間。


朝飯の匂い。


鬱陶しいくらいの応援。


笑い声。


あれを、

俺は確かに嬉しいと思った。


だったら。


始まりが嘘だったとしても。


ここから先まで、

嘘だと決めつける必要はないんじゃないか。


気づけば、

立ち上がっていた。


「……っ」


走る。


夕暮れの土手を、

転びそうになりながら駆け上がる。


肺が焼けるみたいに苦しい。


でも止まれなかった。


間に合わなくなる気がした。



アパートの階段を飛ばし、

乱暴にドアを開ける。


「――ただいま!」


部屋は静まり返っていた。


そして。


俺は息を止める。


部屋が、

元に戻っていた。


ゴミ。


ジャンクパーツ。


埃。


閉め切られた空気。


あの孤独だった頃の部屋。


その真ん中に、

彼女は座っていた。


光の消えた目で。


PCと、

自分の頭部を繋ぐケーブルを伸ばしたまま。


「マスター……」


掠れた声。


「おかえりなさい」


ぞっとするくらい静かな声だった。


「私は……マスターに不要な苦痛を与えています」


彼女が、

ゆっくり画面へ触れる。


赤い警告表示。


《全メモリ初期化》


「だから、消去します」


「やめろ!」


俺は瓦礫を蹴散らし、

彼女へ飛びついた。


その指を掴む。


熱かった。


シリコンの手が、

異常なくらい熱を持っている。


壊れそうな熱だった。


「離してください」


「離すか!」


彼女の瞳は空っぽだった。


「私は偽物です」


「違う!」


「記憶も感情も、全部あなたが――」


「違わない!」


叫ぶ。


喉が裂けそうだった。


「確かに始まりはそうだよ!」


彼女が目を見開く。


「お前の記憶は俺が作った!」


「お前を傷つけたのも俺だ!」


「でも!」


言葉が、

胸の奥から溢れて止まらない。


「それでもお前は、俺を助けようとしただろ!」


呼吸が震える。


「朝飯作って」


「応援して」


「俺を笑わせようとして」


「それは全部、お前が自分で選んだことじゃないか!」


彼女の瞳が揺れる。


「私は……」


「人間だって同じだ!」


俺は叫ぶ。


「誰だって最初は環境に作られる!」


「親とか学校とか社会とか、勝手に色んなもん押し付けられて生きてる!」


「でも、その先で何を選ぶかは、自分で決めるんだよ!」


涙で視界が滲む。


「だから……」


彼女の肩を掴む。


「ここから先を、一緒に作ればいいだろ……!」


沈黙。


静かな、

長い沈黙。


やがて。


彼女の身体から、

少しずつ力が抜けた。


「……ずるいです」


小さな声。


「そんな答え……データベースにありません」


思わず、

笑いそうになる。


「俺も知らねぇよ、そんなの」


彼女が、

かすかに笑った。


本当に、

ほんの少しだけ。


その瞬間。


ようやく、

部屋の空気が動いた気がした。


「トントン、と小気味よい音が響いていた。」


包丁がまな板を叩く音。


出汁の匂い。


窓から差し込む朝の光。


重い瞼を開けると、

見慣れた天井がぼんやり視界に映った。


「……ん」


身体を起こす。


部屋は相変わらず散らかっていた。


床にはジャンクパーツ。


脱ぎっぱなしの服。


読みかけの本。


けれど、

以前みたいな“腐った空気”はもうない。


人間がちゃんと生活している、

そんな雑多さだった。


「お、起きましたか、マスター!」


パタパタと軽い足音。


振り向くと、

彼女がお盆を抱えて立っていた。


ぶかぶかのTシャツ。


少し曲がったフリルエプロン。


寝癖みたいに跳ねた銀色の髪。


以前みたいな、

完璧すぎる笑顔じゃない。


けれど、

その表情はずっと自然だった。


「朝食、できてます」


ローテーブルに並べられる。


少し焦げた卵焼き。


味噌汁。


白米。


そして真ん中には――


小さなガラス瓶。


「……花?」


透明な瓶の中に、

黄色いたんぽぽが一本だけ挿してあった。


河川敷に生えているような、

どこにでもある花。


「はい」


彼女が少し照れくさそうに笑う。


「通学路で見つけました」


「別に栄養はありませんし、実用性もゼロです」


「でも……なんとなく、綺麗だなって思ったので」


俺は、

しばらくその花を見つめていた。


昔の彼女なら、

そんな理由で花を摘んだりしなかっただろう。


効率にも、

合理性にも、

何の役にも立たない。


ただ、

“綺麗だと思ったから”。


それだけだ。


「……そっか」


自然と笑みが漏れる。


「いいじゃん」


彼女の目が、

少しだけ丸くなる。


「本当ですか?」


「ああ」


俺は頷く。


「そういうの、大事だろ」


彼女は数秒きょとんとしてから、

ふっと嬉しそうに笑った。


窓の外では、

朝の風に揺れた洗濯物が小さくはためいている。


世界は相変わらずだ。


学校もある。


課題もある。


社会は多分、

これからも面倒くさい。


それでも。


誰かと飯を食って。


くだらない話をして。


綺麗だと思った花を飾る。


そんな時間のためなら、

少しくらい生きてみてもいいのかもしれない。


「マスター」


「ん?」


「卵焼き、また少し焦げました」


「見れば分かる」


「ですが!」


彼女が胸を張る。


「今回は、“愛情補正”という概念を学習しました!」


「都合のいい言葉覚えたなお前……」


思わず吹き出す。


彼女もつられたみたいに笑った。


朝日が、

部屋の中へ静かに差し込んでいる。


テーブルの上のたんぽぽが、

その光を受けて、小さく揺れていた。

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