第16話 再び現れた影
第16話です。
森の小道を抜け、広場のような開けた場所に到着した一行。
昼間の陽光が、木々の間から差し込み、草木が金色に輝く。
リュシアンは、馬車の荷物を整理しながらも、心ここにあらずという表情だ。
胸の奥には、数日前の、元彼との遭遇の記憶が、まだくすぶっていた。
「王子さま、大丈夫?」
フィアナが、軽やかに声をかける。
元気そうに笑いながらも、王子の落ち着かない様子には気づかない。
彼女は、自分の笑顔で場を和ませようと、自然体で振る舞う。
そのとき、遠くの林の陰から、見覚えのある姿が現れた。
背筋がピンと伸び、礼儀正しい立ち居振る舞い。元彼だ。
結婚間近で、フィアナとは完全に過去の関係。彼の表情は穏やかで、悪意も未練もない。
「フィアナ……元気そうだね」
元彼の声は柔らかく、しかしどこか安心感を与える響きがある。
フィアナは自然に笑い、軽く会釈した。
「久しぶりね。元気にしてた?」
その短いやり取りの間、リュシアンの胸は強くざわついた。
戦場でも、ここまで心を乱されることはなかった。
元彼の存在は、彼自身には何の意味もないはずだ。
だが、視線を交わした瞬間、胸の奥が熱く、冷静でいられない自分に気づく。
「……王子さま?」
フィアナの声が耳に届くが、リュシアンは無意識に視線をそらす。
心臓が速く打ち、呼吸もわずかに乱れる。
嫉妬心、独占欲――戦いでは見せなかった、王子だけの感情が芽生えていることを自覚する。
元彼は、礼儀正しく挨拶を済ませると、軽く笑みを浮かべて立ち去る。
フィアナも自然に手を振り、背を向ける。
二人の間に過去の感情はなく、すでに終わった出来事。
だが、リュシアンの胸はまだざわついていた。
「……責める資格は、ないのに……」
王子は心の中で何度も繰り返す。
元彼は無関係、フィアナも未練はない。
それでも、胸の奥の独占欲は収まらず、ざわつきを押さえ込もうと必死だった。
フィアナは笑顔で、馬車の準備を続ける。元彼の影は去ったが、王子の心はその影を追いかける。
森の静けさの中、戦場よりも手強い、自分自身の感情との戦いが続く。
リュシアンは小さく深呼吸し、両手を組んで祈りに集中する。
民や仲間を守る祈り、戦いの力としての祈り――そして、胸の奥でざわつく独占欲と嫉妬を鎮める祈り。
理性と祈りで、感情を押さえ込むしかない。
「……お前を責める資格はない……でも……」
胸のもやもやは消えない。
だが、それを飲み込み、理性で制御する。
リュシアンは自分の感情と向き合いながら、祈りで心を落ち着け、次の旅路に進む覚悟を固めた。
森を抜ける風が頬を撫で、焚き火の香りがほのかに漂う。
元彼の存在は去ったが、王子の心の戦いはまだ終わらない。
嫉妬や独占欲を抱えたまま、それでもフィアナを守るために進む――それがリュシアン・アストリアの選んだ道だった。
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