第19話 兄たちの目
第19話です。
朝の王都近くの森道。
朝日が木々の間から差し込み、草の露が光を反射していた。
リュシアンは、いつもの通りフィアナと共に馬車の準備をしていた。
しかし、その表情にはわずかな硬さが混じっていた。
普段の柔らかな微笑みが、今はどこかぎこちない。
「王子さま、今日も少し笑顔が硬いね」
フィアナが軽く指摘する。
王子は咄嗟に口角を上げるが、ぎこちない笑顔で返すだけだった。
「……そうかな」
笑顔の硬さに気づかれたのか、フィアナは少し眉を寄せる。
しかし、王子自身も理由を口にすることはできない。
胸の奥に残る胸のざわつきや嫉妬の感情、それを飲み込んできた疲れが、微妙な表情に表れてしまっていたのだ。
馬車の荷物を整理していると、突然、柔らかな羽音のような紙切れが目の前に舞い降りた。王子が拾い上げると、そこには次兄・ルシウス・アストリアの筆跡で短く書かれた手紙があった。
「顔に出てるよ」
文字は簡潔で、しかし読むだけで兄の目の鋭さが伝わってくる。
王子は軽く息をのむ。
笑顔の硬さを、たった一言で見抜く次兄――さすがだと感心しつつも、同時に背筋に少し寒気が走った。
その瞬間、胸の奥で、ある疑念が膨らむ。
兄たちは、自分の行動や心の動きを、ずっと見ていたのかもしれない――と。
森道の曲がり角を曲がった先で、王子の不意の動きや表情、フィアナとのやり取りまで、密かに兄たちの密偵が目撃していたのだ。
長兄・バルド、次兄・ルシウス、三兄・ガレス――三人とも、王子の護衛や監視を装って、旅路の安全を理由に密偵を放っていたらしい。
「……兄たち、今まで……全部、筒抜けだったのか」
リュシアンは小声で呟く。
胸の奥に軽く緊張が走る。自分の嫉妬心や、フィアナに対する独占欲まで、兄たちには知られていたのだ。
恥ずかしさと、どこか守られている安心感が入り混じり、リュシアンの表情は、さらに硬くなる。
フィアナが王子の顔を覗き込み、眉をひそめる。
「王子さま……どうしたの?」
「……少し、考え事をしていただけだ」
リュシアンは視線を地面に落とす。
笑顔を意識的に作ろうとするが、胸の奥に兄たちの視線があることを思うと、自然に表情を戻せない。
森道を進みながら、王子は心の中で整理する。兄たちは過保護でもあり、また信頼の証でもある。
自分の行動を見守るために、密偵を送り、危険があれば護衛を介入させる――王族として当然の配慮だ。
だが同時に、プライベートな感情まで把握されていることに、内心で軽い赤面と動揺を覚える。
「……まあ、仕方ないか」
小さく呟き、リュシアンは肩の力を抜く。
胸のもやもやや、嫉妬心を飲み込む練習をしてきた今なら、兄たちの監視も冷静に受け止められる。
笑顔はまだ少し硬いが、以前のように心が揺れ動くことはない。
兄たちの目は、自分を守るためにあり、そして信頼の証でもある――そう理解した瞬間、心の奥の緊張が少しだけ解けた。
フィアナは何も知らず、自然体で馬車の準備を続ける。
王子は彼女を見つめながら、兄たちの存在と自分の感情の整理、そして旅路の安全の両方を胸の奥で感じる。
笑顔はまだ完全ではないが、心の中では確かに安定が戻りつつあった。
森道の風が頬を撫でる中、リュシアンは密かに決意する。
兄たちの目は自分の弱さも知っているが、それでも前に進む力になる。
笑顔が硬くても、胸の奥の心は強く、フィアナを守る覚悟は揺るがない――そんな自覚を胸に、リュシアンは再び歩き出すのだった。
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