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聖女扱いの第四王子ですが、天才剣聖の少女に翻弄されています  作者: MagicFactry


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第28話 逃げるな

第28話です。

扉が閉まる音は、やけに重く響いた。


 リュシアン・アストリアは、兄たちの私室へ戻っていた。

 窓の外、王都は灰色の空に覆われている。

 フィアナはもう城門を出た頃だろう。

 胸の奥が、空洞のように静まり返っている。


「……で?」


 最初に口を開いたのは次兄、ルシウス・アストリアだった。


「追い出したのかい?」


その声音は軽い。だが目は笑っていない。


「帰しただけです」


「同じだ」


低く言ったのは三兄、ガレス・アストリア。

長兄バルド・アストリアは腕を組み、壁にもたれている。


「理由は」


短い問い。

リュシアンは、視線を落とさず答えた。


「王都は危険です。黒霧は貴族街を中心に増幅している。剣聖の存在は利用されかねない」


「それだけか?」


バルドの声が低くなる。

一瞬、言葉が詰まる。


「……私の傍にいれば、標的になります」

「それは承知で来てただろ、あの娘は」


図星だった。


彼女は理解している。

それでも隣に立つと、何度も言った。


「守りたいのです」


やっと絞り出す。

沈黙。

やがて、バルドが大きく息を吐いた。


「好きなら行け」


短く、豪快に。

リュシアンは、目を見開く。


「……兄上?」

「守りたい? 結構だ。だがな」


ずい、と距離を詰める。


「守るってのは、横に立つ覚悟を決めることだ。遠ざけることじゃねぇ」


重い言葉が胸に落ちる。


「お前はあの娘を信用してねぇのか?」

「違います!」


即座に否定する。


「なら、何だ」


言葉が出ない。

ルシウスが、くつくつと笑う。


「分かりやすいなあ、うちの末弟は」


窓辺から離れ、ゆっくり歩み寄る。


「逃げるなよ、聖女殿」


その呼び方に、胸がちくりと痛む。


「君が欲しかったのは何だい?」


昨日の告白を、思い出させる声。


――選ばれること。

聖女ではなく、リュシアンとして。


「彼女は選んでいたよ」


ルシウスの目が鋭くなる。


「何度も。迷いなく」


それを、自分が手放した。


「怖いんだろう?」


優しい声で、残酷に言い当てる。


「選ばれて、失うのが」


息が詰まる。

図星だ。

選ばれなければ、傷つかない。

だが選ばれてしまえば、失う恐怖が生まれる。


だから。


先に手を離した。


「私は……」


言葉が震える。

ガレスが立ち上がる。

ゆっくりと歩み寄り、目の前に立つ。

無言。

だがその視線は真っ直ぐだ。


「……泣かせるな」


低く、短い一言。

胸が、強く打つ。


「お前が決めたのなら、それでいい」


ガレスは続ける。


「だが、あの娘が泣く理由になるな」


守るという名目で、傷つけるな。

そう言っている。

沈黙が落ちる。

バルドが笑った。


「王族だろうが何だろうが、好きな女の手ぇ離してどうすんだ」


「聖女様の祈りは、万能じゃない」


ルシウスが、肩をすくめる。


「悪意は消えない。けどね、選ぶのは君だ」


言葉が響く。

悪意は消えない。

嫉妬も、恐れも、失う怖さも。

だが。

誰を選ぶかは、自分で決められる。

リュシアンは、拳を握り締める。

手のひらに残る温もりを思い出す。

離した瞬間の、彼女の目。


「……兄上」


顔を上げる。


「私は、愚かでしょうか」


「今さらか?」


バルドが、豪快に笑う。


「だがな」


その目が真剣になる。


「愚かでも、行け」


ルシウスが、にやりと笑う。


「彼女、走るの速いんだろ? 今なら城門手前かもね」


ガレスが頷く。


「急げ」


短く。

それだけで十分だった。

リュシアンは、踵を返す。

扉へ向かう足取りは、もう迷っていない。

背後から、バルドの声が飛ぶ。


「振られたら、酒に付き合ってやる!」


「成功したら、もっと高い酒を奢れよ」


「……泣かせるな」


最後の声を胸に刻み、廊下を駆ける。

王都は灰色。

黒霧は消えない。


それでも。

彼は走る。

聖女ではなく。

王子でもなく。


選ばれたいと願った、一人の男として。

お読みいただき、ありがとうございました。

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