表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ミステリショートショートシリーズ

だがしかし

ここには、触っていいものしかない。

というか、別に触れても食べても支障のないものばかりだ。


白い薄荷飴。

トスカは初めて食べたが、食べると口の中がシュワシュワするというか、一種の炭酸を口に含んだような状態になる。

それから、カラメル。茶色。

長くてカラフルなグミ。べっ甲。

洋菓子は、ほとんど並んでいない。


綿菓子にりんご餅やりんご飴、醤油とザラメの香ばしい香り。

あと、臼と杵で作る餅。


要は、日本の昔の駄菓子の祭典だ。

触ってはいけない物が、あるわけない。

意外に盛況で、凝りに凝って木造づくりの駄菓子店、のような建物まで出ているほど。


いずれにしろ、昔の日本で食べられていたお菓子ばかりだ。


子供たちが喜びながら駆けまわる一方で、餅つきを黙々しているアンドロイド。

「人間」の面々、年齢層は、祭りへ来ている人々の顔を見ると様々。

だが、アンドロイドに「年齢層」というのはない。


いつまで経っても、というかトスカが「触ったから」という理由が最も、大きいのだが。


「ダメなのよねえ」


「何が?」


ステラは綿菓子を頬張っている。


「駄菓子がってこと?」


「違うよ。餅をついているほう」


「ダメって何が」


「何もかも。自分のせいだけれど」







『接触厳禁』とあった。

立看板である。当時。


アンドロイド。

というか人型のヒューマノイド。

人間と対等なやりとりが可能であり、姿そのものも、人間の等身大に造られており。


ただ、SFの世界のように子供や大人まで、様々な姿があるというと。

そうでもないがーー、生活の上での助けになる目的で製造されたもの。その目的にしっかり、適っているかどうかは別としてーーは、まだ「展示物」という存在だった。


いま十八歳のトスカは、『接触厳禁』の看板を見つめていた当時。

背丈はその看板の高さと同じか、それより少し低いくらいだった。


「触ってはダメ」。


意味は理解出来た。

彼女は、周りに人が居ないか、確かめる。


よくあるのが、「ダメ」と言われると「余計にやりたくなる」。

トスカのもそれだった。

警備も手薄な、当時の博物館。

今の時代では、なかなか出来ないこと。


周りを見回して、誰も見ていない。

当時のトスカは思った。

本当は誰か、見ていたのかもしれない。


警備は手薄、誰も見ていない。となって、金糸で幾重にも編まれたロープで隔たったその距離を、背丈の低さでトスカは軽々抜けた。

ほんの数秒、触れた。

アンドロイドの、左脚部。


「膝あたりだった、と思う」


「で?」


とステラ。


一瞬だった。

ロープの行き来。


「ものすごい勢いで喋りだしたのよね。もう。何語か分かんなかった」


怖かった。

ただそれだけだ。

あとは、大騒ぎになったのを、トスカは平静を装って受け流す子供の役に、徹しただけだった。


「だからさ」


とトスカ。


「いまだに苦手なの」


「触っちゃダメだって書いてあったのに触ったから、でしょう。そういう経験、誰しもあると思うけれど」


ステラの綿菓子は、既に小さな割り箸だけになっていた。

餅つきイベントも良い頃合いと見えて、人間のほうが忙しく餅を、祭典に来ている人々へ配り始めている。

今時珍しい、似顔絵師なんかも来ている、今日の祭り。


「餅、配っているけれど」


とステラ。


トスカ。


「食べたくない。別のお菓子にしようよ」


出店で、本物の建物がせっかく、出ているのだから。

と、トスカは念を押す。







「そういう経験、誰しもあると思うけれど」


本当にそうだろうか?

当時には分からなかったことで、あとで聞いたことだが。

大騒ぎになったのは、トスカが『接触厳禁』というのを、破ったことによるものではなく。

べらべら喋り出したアンドロイドの、その話の内容だった、らしい。


先程見た似顔絵師も、餅を手に店へ来ていた。

店内の雰囲気や光源の具合、更に陳列しているお菓子の、色とりどり。

絵にするには、もってこいな感じに見えなくもない。


「詳細は知らないけれど、機密情報だったらしい。あの時、アンドロイドがベラベラーって、何言ってるか。分かんなくて怖かったけれど」


トスカはソーセージの袋詰めのような、ゼリーに眼がいった。


「そんな経験は、あんまりないでしょう」


とステラに言いながら。


「それってさあ、何てカタバンのアンドロイドだったの?」


「え」


「型番。だいぶ前の話なんだろうから、憶えてないかもしれないけれど」


「なんで、そんなの気になるの」


とトスカ。


ステラが猛然と手元のデバイスを触り出して、画面を拡げはじめたものだから。

そして、プライベートモードではなかった。

駄菓子をゆっくり選ぶような、雰囲気ではなくなってしまった。

駄菓子店なのに。


というか、店に来ている他の人にまで、ステラのデバイスから拡がった画面の端々まで見えてしまう。

ので、店を出た。プライベートにしていないせいだ。


「そんな経験、あんまりないっていうけれどさ」


とステラ。


でかでかと拡がった画面は、そのままだ。

中空に。


スマホよりも更に小型のデバイスで、固定の画面ではなく空気中の電子を媒介に、スクリーンを無限に生成出来るようになってからも、久しい。


「型番……」


とトスカ。


「あの時見たのは、00とか付いていたような」


「それから?」


とステラ。


「そんなに憶えているわけない……うーん」


トスカもデバイスに触れようとして、ステラが追加で出した画面へ眼を向けた。


「3、6?」


「これじゃない? SーNEー371。00から始まるんなら、462系からだね」


「ああ……そうかも」


型番で連番で、ズラーッと並ぶアンドロイド一覧。

確かに、トスカが「ベラベラ喋らせた」アンドロイドもあった。

同じ顔。


「大抵のやつは、左腕の肘下のところに番号表記がある。私の見たのも、同じやつ」


とステラ。


「え?」


「あんまりないって言うけれど、この型番でなら変なこと、あったっていうの。私も経験あるのよ。餅つきのやつは、違うと思いたいけれど」


とステラは苦笑。


通り過ぎるときに、餅をついていたアンドロイドと視線がかち合う。

はっきり、こちらを見ている。


ステラはようやく、プライベートモードにした。


トスカ。


「どういうこと?」


「言っていた『機密情報』の件。なんか、劇薬についてのことだったらしいよ。古いニュースだけれど、ここにある」


と示すステラ。


「劇薬……」


全く穏やかではない。


「劇薬の機密情報をその、なんだっけSーNEー371がベラベラ喋ったってこと?」


「そう。大騒ぎになったってのもそれじゃない。明らかに」


二人は祭りの中から大きく外れて、雑木林を過ぎた。空地。

テントがあって、そこにも何体かアンドロイドが停止した状態で、集まっている。


ステラ。


「私もさ、同じ型番のやつが向かって来た経験があって。びっくりしたことあるの」


「向かって来た?」


「そう。飛び掛かられそうになった。だから、『そんな経験はないでしょう』っていうけれど、意外とあるんじゃない?」


「いや、でも……」


そういえば。

と、トスカはふと思った。

見憶えのある顔。

いつの時だろう。


「じゃあさ」


とトスカ。


「さっきの似顔絵師。ステラは見たことある?」


気配。


「なんで?」


とステラ。


「さすがにそれはな……」


すぐ傍を横切った影が、テントのほうへ向かっていくのを、茫然として二人は眺めていた。

似顔絵師だった。

アンドロイドの集まっている方向へ行く。


じゃあ、見憶えがあるのは自分だけ。

と、トスカは思う。


いつ?


彼が振り返ったところで、トスカはハッとした。

あの人、居た。

科学館で。見た。


「お嬢さんがた」


と似顔絵師。


「ここは『接触厳禁』……、いえ、立入禁止ですよ」







あのアンドロイドの群れ、型番は?

  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ