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隣席にいる学園一のお姉さん系美少女が、陰キャモブの僕にだけ恋愛学を説いてくる

作者: 加藤けるる

 1年C組の教室、今日はいつにも増して生徒らが騒がしかった。

 今日は待ちに待った、二学期初の席替えの日。クラス中の生徒が張り紙を見ながら、友人同士と「やった、お前と隣じゃん!」「うわ、離れちゃったよ……」なんて話をしている。


 そんな喧騒の一番後ろに立っていた僕は、張り紙に書かれた自分の出席番号をチェック。

 僕の席は……後ろと左から二番目、陽の当たりやすい席だった。基本的にトラブルを避けたい僕としては、ほぼ文句無しの位置だ。一つ気に掛かるのは、隣の席が誰なのかだけど。


 新しい席に座り、心機一転の気持ちで予習に取り組もうとする。

 そう思い、カバンを開き、教科書を置いたちょうどその時だった……。


「──あら。三席分、離れたみたいね」


 突然、耳を優しく透き通る一言が、やけに僕の脳に響き渡った。

 思わず聞き惚れそうなその声に、つい顔を上げてその方向を見てしまう。思えば、他の男子も同じ方を向いていた。


「も〜ゆきねぇ! 何で神様はアタシ達を引き離すような事するのかなぁ!?」

「う〜ん、こればっかりは仕方ないわ。くじ引きじゃなくて先生が決めるのにも、きっと何かしら理由があるのよ」

「そんなの、知らないしぃ! 生徒の意向もちょっとは考えろっつーの!」


 教室の入り口辺りで張り紙を見ていた、仲睦まじげな女の子二人組が目に映る。

 指を掲げて文句を訴える低身長ツインテールの女子は、小ギャル系美少女と噂される新山あらやま綺紗羅きさら。おっとりしたお姉さん口調の女子に対して、ぐいぐい密着している。


 もう一人の子……お姉さん口調の方は、桐島きりしまゆきね。

 豊満な双丘に茶色のセミロングヘアをぶら下げ、おっとりした雰囲気で談笑している。タレ目っぽい瞳と脚に履かれた黒タイツは、まさしく彼女の象徴だ。


 そんな温厚な見た目に反して、実は文武両道、学園一のハイスペック美少女と言われている。街を歩けば群衆が集い、学園内どころか、地区内でも知らない人がいないらしい。

 実は中身も達観していて、相談相手も後を断たない事から「相談相手のお姉さん」と噂されている程、とのこと。


 推定ばかりの不自然な語尾になってしまうのは、直接的な情報が皆無だからだ。

 同じクラスなのを利用してお近づきになる男子勢もいるみたいだけれど、精鋭ボディーガード(新山さん)の目が光る中では何も出来やしない。必然的に、その噂も曖昧になってくる。

 とにかく、彼女と僕は正反対の存在であり、一生関わり合わなそうなクラスメイトである。


「で? ゆきねぇの隣、誰? 出席番号あんま見覚えないけど……」

「どうやら、あっちのようね」


 と思いきや、二人がこちらの方を見るや否や、物凄い力で目を見開いている。いや、僕がそう見えただけかもしれない。

 ──まさか、隣の席の生徒って。


 ◯


 仲和なかわ卸賀おろか。高校一年生。僕の十六年の人生期間、どんなピンチに襲われても一人で乗り越えてきた。

 今は正直、かつてない一番の危機と言っても過言ではないかもしれない。


 何故なら……僕のすぐ隣に、あの桐島ゆきねがいるからだ。


 僕自身だけに関しては正直、あまりどうって事はない。他の男子達とは違って、彼女には何の感情も抱いていないのだから。

 そう、「他の男子達」。これが唯一の大きな問題なのだ。


(((((あのクソガキ、許すまじぃッッ!!!!!)))))


 と言わんばかりの男子の鋭い視線が、かつてない程、僕に向かって突き刺さっている。

 無論、桐島さんへ向けた柔らかな視線も少なくなさそうだが、完全に僕に対するヘイトが半端ない。むしろここまで見られたの、人生初めてな気がする。


「ふんふふ〜ん」


 授業中の静かな(もしくはピリついた)ムードにも関わらず、のんびりと鼻歌を歌いながら机に向き合う桐島さん。どうかそのまま顔を上げないで。現実世界が待っているから。


 とまあ、そんな地獄の視線に耐えながらも、ずっと待ち侘びたチャイムの音が鳴り響いた。

 友人の新山さんに誘われた桐島さんが教室の外に向かうと、あっという間に僕に向けられたそれは元の状態に戻る。ひとまず助かった……。

 なんてホッとするのも、束の間だったのかもしれない。


 ◯


「あーそういや今日、お前が日直だったよな? ここの机、片付けなくていいのか?」

「んや、まあいいっしょ。調子乗ってる奴に任せておけば」


 放課後、とある男子生徒二人の会話だった。

 彼らは普段、あまり生真面目な人間ではない事は知っている。悪気のある台詞ではないけれど、こちらを傍目に見ている様子から、それは露骨な「押し付け」だと分かった。


 二人はそのまま立ち去っていく。あっという間に、教室に取り残された。

 日直の役割を押し付けられるのは、今回が初めてだ。様子からして、女子の方は既に忘れて帰ったらしく、完全に孤立状況である。

 さて、どうするか。今すぐ男子生徒を呼び戻してもいいと思う。しかし……。


 僕は席から立ち上がり、一番正面の机を片付け始める。

 そりゃそうだろう。僕には反論するコミュ力もないし、誰かを咎められる大それた存在でもない。全ては僕が悪いのだ。桐島さんの隣の席に移ってしまった僕が。

 押し付けられた件に関して、何のストレスも感じない。感じるのもおこがましい。


 一つ一つ丁寧さを心がけ、机の上に椅子を置いていく。夕方にグラウンドから響いてくる運動部のBGMのおかげで、無心になりつつあった。

 次に、桐島さんの席にある椅子を持ち上げようと……ん? あれ、重いな……。


「──あら、どうして持ち上げるの?」

「ぐわァッ!?!?」


 そこには桐島さん本人が、何食わぬ顔で存在していた。

 驚きと共に、かなり恥ずかしい気持ちになった。唇と心臓の震えが止まらない。……変なところ触ってない、よね?


「い、い、い、い、いたんで、すか」

「あら、途中からいたわよ? 真剣な顔で日直作業をしているみたいだったから、邪魔しないよう静かに入ったの」


 立ち上がった桐島さんは、くすりと微笑む。わ、わざとじゃないよね?

 ともかく、普段通りの調子で良かった。もし自身のせいで日直を押し付けられたと考えたら、無駄に責任を感じさせてしまうかもしれない。


「仲和くん、一つ訊いてもいいかしら」

「え。な、なんですか」

「どうして、日直を引き受けたりしたの?」


 ……僕は唖然とした。もしかして、全部バレていた?

 なんて思ったけれど、黒板に書かれた「日直」を見れば明らかである。書かれている名前が全然違う。というか知っていたのか、僕の名前。


「い、いや……だって僕がやらなきゃ、終わらないじゃないですか。誰かがやらないと」

「それが、押し付けられた雑用を引き受けた理由?」

「……それ、は……」

「自分の思っている事を口にするのは、想像より怖いわよね。確かに沈黙も一つの勇気だし、社会やコミュニティの内でやっていくには重要な要素」


 桐島さんは振り返る。微笑みの表情は変わっていなかったが、声のトーンは真剣そのものだ。


「……だけど、世界の全てに口を噤んでしまったら、自分がこうでありたいって気持ちすら分からなくなってしまうの。分かるかしら?」


 僕は思わず、彼女の主張に息を呑んでしまった。

 確かにそうだ。自分は中学の頃から「誰かの脇役でありたい」と願っていたけれど、いつしか、僕は人生の意味を見いだせなくなったような気がした。


「ごめんなさい。説教臭くなっちゃったわね」

「……いえ、参考になりました。ありがとうございます」

「ふふっ、そう? なら良かったわ。『伝えること』が肝心だって事、覚えておいてちょうだいね」


 そう締めくくると、再び桐島さんは椅子に座り直し、窓の方を向いてしまった。

 僕は改めて机(桐島さんの席以外)を片付け始める。今日のところは日直を押し付けられたけど、今度からは反論できるようにしよう。よし。


「──恋愛って、やっぱり一途なものよね」


 なんて決意した、その時だった。

 桐島さんが、突如寝ぼけてか、僕を見てそんな事を呟き出したのは。


「だって気持ちを抱えるだけじゃ、相手には伝わらないんだから」


 思わず、「はい?」と反射的に聞き返してしまった。

 確か、さっきまで話は違っていたはずだ。なのに何故、急に恋愛の話になってしまったのか。頭の中が疑問符でいっぱいになる。


「そ、それって、どういう──」

「やっほっほーーーー!!」


 桐島さんに尋ねようとした一瞬、ちょうど背後にあった教室の扉が「バシンッ!!」と猛烈な音を立てて開く。心臓止まるかと思った。

 そして、この元気有り余る声……聞き覚えがある。


「あら〜綺紗羅きさらちゃん。ご機嫌よう」

「ごっめーん!! アタシ、今日の日直忘れてた〜! 今日ってもう一人誰だっけ!?」


 ぱちんと手を合わせたり、コツンと自分の頭を叩いて「てへっ⭐︎」と言ったり、忙しそうなこの子は、桐島さんの仲の良い友人・新山綺紗羅さんだ。

 彼女は黒板に書いてある「日直の名前」を見るなり、桐島さんより前にいた僕に気付き「あーっ!!」と叫ぶ。


「本当にごめんっ!! えっと……矢縁やぶちケンジ君?」

「あっ名前違っ」

「もーっ! ゆきねぇもさ、アタシがサボろうとしてる所、止めてくれれば良かったのにー! ごめんねーケンジ君! 後の分はすぐ片付けるね!」


 すると彼女は、ロケット並みの速さで席の片付けに取り掛かる。ハーフツインがびゅんびゅん回っていて忙しそうだ。

「僕の名前は仲和卸賀です」と言える余裕すら与えてくれなかった。これこそ陽キャ……恐るべし。


「違うわ、綺紗羅ちゃん。それは別の人の名前」

「……え? どゆこと?」

「彼はその矢縁くんって生徒に、放課後の日直業務を押し付けられたのよ。彼の名前は仲和卸賀くん」


 すごい、ちゃんと僕の代わりに言ってくれたんですね桐島さん。流石です。

 それにしても桐島さんは、ある意味陽キャより高い存在にいるにも関わらず、僕らのような陰の人間にも分け隔てなく接している印象がある。噂に影響されてるかは分からないけど。


「そうだったんだ!? ごっごめん! そんな事情、知らなかったよ」

「い、いいんです」

「卸賀だから、おろくん? 宜しくね!」

「……えっ」


 あだ名で呼ばれるとか史上初なんですが。

 新山さんに手を差し出されて、困惑したまま、僕はその手を握り返した。過剰な性格の明るさに反して、手はとても柔らかくて小さい。

 こ、これが女の子のおてて……などと考えていると、


「──ゆきねぇの事も、宜しくね?」


 急に体ごと手を引っ張られ、耳元でそう囁かれる。

「ぶうっふぁ!?」と大袈裟に後ずさってビビった僕に対して、新山さんはくすりと笑う。な、何を言っているのかよく分かんない。


「ほらほら、放課後の教室に二人きりでいたら、誰でもそういう空気だって思っちゃうでしょ?」

「二人とも、何をこそこそ話しているの?」

「んーん、何でもないー!」


 素知らぬ顔を浮かべながら、新山さんはいそいそと机の片付けを再開。とはいえ、ほとんど終わっていたので、ものの数秒で終わった。

 先ほど言っていたのは何だったのかと、新山さんに聞ける余裕もなかった……手を握られた上に変な事を囁かれたせいで、胸が緊張していたから。


 ◯


 翌日の早朝、僕は学校に来ていた。

 今日は早起きしたし、家にいても暇だから、折角だからと思いそのまま教室へ来たのだけど……。


「……ちょっと早すぎたかな」


 教室には誰もいなかった。陽が登ったばかりの午前七時なのだから、仕方ないっちゃ仕方ないかもしれない。

 早朝、誰もいない教室。物寂しげながらも落ち着く空間だ。もう少しこの空間に浸って、自分の席でぐったり仮眠を取ってもいいかな……。

 なんて思っていたその時だった。


「──あら、仲和くんじゃない」

「ぐわァッ!?!?」


 前言撤回。桐島さんが一人でいた。

 というか何故か、僕の席に勝手に座り、勝手に突っ伏して眠りこけていた。僕の存在に気づくや否や、目を擦りながら起き上がってきたけど。


「デジャヴ現象ね。昨日の放課後も全く同じ反応だったわよ?」

「何度も脅かさないでくださいよ……じゃ、じゃなくて! 何で僕の席にいるんですか……!?」


 まだ驚きの余韻もありながらそう問いかけると、桐島さんは「ふふっ」と妖艶な笑みを浮かべながら、


「どうしてだと思う?」


 まさかの質問返しをしてきた。分かんないから訊いているのに!?

「え、えっと」反応に困ってあたふたしていると、可笑そうに笑われてしまった。


「仲和くんは、好きな人ってできた事あるかしら」

「な、何ですか突然……まあ、小学生の頃に、少しだけ……」

「その子のこと、もっと知りたいって思わなかった?」

「えっ」


 桐島さんの言う通り、小学生の頃に好きだった女の子には、当時すごく関心があった。

 好きな食べ物は何かな。好きな服は何かな。普段何してるのかな。習い事とかやっているのかな……なんて、そんな事ばかり考えていた。


「……確かに、そんな風に思った事はあるかもしれません」

「じゃあ、その子みたいになりたい、とは思わなかったかしら?」

「なりたい、ですか?」


 質問の意図はよく分からない。

 けれど、その子に対する憧れの気持ちは、確かに存在していた。ずっと前を向いている少女の姿に心を打たれて、僕は背中ばかり追いかけている子供だった。


「はい。そう思ってました」

「私もそうよ。だからこの席に座っているの」

「……え?」


 一瞬、何が何だか良くわからなかった。

 桐島さんが僕の席に座っているのは、好きな人のようになりたいから。そう伝えたいのだろう、きっと──って、あれ? ん?

 それってまさか、桐島さんは僕のことを……。


「やっと、ここまで辿り着いてくれたのね」


 え? え?


「──なーんちゃって。ふふっ、ビックリしちゃった?」

「ハ、ハイ……?」

「冗談よ? 変な話をしてごめんなさいね。早朝の教室は暇だったから、ちょっとからかいたくなっちゃったの」


 それを聞いた僕は、暫く放心した後、やがて胸を撫で下ろした。

 な、何だ……本気でビビってしまった。てっきり、桐島さんが僕を好きなのかと──いや、よくよく考えれば、天地がひっくり返っても有り得ない話だよね、そんなのは。


「じゃあ私、ちょっと行ってくるわね」

「どこにです?」

「外の自動販売機よ。もし仲和くんが欲しい飲み物があれば、買ってこようかしら?」

「え! い、いや、大丈夫です」


 そう遠慮気味に言ってみたのだが、「遠慮しなくていいのよ〜?」と返されてしまい、結局、乳酸菌飲料の「カルペス」を一本頼んでしまった。

 桐島さんは僕の席から立ち上がり、いそいそと教室を立ち去っていく。


「……まだこの想いを伝えるのは、少し早すぎるかしら……」


 途中、そんな声がうっすらと聞こえてきたのは、空耳かと思った。


 ◯


 あれから二年半後、卒業式を迎えた当日。

 三年生になった僕は、既に桐島さんとはクラスは別になり、離れ離れになってしまった。一年生の頃はあんなに会話していたのに、今では一度も会話していない。

 それにしても桐島さん、何故か僕にばっかり恋愛について語ってた気がする……何でだったんだろう。


 なんて些細な疑問を抱えながら、卒業式の装いに身を包んだ僕は、満開の桜並木を眺めていた。

 学校のすぐ近くにあるこの並木通りは、通学路として見慣れた景色なのに、桃色のせいでどこか新鮮に見えた。


「……ん?」


 暫く歩いていると、ふと正面に、桜並木を見上げた少女の横顔が目についた。

 その大人びた印象と顔付きは、二年ほど経った今も全く変わっていなかった。


「こんな所で何してるんですか、桐島さん?」

「──ぁ」


 桐島さんに近づいて話しかけると、やけに彼女らしくない間抜けな声を出して、こちらを振り向いた。

 ぼーっとしていたのだろうか。だとしたら、話しかけるべきじゃなかっただろうか。


 しかしその直後、僕は衝撃の瞬間を目撃してしまった。

 桐島さんの右頬を、一筋の雫が伝ったのだ。


「っ!? ど、どうしたんですか!?!?」

「……ご、ごめんなさい。まさか、こんな所で会えるとは思ってなかったから」


 今日はやけに彼女らしくない。桐島さんはもっと、悠然と、おっとりとしていて、そう簡単に涙を見せる人じゃなかったはずだ。僕の思い違いじゃなければだけど。

 すると桐島さんは突然、真剣そうな面持ちで、僕の方に向き直った。


「仲和くん。あなたに会ったら、ずっと謝りたかった事があるの」

「な、何をですか……?」


 謝る事があるとしたら、まずはこっちの方だ。意図的に避けていたわけでもないのに、二年間も話して来なかったのだから。


「『伝えること』が肝心だって、私、仲和くんに言ったわよね」

「え? あっ、二学期の席替えの後に、ですよね」

「ええ。でも、それを言った張本人が、ずっとそれを実現出来なかったもの。自分でも偉そうな事を言ったって、反省しているわ」

「そ、そんな事、ないですよ!」


 本当に今まで、桐島さんの言葉には救われてばかりだったのだ。ここで否定しなければいけないと、本能的に思った。

 だけれど、「実現出来なかった」の言葉の意味が良く分からなかった。桐島さんですら、何かを伝えられなかった事があったのだろうか。


「……仲和くん」

「は、はいっ」

「私──仲和くんの事、好き」


 それを聞いた途端、自分の身体に電流が流れるようなショックを受けた。

 まさか、そんな事が……信じられないと思いつつ桐島さんの方を見ると、はにかむように微笑みながら、頬を紅く染めていた。


「……そ、それって、友達として? それとも、異性として、ですか?」

「異性としてよ。気付いていたかしら?」

「……き、気付いていませんでした。多分……」


 確かにそうなのかなぁと思いつつ、所詮有り得ない出来事だとも思っていた。

 それにしても、不思議だ。


「で、でも、何で僕のことが? もっと他に魅力的な人は沢山いますし……」

「謙遜はやめて。私はずっと、誰かの陰に隠れて、誰よりも努力している仲和くんの事が好きだったの。あなたにとっては不本意かもしれないけど」

「いえいえ不本意なんかじゃ──って、え、『ずっと』、ですか?」


 ええ、と桐島さんは頷く。

 それは全く気が付かなかった。誰かに好意を寄せられる事自体、僕には決して有り得ない出来事だったのだから。

「ずっと」という言葉が、僕の胸の奥に刺さる。桐島さんは、己の気持ちに踏ん切りをつけるために、今までずっと苦労してきたのだろうか……。


「もちろん、あなたに重荷を背負わせる訳にはいかないから、告白の返事はいらないわ──」

「……いえ。僕からも一つ、言わせて下さい」


 彼女は最後となるこの卒業式当日に、ちゃんと想いを伝えてくれた。僕もそれに応えなければならない。


「言いたい事はただ一つです。僕には、桐島さんと付き合っていける自信がない」

「……そう、よね」

「──だから、これから僕の側で、色々と教えてくれませんか。恋愛について」


 落胆気味に俯いていた桐島さんの顔が、はっと正面を向く。

 僕はこれからも、桐島さんのそばに居たい。そして、彼女の話を延々と聞いていたい。その気持ちは、きっと桐島さんと変わりないだろう。

 ならば、答えは一つだけだった。


「こんな僕ですが……どうぞ、よろしくお願いします」


 そう言い切ると、桐島さんが突然、ぎゅうっと僕を抱きしめてきた。

 何だか最初はびっくりしたけれど、慣れてくると、彼女の華奢な体はやけに暖かく感じられた。肌寒い春には丁度いい。


「……っ、良かった……よかったわ」


 桐島さんにしては珍しい、泣きじゃくる子供のような声だった。

 これからもずっと、僕の隣で恋愛学を説いてほしい──そんな想いを胸に秘めて、僕は桐島さんの背中に両手を回して受け止めたのだった。

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