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この異世界にリハビリを。筋肉フェチの理学療法士、追放された寝たきり魔王を鍛え直して世界を救う  作者: 衛士 統


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第3話 四肢が麻痺した元魔王―③

「……その身に纏わりついている魔力の欠片、もしや転移魔法か?」


 ゼノスの言葉に心臓がドクンと大きく跳ねる。


「……知っているんですか。私に何が起きているのか」


 ゼノスは赤い瞳に微かな熱を灯して私を射抜いた。


「転移魔法は次元を穿つ禁忌の術だ。貴様、どこから来た?」

「……日本です。……魔法なんて存在しない世界から来ました」


 転移魔法とはまたラノベじゃあるまいし。だがもうツッコんでもしょうがない。受け入れる以外にもはや道はない。


「やはり……異なる世界からの次元渡り。器はどう管理しているのだ?」

「器……?」

「最上位の転移魔法は異なる次元への移動を可能とする。しかしそのリスクとして、転移中は魂とその器である肉体は分離される。常識であろう?」

「……肉体と、魂の分離……」


私の脳裏に、20年間微動だにしない母の肉体、バイタルデータがよぎる。まさかプリンセス・シンドロームの正体は……。


思考を深めていた私を見て、ゼノスは笑い出す。


「クックック。これは愉快だ。まさか何も知らされておらんのか!」

「……その転移魔法ってのは、解除する方法はないんですか?」


 ゼノスは自嘲するように鼻を鳴らした。


「……クク、無駄だ。転移魔法は精密な座標制御と、膨大な魔力を要求する。それにこの世界に、貴様を元の世界へ送り出せるほどの強度を持つ『転移門』は一つしかない。……我が居城、魔王城の最深部にな」


 魔王城。あまりにベタな名前に溜息が出そうになったが、続く彼の言葉は絶望的だった。


「門を起動するには上級魔族の魔力と、術式を編み上げる繊細な制御が必要だ。……まあ、今の俺のように、ゴミ一つ動かせぬ無能では無理だがな」


 部屋を沈黙が支配する。騎士レオンが悲痛な面持ちで拳を握り、ゼノスは天井を仰ぎ見た。


「……魔王城って近いんですか?」

「遠い。北の果てだからな。馬車で順調に進んだとしても三年はかかるだろう」


「……魔王様なら瞬間移動とかできるんじゃないですか?」

「無理だな。今の身体では魔力が足らん」


「……じゃあ召喚獣とか……」

「それも無理だ。魔物どもは自分よりも弱いやつには従わん」


「……じゃあ歩いていきます」

「はっ。都市の結界を出てみろ。普通の人間なんて、すぐに魔物に殺されるぞ」


 おいおい詰んでるじゃないか。大体なんでこの魔人はこの状態で偉そうなんだ。しかし困った。かくなる上は――。


「……だったら、リハビリするしかないですね」

「リハビリ……だと? なんだそれは?」


 聞き慣れない単語にゼノスが怪訝な顔をする。


「簡単に言えば、失われた機能を取り戻す、といったところでしょうか?」

「馬鹿なことを言うな! ゼノス様の御身はあらゆるヒーラーを以てしても、その機能を取り戻せなかったのだぞ!」


 背後の大男――レオンが、その巨躯を震わせて怒号を浴びせてくる。鎧の隙間から漏れる吐息が竜の咆哮のように熱い。


「魔法はただ神経を繋いだだけだったのでしょう。実際に動きを取り戻すには、脳に統合させていかなければならない」

「……何を言っている。そんな呪文は聞いたことがない」


 ゼノスが、自嘲気味に鼻で笑った。


「魔法は万能だ。……その魔法をもってしても、俺の指一本動かせなかった」

「魔法に対するエビデンス――科学的根拠がない以上、断定はできません。ですが、動かせない要因が『脳が体の動かし方を忘れたこと』にあるなら話は別です。やってみる価値はある」


 私は彼の衰えた前腕を無造作に掴み、筋肉の走行をなぞった。


「なにより、あなたには何の興味もありませんが、この素晴らしい筋肉が滅ぶことだけは私が許さない」

「……っ、貴様……!」


 ゼノスの眉根が歪に跳ね、見開かれた瞳が小刻みに揺れる。これまで見捨ててきた連中の顔でも思い出しているのだろうか。ただまあ、今の彼が私をどう思おうが構わない。この衰えた筋肉が再び躍動することが出来るのなら、信じる信じないなど些末な問題だ。


「さあ、契約といこうじゃないですか。私は日本へと帰りたい。あなただって魔王城へと帰りたいんじゃないですか? 利害は一致しているはずです」


 問いかける私の前で、ゼノスは沈黙に沈んだ。苦渋を滲ませて下唇を噛み、視線を左下方へ落とす。数泊の間、世界を拒絶するように瞼を閉じた。


「…………」


やがて深く息を吸い込み、再び私を射抜いた瞳には微かな熱が宿っていた。


 震える呼気が、噛み締められていた奥歯の隙間から漏れ出す。


「……ふん。一縷いちるの望み、か。……いいだろう。そのリハビリとやら、受けてみようではないか。私も……まだやらねばならないことがある」

「承知いたしました。それではこれにて|インフォームド・コンセント《治療合意》は成立と致します。覚悟をしておいてくださいね?」


『ピロン♪』


 間の抜けた電子音が脳内に響き、目の前の空間に半透明の青いウィンドウがポップアップした。


排痰スクイージングに成功しました】

【経験値を獲得。理学療法士レベルが 1 から 2 に上昇しました】

【固有スキル「電子カルテ」の機能が一部解放されます】


「……レベルアップ? 電子カルテが私のスキル?」


 私が空中の文字を目で追っていると、ゼノスの顔の横に表示されていたステータス画面にノイズが走り、文字化けしていた部分がクリアに書き換わっていく。


【電子カルテ ID.001】

 氏名:ゼノス

 年齢:???

 種族:魔人

 主訴:四肢麻痺、全身倦怠感

 診断名:呪術的要因による神経回路の断裂疑い


「……魔人」


 私はその単語を小さな声で反芻した。

 

 やはり、ただの人間ではなかったか。

 人間にしては骨密度が高すぎるし、何より先ほど、呼吸が戻った瞬間に放った魔力は、素人の私でも分かるくらいにオーラを感じた。


「(なるほど。魔人だからこそ、あんな乱暴な排痰ケアにも肋骨が耐えられたわけか。……頑丈なのは良いことだ。これなら少し強めの負荷をかけても壊れないし)」


 普通なら恐怖するところかもしれない。けれど、私の中に湧いたのは安心感だった。リハビリにおいて、患者のフィジカルが強いというのはそれだけで最強の武器になる。


「おい、何をブツブツ言っている。……それに貴様、虚空を見つめて何をしているのだ」


 ゼノスが不審げに私を見上げている。どうやら、この青い画面は私にしか見えていないらしい。


「いえ、カルテであなたの基礎データを確認していました。……種族は『魔人』で間違いないですね?」


 私が尋ねると、背後の鎧男――レオンが過剰に反応した。


「き、貴様! ゼノス様を魔人呼ばわりだと!? やはり斬ってくれる! このお方は、かつて――」

「レオン、そこまでだ。追放された今となっては、それが事実。……そうだ。俺は魔人。貴様らヒューマンが恐れている魔族の一人だ」


 ゼノスが試すような視線を私に向ける。私が悲鳴を上げて逃げ出すのを期待しているのか、あるいは命乞いをするのを待っているのか。


 だが、あいにくと私は理学療法士だ。患者の種族や社会的地位で、治療方針を変えるつもりはない。


「そうですか。ではゼノス氏。魔人の身体的特徴について、あとで詳しく教えてください。骨格の可動域や筋肉の付着部が人間と違うなら、アプローチを変える必要がありますから」

「……は?」


 ゼノスの美しい顔が、ポカンと呆け顔に変わる。


「先程から貴様というやつは……恐怖はないのか? 俺は魔人だぞ。その気になれば、貴様をひねり潰すことなど……」

「今の筋力じゃ、握力計の針すら動かせないでしょうね。まあ、ひねり潰せるようになってから威張ってください」


 私は冷たく言い放つと、カルテのウィンドウを指先で弾いて消した。


「それでは、ゼノス氏。あなたが本当に歩けるように鳴るのか、その『予後』を左右する最重要項目を確認します。……かなり過酷な検査になりますが、耐えられますか?」

「ふん。俺を誰だと思っている? 元は魔王城を統べていた者だぞ」


 ゼノスが不敵な笑みを浮かべる。よし、言質は取った。


「……では騎士のお方も。治療の一環ですので、絶対に口出ししないでください。いいですね?」

「き、貴様……。なぜそんな、楽しそうな目でゼノス様を見ているのだ!?」

「よい、レオン。これは俺とこの小娘の戦いだ。黙って見届けよ」


 誇り高き魔人の許可が下りる。私は無造作にベッドへ歩み寄った。


「では、失礼します」

「……ん? おい、なぜ足元に……。なんだ、なにをする気だ?」

「仙髄機能――。排泄に関わる神経と、感覚の残存確認です」


「……は?」

「脱力してください。動かないんだから、抵抗もできないでしょうけど」


ガバッ。


私はゼノスの腰帯を緩め、高そうなの織物で仕立てられた下衣の隙間に指をかけると、一切の躊躇なく、それらを一気に引きずり下ろした。


「なッ……!? き、貴様あああああああ!!?」

「動かないで。……いえ、動けないんでしたね。レオンさん、剣を抜かない。これはただの事務的な作業ですから」

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