第5話 聖女王子と剣聖少女
第5話です。
黒霧の残る村の中心、瓦礫の間に静寂が戻った。
リュシアン・アストリアは、祈りの力を整え、白い装束の裾を握り直す。民はまだ怯えていたが、少女――剣聖の姿は、彼らに希望の光を与えていた。
少女はゆっくりと歩み寄る。その歩みには無駄がなく、剣の威圧感は一切の躊躇を感じさせない。藍色の髪が風に揺れ、太陽光に淡く反射する。
「……君が、リュシアン・アストリア殿下か」
低く澄んだ声。王子の心臓が少しだけ速まる。民の前では常に“聖女様”として振る舞う自分。だが、目の前の少女は、何も知らないようにこちらを見つめている。
「ええ、私です」
自然に返す声。外向きの装飾は要らない。民の視線も、祈りの象徴としての期待も、今は届かない。初めて、自分という存在そのもので相手と向き合う瞬間だった。
少女は目を細め、微笑むように首をかしげた。
「眩しいね、君」
――眩しい?
その一言に、リュシアンの胸が小さく跳ねる。民の前では“聖女”である自分しか見えないのに、今はただの王子として見られている。称賛でも尊敬でもなく、純粋に存在そのものを見られている感覚。
「……え?」
声が少し、震えた。思わず心の中で、つぶやく。
(……聖女扱いされない……)
不思議な感覚だった。奇妙な解放感と、わずかな戸惑い。祈りで光を降ろす必要も、偶像として微笑む必要もない。目の前にいるのは、光でも象徴でもなく、ただ一人の少女。
少女は小さく笑い、剣を軽く振った。黒霧はもう残っていない。刃の軌跡が残した光が、静かに空気を震わせる。
「悪意を断つ、ってこういうことか……」
胸の奥で、初めて理解した。祈ることも大切だ。だが、直接、世界に触れ、恐怖を斬り裂く力も、また人を救う道なのだ。
リュシアンは、微かに肩を動かして深呼吸する。白の装束が、朝日にほんの少し輝く。民の期待ではなく、自分自身の意思で、この光景を受け止める瞬間。
「……君の力、すごいね」
言葉は自然に出た。褒め言葉でも称号でもなく、単純に認める言葉。少女は再び小さく笑い、軽く肩をすくめる。
「ありがとう。でも、君だって十分、眩しいよ」
その言葉に、リュシアンはわずかに頬を赤くする。民の前では決して味わえなかった、ありのままの自分を認められる瞬間。
胸の奥で、静かに何かが芽生えた。祈りの象徴ではなく、一人の人間として、世界と向き合う覚悟。
――初めて、聖女じゃなくても、認められた。
光と影が残る瓦礫の中で、二人の視線が交わる。黒霧を斬った少女――フィアナ・カルディア。そして、白い祈り装束の王子――リュシアン・アストリア。
世界の悪意は消えない。だが、誰を信じ、誰を守るかは、自分で選べる――その力を、二人は確かに知ったのだった。
2人がやっと出会いました。
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