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登山

作者: しのぶ

 イタリア・ルネサンスの旗手の一人だったペトラルカは晩年にミラノに移り住んでいた。

 彼はそこで書いた昔の登山の手記を友人のボッカッチョに送ったが、後で直接ボッカッチョのもとを訪れた。そこでボッカッチョは言った。


「あなたの登山の手記、読ませてもらいましたよ。登山と並行して魂の旅路も描かれてるようでいい作品だったと思います。

でも……手記の内容を見る限り、あなたがあの登山をしたのはかなり前の話ですよね?昔に書いたという体で最近書いたんですか?」


 ペトラルカは言った。


「いや、あの手記は本当に昔書いたものなんです。ただ今までは手入れせずに取っておいたんですが、最近思うところあって加筆修正したんです。あなたも文芸に志す人なら分かるでしょうが、やはり自分の納得のいく形に仕上げたいと思うものですから」


「ほう」


「思えば、私も今までに多くの遍歴をしてきたように思います。文芸の世界で名を上げようとして桂冠詩人を目指したり、古代の共和制を復活させようとしたり、教皇のローマへの帰還を画策したりして……しかしそうした様々な苦労も、今の私には何か遠大な回り道であったのではないかと思えるのです。ちょうどあの山で私が回り道をして苦労している間に、弟は近道を通って早々と山頂に行ってしまったように。


そして今では、私とは違って文芸に志したりせずに修道院に入ってしまった弟のほうが羨ましいような気さえするのです。彼は私とは違って回り道したりせず、己の魂の救いに真っ直ぐ向かっていったわけですから。

無論そうは言っても、私の若い時の研究が無駄だったというのではありません。確かにそれらは有用だったし愛着もあります。しかしやはり、そこにつまづきの石がなかったとは言えません。


今私が住んでいる所の近くにある教会には聖アンブロシウスの像があって、生前の彼に生き写しだと言い伝えられています。その像を見ているうちに昔のことが思い出されてきたのです。そのうえ最近流行ったペストのこともありますから、人の命のはかなさが前より感じられるのかも知れません」


 ボッカッチョは言った。


「なるほど……確かにあのペストは多くの死者が出ましたからね。


……しかし、そのアンブロシウスの像ですが、それが生前の彼に生き写しだという言い伝えはどれくらい確かなんでしょうか。それが本当なら古代から今にまで伝えられてきたことになりますが、その間の歴史的経緯を考えたらどこかで別の話が混ざっていてもおかしくないでしょう。その伝承の経緯を調べてみたら、また新たな発見があるかもしれませんよ。もしかしたら実は別人の像だったということが判明するかもしれません」


 ペトラルカは言った。


「確かに、それもやってみたら面白いかも知れません。……まあ、こんなことに興味を持つ性格だから、今まで回り道をしてきたのかも知れませんが」

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