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この異世界にリハビリを。筋肉フェチの理学療法士、追放された寝たきり魔王を鍛え直して世界を救う  作者: 衛士 統


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第6話 腰痛で歩けない商人―②

「生き埋め……?」


 アリアが呆然と呟く。私は彼女の問いには答えず、左手首に巻いていた麻紐を使って髪を一つに束ねる。そして白目を剥きかけているギルバートの身体を素早く、かつ冷徹に触診し始めた。


「ちょっと筋肉の反応を確認しますよ」


 私は周囲をキョロキョロすると、見つけた手頃な石をハンマー(打腱器)扱いして、ギルバートの膝下とアキレス腱をコン、と叩く。


膝蓋腱しつがいけん反射、消失。アキレス腱反射、消失。……下肢の反射が完全に飛んでいる」


 通常なら足がピクリと動くはずの刺激に、彼の足は死んだ魚のように反応しない。神経の伝達が遮断されている証拠だ。


 次に私は、彼の片足を掴み、真っ直ぐ上に持ち上げた。


「――SLR(下肢伸展挙上)テスト」


 ギルバートの足は、抵抗なく70度以上まで持ち上がる。


「よし、SLRは陰性。ヘルニアによる神経根しんけいこんを圧迫したときの特徴的な放散痛は見られない。なら原因は出っ張りじゃない。締め付けだ」


 足を下ろして、今度はギルバートに問いかけた。


「えっと……ギルバート氏、でしたっけ。聞こえるなら頷いてください。最近歩いていると足が痺れて動けなくなり、少し休んで前かがみになると、また歩けるようになる……そんな症状はありませんでしたか?」


 激痛に喘ぎながら、ギルバートがハッとしたように何度も頷く。


「やはりそうか。……間欠性跛行かんけつせいはこうあり。典型的な症状だね」


 私は確信を持って、最終確認を行う。彼の背中に手を回すと、上半身を起こさせ、背中を反らせる方向へと力を加えた。


「これでどう?」

「あ、がぁぁぁッ!!? 痛い、痛い痛いッ!!」


 ギルバートが絶叫する。それを見て、私は即座に彼の上半身を逆に折り曲げ、膝を抱え込ませる姿勢を取らせた。


「じゃあ、これは?」

「は、ぁ……? ……あれ?」


 一瞬で、彼の表情から苦悶の色が抜け落ちる。

 まるで魔法にかけられたかのように、先ほどまでのたうち回っていた男が、キョトンと目を丸くしていた。


「い、痛く……ない……?」


 その劇的な変化に、アリアが息を呑む。

 

 私はギルバートを祈るような背中を丸めた姿勢――ウィリアムス体操の基本姿勢で固定したまま、アリアの方を向いた。


「わかった? これが彼の身体で起きていたことの正体」


 私は自分の指で輪っかを作り、アリアに見せる。


「背骨の中には脊柱管せきちゅうかんというトンネルがあって、そこに大事な神経が通っている。彼は加齢と過労、そしてそり腰のせいでこのトンネルが狭くなっていた。これが脊柱管狭窄症せきちゅうかんきょうさくしょうよ」


 私は輪っかを潰して見せる。


「背中を反らすと、構造上、このトンネルはさらに狭くなる。だから彼は叫んだ。……そこに、あんたが回復魔法をかけた」

「あっ……」


 アリアの顔色が青ざめる。ようやく自分の過ちに気づいたようだ。


「恐らくだけど魔法は万能すぎる。狭くなっていた骨や、肥厚した靭帯を健康で頑丈な状態へと修復・増殖させてしまった。……その結果、ただでさえ狭いトンネルがさらに狭まり、神経が圧殺された。これが生き埋めの正体」


 アリアがガクリと膝をつく。

 人を救うはずの力が人を傷つけた。その事実はヒーラーとしての彼女の自信、そしてプライドを粉々に砕くのに十分だったのだろう。


「魔法はたしかにすごい。でもね、中身を知らないままいじるのは、目隠しして外科手術をするのと同じよ」

「そ、そんな……私は、良かれと思って……」

「でもね、アリア。むしろ私のリハビリの方が全然万能じゃない。要は使い所。使い所さえ見極められれば、アリアは一流のヒーラーになれる」


彼女の大きな瞳に溜まっていた涙が、ポロリとこぼれる。


 私は淡々と告げると、再びギルバートに向き直った。

 彼はまだダンゴムシのように丸まったままだが、その目はすでに痛みの恐怖から脱し、計算高い光を宿し始めていた。


「なるほど……屈辱的なポーズだが、確かに痛くない」

「プライドより脊柱管のスペース確保です。我慢してください」

「だがしかし……信じられん。聖女の奇跡ですら悪化させた痛みを、姿勢一つで消し去るとは」

「一時的な除圧にすぎません。魔法で骨を固めてしまった以上、当分はその姿勢でリハビリが必要ですよ」

「リハビリ、か……」


 ギルバートはそろりと身体を起こそうとし、少し痛みが走ったのか、慌ててまた背中を丸めた。

 そして、その格好のまま震える手で懐から魔道具の計算機を取り出した。


「君……名は?」

「能登律。理学療法士です」

「ドクター・リツ。……商談だ」


 ギルバートの口元が、ニヤリと歪む。


「聖女による治癒魔法は素晴らしいが、時としてギャンブルになり得る。だが君の持つその根拠のある知識・論理には確実性を感じる。……買おうではないか」

「ほう?」

「この屋敷、ただの古びた物件だと思っていたが……君の技術を提供する治療院として改装すれば、富裕層から莫大な治療費を毟り取れる」


 腰を丸めたまま、金算用を始めるその姿。こいつも大概だな、と私は呆れつつも内心でガッツポーズをした。


 リハビリ室と、設備投資用の資金。

 求めていたものが、向こうから転がり込んできた。


「いいでしょう。ただし、技術責任者は私。利益の配分は私が六割です」

「なっ!? 強欲な……せめて五分五分だ!」

「おや? 今すぐ、あなたの腰を反らせてもいいんですよ?」

「……わ、わかった! 六割だ! その代わり、絶対に私の腰を完治させろ!」


 契約成立だ。


 私は満足げに頷くと、部屋の隅で見ていたゼノスとレオンに目配せをした。ゼノスは「やれやれ」といった顔で肩をすくめ、レオンは「あ、あの女、俺より強いんじゃ……?」と怯えている。


 私が安堵した、その時だった。


『ピロン♪』


 もはや耳慣れた電子音が、私の脳内を震わせる。


【難症例「魔法性脊柱管狭窄」の機序を解明しました】

【経験値を獲得。理学療法士レベルが 2 から 3 に上昇しました】

【固有スキル「電子カルテ」:検査オーダー機能(簡易レントゲン投影)が解放されます】


「(……検査オーダー!?)」


 思わず目を見開いた。  

 この何もない異世界で、骨の状態を可視化できる?


「……エビデンスレベルも上がってきたじゃん」


 こうして、私たちは最強のスポンサーと検査オーダーを手に入れた。

 異世界初のリハビリテーションセンター設立への第一歩である。



 ***



【本日のカルテ】

 担当: 能登 律(PT)

 患者氏名: ギルバート・フォン・レイブン 年齢: 45歳 種族: 魔人(商会主)


 ■ S(主訴)

「腰が砕けるように痛い」

「歩くと足が痺れて止まってしまう(間欠性跛行)」


 ■ O(評価)

 ・反射検査:PTR(膝蓋腱反射)、ATR(アキレス腱反射)ともに消失。

 ・SLRテスト:陰性(70°以上可、放散痛なし)。

 ・ケンプテスト(体幹伸展回旋):強陽性。伸展動作にて激痛増悪。

 ・体幹屈曲動作にて症状の劇的な寛解を認める。


 ■ A(分析)

 脊柱管狭窄症を疑う。

 過度な反り腰に加え、回復魔法による医原性の組織増殖が狭窄を悪化させていた。

 典型的な「伸展時痛」であり、魔法による脊柱管内圧の上昇が示唆される。


 ■ P(治療計画)

 ・ウィリアムス体操(屈曲運動)の徹底指導。

 ・腹筋群インナーマッスルの強化による腰椎ユニットの安定性向上。

 ・アリアへの解剖学講義(強制参加)。


 ■ 特記事項

 この男、激痛の緩和直後に利益計算を開始した。

 リハビリへのモチベーションが「金」で一貫しており、非常に扱いやすい患者である。

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