月は同じに昇る ─ 同じ夜を越えても、見ている先は違う
─ 誰かが前に進むとき
それを見ている者の心も揺れる
夢は同じ形をしていない
だから、迷いもまた違っている ─
自分の言葉に気後れしたのか、フェイは気まずそうに視線を逸らした。
「その陣は自分で描いたのか?」
「いえ、これは魔導具店で買ったもので」
「へぇ、見せてくれる?」
「そんなものが売っているのか」
俺の知る限り、ザエッダの魔導学院は魔導具の普及に熱心ではない。
イーヴォはフェイから紙を受け取ると眉をしかめた。
「随分質の悪い紙とインクを使ってるんだな。こんなんじゃすぐに色が褪せちまうだろ?」
「これは基本使い捨てだそうです。魔力を何回か流すと退色してしまいますから」
「これさぁ、もっと高いやつも売ってるんじゃないの?」
「はい、そっちは結構長持ちするし、水も早く溜まるそうです。かなり割高ですが」
「──なるほどね、ジュードの意見に俺も賛成するわ」
「どういう意味だ?」
「中央の連中は図々しい上にケチくさいってことさ。──棒か何かある?」
イーヴォが厩舎の土間に水呼びの魔法陣を引き始めた。
「適当な板か何かに直接刻めば、割れない限り壊れたりしない。今夜は取り敢えずこの陣の真ん中に水瓶を置けばいい」
「水瓶に直接ですか。一晩でそんなに溜まらないんじゃ…?」
「効率の良い陣を描けば溜まるさ」
「どうして井戸の水を使わないんだ?」
先ほどから気になっていたことを聞いてみる。
「この辺りの井戸水は妊婦には良くないと言われてるんです。丈夫な仔を産んでほしいから良い水を与えたくて」
人の不安につけこんだ商売って訳か。確かに褒められたやり方ではない。
「中央じゃ、魔導士までえげつない売り方してやがるんだな。まぁ、そのうち痛い目見るだろうさ」
「……すみません。買ってしまう俺たちがいるからですよね」
「フェイが謝ることじゃねーだろ」
「悪い。こいつ、魔導の話になると沸点が下がるんだ」
「お前に対しても沸点低めだぞ、俺は」
「それはもう慣れてる」
イーヴォはそう言うが、こいつは他人の事情に踏み込まない繊細さは持ち合わせている。
「ところでさ、何で急に神妙になってるん?昼間は突っかかり気味だったじゃん」
……訂正する。俺だってそれくらいは分かるぞ。
「それは……、その……。冒険者には……色々と」
「年いくつ?」
「えっ、十八歳ですけど」
「マジで!?ジュードと同い年くらいかと思ってたわ」
俺も思ってた。体格良すぎだろう。
「馬丁ってハードな仕事なんだな」
「馬丁?」
「違うのか。親父さんの口ぶりじゃ、てっきりお前を雇ってほしいのかと思ったんだが」
「父さんが?」
「なんだよ、十八なら全然遅くないぞ。俺が登録したの十七になって半年後くらいだったし」
「ぼ、冒険者は無理です。言ったでしょ、俺の魔法なんて戦闘じゃ役に立たない」
「何が使えんの?」
(グイグイ行くな、おい)
「……笑わないで下さいよ」
「そんな趣味はない。な?」
「俺は魔法自体使えない」
フェイは、イーヴォが陣を引くのに使った棒切れを持つと、小さな声で唱えた。
「『発光』」
棒全体が柔らかい光で包まれる。
「おー、明るいな。これどれくらい保つの?」
「えぇと、…一晩くらい」
「この光もっと強く出来る?」
「出来ますけど……、かなり時間が短くなります」
(強い光を戦闘中に生かすとしたら──)
「……離れた物体に使えるか?」
「魔杖があれば、多分」
「いいじゃん、なぁ?」
「使い方次第だな」
ラスタールが交代するからと伝言を頼んだのは建前で、おそらくフェイの背中を押したかったのだろう。
「……親父さんが交代するって言ってたぞ。夕食、まだなんだろう?」
「あ、はい。すぐ行くと伝えて下さい」
「魔法陣を踏むなよ。一応補強はしてあるけど」
用は済んだとばかりに踵を返し、外へ向かうイーヴォ。後を追おうとすると、呼び止められた。
「あのっ、……ありがとうございました」
「何で過去形なん?」
「突っ込んでやるなよ」
軽口をたたきながらも俺は振り返れなかった。言葉に出来ない何かが浮かび上がってくる。
(昼間の態度は……あれは、嫉妬だ)
(だったら何故、今、俺は)
───この思いは違う、……はずだ。
俺は夢を抱いて外に出た。そういうことにしてきた。
(でも、この感情は……)
「ジュード?」
月は中天まで昇っていた。
「ラウルクが、見てるな」
「見られちゃ困ることでも考えてたのか」
月の主ラウルクは女神だと言われている。その姿を見た者は、少なくとも俺の周囲にはいなかった。
信仰という自覚もなく、真偽を疑う必要さえない当たり前の存在。
「何だか、落ち着かないんだ」
「そっか」
その夜は空が白むまで眠れなかった。
「兄ちゃんいってらっしゃーい」
「これ、皆さんで食べて下さいね」
「組合長に宜しく言っといてくれ」
「……家族総出で見送りとか……」
子供じゃないんだから、と恥じ入る様は年相応に見える。二頭立ての荷馬車を引くのは、昨日遠出に付き合ってくれた、レーラとシームだ。
「へぇ、レーラねぇ」
「……何が言いたい?」
「似た名前の美女がいたっけなって」
「馬と一緒にするな。それに大して似てない」
〈虹色の夢〉のレレイと下働きの男が駆け落ちしたという噂は当時話題になったものだ。
だが、俺にはレレイと下働きの男──トーファが単なる同郷とか恋愛関係とは思えない。二人はそれぞれ別の意味で異質だった。
御者席に座ろうとするフェイに、イーヴォが声をかける。
「箱型じゃないんだな。あっちの方が貸し出し賃高いんだろ。そっち借りても良いんだぜ」
「箱も出せるけど……やめときます。あっちは数が少ないんで、返却が遅れると次が詰まる。幌なら台数があるんで、多少戻らなくても回せます」
遠慮と現実的判断って訳か。彼らしい、と思う。
フェイは迷いなく綱を取った。
「これで十分です」
「フェイはさ、護身用の武器とか持ってないん?」
イーヴォが脈絡の無い質問を投げる。過程をすっ飛ばすのはいつものことだが、フェイが面食らいはしないかと心配になる。
「お前だって持ってないだろう」
「買うよ」
「扱えるのか」
「考えたんだけどさ、パッと見丸腰に見えるから舐められるんじゃないかと」
(行商人にぼったくられた件か)
「……確かに、俺にだけ媚売ってたな」
「何の話か良く分かりませんが、武器になるものならちゃんと積んでますから大丈夫です」
──彼の言う “武器” が、どうやら少し違うらしいことを、俺たちは後から知ることになる。
─ End ─
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最近、短編形式が崩れてきてますね…(汗)。
精進せねば。
【次回予告】
「大陸のすべてが交わる街」レナリウム。
賑わいの裏で、この街は厳格な取り決めによって支えられている。
交渉は出来るが、一度の合意は絶対。
条件を詰め、選び、決める。
その一連の流れが、ジュードに確かな重みを残す。
※次回は、『ザエッダの弓手 12:覆せない選択』の予定です。




