走ることと嘘をつくこと
俺は趣味でランニングをしている。その事を嫌な同僚に知られて何で走るの?と馬鹿にされぎみに聞かれた。健康に良いだとか、体力をつけるだとかそれっぽい事をそれっぽく答えた。ふーんと相手は何も興味を引かずその場を離れた。
俺は走っている。
何のため?
苦痛を感じるため。
俺の本当の答えはこうだ。マゾなのか?いや違う。あれ?いやそうかもしれない。俺がこういう考えを持つようになった切っ掛けがある。飲み屋で知り合ったSM嬢のせいだ。俺はそいつにSMの何が良いのかと訊いた。SM嬢は答えた。
「苦痛は嘘つかないから」
「は?なにいってんの?」
「幸せは嘘をつくの。でも苦痛は絶対に嘘をつかない」
た、た、たしかに……。
俺は反論したかった。でも、言葉が喉の奥から出ようとしたがらない。俺は悔しさを感じながらSM嬢を見た。タバコの煙を吐いている。俺に理解してもらおうとかそういう気は全く無い。俺は独り敗北感を味わっている。
「ねえ、うちの店に来る?」
「やだよ。そういう性癖は無いよ」
「あんた絶対ハマる」
「何でだよ」
「そういう顔してる。
あんたみたいな人お店によくいるんだわ」
俺は走っている。理由はSMにハマらないためだ。