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聖女扱いの第四王子ですが、天才剣聖の少女に翻弄されています  作者: MagicFactry


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23/31

第23話 選ばれるということ

第23話です。

夕暮れの空は、焼け落ちるような橙色に染まっていた。

 王都近郊の森に立ちこめていた黒霧は、ようやく霧散し始めている。


 最後の一体を斬り伏せたのは、もちろん剣聖――フィアナ・カルディアだった。


「ふぅ……今日はちょっと多かったね」


息を吐く声は軽い。

だが足元には、黒霧の残滓が砂のように崩れ落ちている。


 少し離れた場所で、リュシアン・アストリアは、静かに祈りを捧げていた。

 聖女と呼ばれる王子の、慣れきった仕草。


(……嫉妬など、みっともない)


 胸の奥に沈めたはずの感情が、まだ疼いている。

 あの男――フィアナの元恋人が現れてから、心の底がざわついて仕方がない。


 何もない。

 本当に、何もないと分かっている。


 それでも。


「リュシアン!」


 名を呼ばれ、顔を上げる。


 フィアナが、迷いなくこちらへ駆けてくる。

 元恋人の青年は、少し離れた位置で立ち止まったままだ。


「怪我、ない? さっき黒霧が跳ねたからさ」


 真っ先に差し出されたのは、彼女だった。


「私は大丈夫だ。君こそ」

「私は平気! それより、ほら」


 そう言って、彼女は当然のようにリュシアンの腕を取る。

 祈りで消耗していると、もう分かっているかのように。


 温かい。


(……優先、されている?)


 意識していない顔だ。

 計算も、気遣いの押しつけもない。


 ただ――当たり前のように。


「フィアナ」


 少し離れたところから、元恋人が声をかける。

 彼の声は穏やかだった。


「今日は助かった。ありがとう」

「ううん、あなたも無事でよかった!」


 屈託のない笑顔。

 だが彼女の身体は、リュシアンの隣から動かない。


 視線も、すぐに戻ってくる。


「ねえ、リュシアン。王都に戻ったら甘いパン食べようよ。前に好きって言ってたでしょ?」

「……覚えていたのか」

「覚えてるよ? 君のことは」


 さらりと言う。

 その言葉に、胸の奥が静かに熱を帯びる。


 元恋人は、それを見て、ほんのわずかに苦笑した。

 そして一礼する。


「……俺は戻る。君は、そっちだな」


 “そっち”。


 選ぶ、という響きではなかった。

 もう決まっているものを見る、納得の声。


 フィアナは不思議そうに首を傾げる。


「? うん、私はリュシアンと行くよ」


 当たり前の返答。


 そこに深い意味はない。

 だが――それで十分だった。


 青年が去っていく背中を見送りながら、リュシアンは息を吐く。


(私は、責める資格などない)


 彼女には過去がある。

 それを否定する権利など、どこにもない。


 だが。


「……フィアナ」


「なに?」


「私は、嫉妬していた」


 思わず零れた本音。

 フィアナは目を瞬かせる。


「え? どうして?」


 本気で分かっていない顔だ。

 その無垢さに、苦笑がこぼれる。


「君が、遠くへ行くのではないかと」

「行かないよ?」


 即答だった。


「だって、今はリュシアンと戦ってるし。隣が一番落ち着くし」


 さらり、と。

 王子は言葉を失う。


 聖女と呼ばれてきた。

 誰からも崇められ、触れられず。


 だが彼女は、隣と言った。


 対等の場所を。


「……そうか」

 胸の奥にあった黒い靄が、音もなく溶けていく。


 黒霧は悪意から生まれる。

 ならば、自分の中のこの感情もまた、種になり得たのだろう。


 だが彼は、それを飲み込んだ。

 誰を選ぶかは、自分で決められる。

 悪意に飲まれないことも。


「帰ろう、フィアナ」

「うん!」


 並んで歩き出す。

 その距離は、自然と近い。

 夕暮れの光の中で、リュシアンはそっと微笑んだ。


 嫉妬は消えない。

 それでも。


 選ばれたのではない。

 彼女が、今ここで、自分を選んでいる。


 ただそれだけで、十分だった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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