第三章 冥界のハデス様は鬼だが超有能「誰が鬼だ!」「すみません!」
真っ暗だ。
何も見えない。何も聞こえない。
ただ、浮遊感だけがある。
「……俺、死んだのか」
蒼太は自分の状況を理解した。
首を斬られた瞬間の感覚が生々しく残っている。痛みはなかった。ただ、視界が回転して、地面に落ちる自分の身体が見えた。
「マジかよ……配信中に死ぬとか、最悪のパターンじゃん」
リスナーはどんな反応してるんだろう。ドン引きしてるかな。それとも、VRゲームの演出だと思ってるかな。
いや、でも――
「あれ、本物だったよな。痛覚も、匂いも、全部リアルだった」
ということは、本当に死んだってことだ。
蒼太は静かに絶望した。
♢ ♢ ♢
どれくらい時間が経ったのかわからない。
暗闇の中、蒼太はただ漂い続けていた。
すると――
チャリーン♪
聞き覚えのある音が響いた。
「……スパチャの音?」
暗闇の中に、淡い光が浮かび上がる。
スマートウォッチの画面だ。
【視聴者数:1,247人】
【コメント欄】
『え、死んだ?』
『配信まだ続いてるんだが』
『@太陽神アポロン:これは……予想外だった』
『@戦神アレス:油断したな』
『@知恵の女神アテナ:警告したのに……』
「マジで見られてる……恥ずかしすぎる」
蒼太は顔を覆いたくなったが、身体がない。視点だけが宙に浮いている状態だ。
そして、一つのコメントが流れた。
『@冥界の神ハデス:ようこそ、我が領域へ』
「……ハデスさん?」
その瞬間、暗闇が変化した。
蒼太の視界に、巨大な玉座が浮かび上がる。そこに座るのは、黒いローブを纏った長身の男。顔は影に隠れて見えないが、その存在感は圧倒的だ。
「死んだら俺のところに来い、と言っただろう?」
低く、どこか愉快そうな声。
冥界の神ハデスだ。
「あ、あの……これ、本当に死んだってことですか?」
「ああ。貴様の魂は今、冥界にある。身体はダンジョンに転がっているがな」
ハデスは玉座に座ったまま、手をひらひらと動かす。すると、蒼太の視界に映像が浮かび上がった。
ダンジョンの入口。
そこには、首から上が無い蒼太の身体が倒れていた。
「うわぁ……グロい」
「気にするな。人間など、我々からすれば炭素の集まった肉塊にすぎん」
「表現!」
「案ずるでない。すぐに戻してやる」
蒼太は驚いた。
「戻すって……蘇生できるんですか?」
「当然だろう。我は冥界の神だぞ? 死者を蘇らせるくらい朝飯前だ」
ハデスは不敵に笑った。
「ただし、タダではない」
「……やっぱりそうですよね」
蒼太は覚悟を決めた。神様相手に借りを作るのは怖いが、死んだままよりはマシだ。
「いくらですか?」
「ふむ……」
ハデスは顎に手を当てて考える仕草をした。
そして――
チャリーン♪
【@冥界の神ハデスからスーパーチャット:50,000円】
「蘇生サービス料だ。受け取れ」
「は?」
蒼太は思考が停止した。
蘇生してもらう側が金を払うんじゃなくて、蘇生する側がスパチャを投げる?
「あの……逆じゃないですか?」
「逆? 何がだ?」
「いや、普通、蘇生してもらう側がお金払うものじゃ……」
「馬鹿者!」
ハデスは蒼太の頬をビンタした。
「痛い。ハデス様、暴力反対ッス」
「貴様は我々神にとって貴重な娯楽だ。その娯楽が途絶えては困る。だから蘇生させるのは当然だろう?」
「う、うええええ……?」
「それに、貴様が死んだ瞬間、視聴者が一気に増えた。死と復活のドラマは視聴率が取れる。我としても投資する価値がある」
ハデスはニヤリと口角を上げた。
コメント欄が爆発する。
『ハデス様、マジ有能』
『投資の概念あるの草』
『@戦神アレス:さすがハデス。抜け目がない』
『@豊穣の女神デメテル:でも優しいですわね』
『@太陽神アポロン:これぞ神の采配』
「じゃあ、行くぞ」
ハデスが指を鳴らした。
パチン。
蒼太の視界が真っ白に染まる。
♢ ♢ ♢
「――ぁっ!」
蒼太は跳ね起きた。
身体がある。首もある。ちゃんと繋がっている。
「生き返った……!」
蒼太は自分の身体を確認する。傷一つない。完全に元通りだ。
スマートウォッチを見ると、配信は継続中。
【視聴者数:3,891人】
「うぇええええ!? めっちゃ増えてる!」
コメント欄が祝福で溢れている。
『復活きたあああ!』
『おかえり!』
『@雷神トール:よく戻ってきたな』
『@知恵の女神アテナ:次は慎重に』
『ハデス様ありがとう!』
『@冥界の神ハデス:当然だ』
蒼太は深呼吸した。
死んで、蘇生された。
つまり――
「死んでも、やり直せるってことか」
恐怖が少し和らいだ。
『@冥界の神ハデス:蘇生も無限ではないぞ』
コメントが来た。
「え、制限あるんですか?」
『@冥界の神ハデス:当たり前だろう。推しのアニメキャラが死んで泣けるのは何度だ。何度も死んでしまえば、ドキドキもワクワクもなくなるだろうが。他の神々からのクレームを考えれば、貴様の蘇生は、できてあと3回』
「3回……」
蒼太はメモした。つまり、4回目の死は本当の終わりってことだ。
(しっかし、神もクレームをつけるんだな。ちょっとがっかりだな)
「わかりました。慎重にいきます」
蒼太は立ち上がった。
「……ダンジョン攻略、再開します!」
蒼太は炎の剣を構え直した。




