表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

音とはなちるさとの物語 その7

「ん…………」

不意に浮上する意識。 

冬香さんの手が、私の髪を優しく撫でていた。首に手をあてて、上体を起こす。

「先輩は……?」

「ご自分に纏わりついている女性が見えたようで、慌ててどこかに行ってしまいました」

立ち上がりながらそう言った冬香さんは、藤色の着物についた塵を払う。

私もそれに(なら)って立ち上がり、制服についた塵を払った。

「そういえば、住所とか何も言ってなかったのに、どうして分かったんですか?」

窓に目を向けていた冬香さんは、私の質問にこちらを見た。

「大まかな場所はタブレットの位置確認で。この学校に入ってからは呪いの気配を辿ってきました」

私は驚いてその言葉を繰り返した。

「気配を辿ってって、そんな事できるもんなんですね……」

「まあ、自分で付けたものですし」

さも当然の事のように言うが、そんなモノなのかな?それとも、常識外れなのだろうか。

もしかすると、昨日からの冬香さんの発言は、とんでもなく非常識な事なのでは?

呪いとか怨霊とか見える人達の中でも、飛び抜けている気がする。

若月さんも、天才だと言っていたし。怨霊を写真に撮るなんて、非常識な事ができる若月さんが天才だと言うのだから、私の感覚なんかでは計り知れないのだろう。

「もう効果の切れる時間でしたし、勝手に学校の中に入ってきてしまいました。明日からは校門の外で待ちますね」

「あ、ありがとうございます。この時間までには、必ず学校から出るようにします」

わざわざ来てくれるなんて申し訳ないが、この時間帯に効力が切れるのだとしたら、こちらから店に行っている時間がない。せめて、こんなところまで入ってこなくても良いように行動しなきゃ。

その思いが強く出たのか、自分で思っている以上に勢いよく言った。

冬香さんはそれに微笑むと、人差し指を顎に当てて口を開く。

「今日はオーナーも来ていますので、お茶に行きませんか。お薦めのカフェがあると嬉しいのですけど」

「あ、それなら国道沿いに、ケーキ屋さん併設の可愛いカフェがありますよ。プチ・トリアノンってお店です」

「かわいい名前ですね。オーナーも好きそう」

「内装もかわいいんですよ」

「ふふ、楽しみですね」

若月さんとの合流も心が躍るし、冬香さんと楽しく話している今のこの空気感も幸せ。

まだ先輩が校内を彷徨(うろつ)いていて、待ち伏せでもされたらどうしよう。

今日はもう、先輩に遭遇しませんように、そう考えながら階段を降りる。

数分後にこの思考を後悔することになるのだが、そうとも知らず幸福感に浸っていた。









悪い予感は当たる。

いや、考えてしまったから現実になったのかも。

校庭で先輩と取り巻きの女性が2人、待ち構えていた。

校門のすぐ傍にある桜の木に隠れるようにして立っていたため、直前まで気が付かなかったのだ。

「ちょっと、遠野さん」

取り巻きの一人が発した声で、ようやく人が居ることに気がつく。

先輩に最も近い取り巻きの中心人物で、同じ部の3年生でもある。

さっと顔から血の気が引いたのが、自分でも分かった。

私と冬香さんの前に躍り出てきた3年の女子部員は、腰に手を当てて仁王立ちで行方を(はば)む。

「部活どうするの?辞めるなら、ちゃんと辞めるって言いにきなさいよ」

「そうよ。みんなに迷惑がかかるじゃない」

もう一人も同じように出てきて仁王立ちする。こっちは2年生だ。

先輩は桜の木から離れようとせず、その表情は影になっていてよく分からない。

だが、守ってくれる気などない事だけは明確だった。

そもそも一度も守られた事などない。上手い事逃してくれたり、回避させてくれたりした事も、今思えばなかった。

傍観し、我関せず。

お互い空気を読み合い、ただの先輩と後輩を演じて。

ゲームみたいに感じ、それなりにスリルを味わっているつもりだった。

だがそれは、都合よく私が立ち回れるように、先輩が敷いたレールだったのだ。

冬香さんが来てくれて、守られて、ようやくその事に気がついた。

「退部届は部長と顧問に出しました」

「そんなの聞いてないわ。どうして直接私達に言わないのよ、辞めたいですって。許可取ってからでしょ。順番間違ってるわよ」

片手でこちらを指差す3年の女子部員は、私の背後の人物に目を向ける。

まさか、冬香さんに失礼な事言わないでしょうね。

「部外者を勝手に入れたの?校則違反よ!」

私をさしていた指が、冬香さんに向かう。

やめてほしかった事が、あっという間に現実になって吐き気がする。

「あの」

後ろから冬香さんの声。私は申し訳なさから、振り返って謝ろうとした。

しかしそれよりも早く、冬香さんは先輩女子部員に言う。

「遠野さまが入れたのではなく、私が勝手に入ったのです。それが校則違反だとしても、生命の危機なら学校も許してくださると思います」

私は冬香さんの「それから」という言葉に、開きかけた口を閉ざして女子部員に視線を戻した。

「許可は同時進行で行っておりますので、今頃は終わっているでしょう。それよりも、あなた方の部は、顧問や部長より部員に決定権があるのですか?入退部は部長や顧問を(ないがし)ろにしても良いという事でしょうか?」

「そ、そんな事言ってないわ」

背後にいた冬香さんは、一歩前に出て私と並んだ。首を傾げて女子部員に質問する。

「そんな事とは、どの部分でしょう?蔑ろにしていない、の部分でしょうか?」

「そ、そうよ。もちろん最後は顧問に提出だけど、普通はまずみんなに言って、それから部長でしょ!」

「明確な規定があるのですか?部の規定を記したモノがどこかに存在するという事でしょうか」

「それは……」

たじろぐ女子部員に冬香さんはさらに質問を飛ばす。

「さきほど、普通とおっしゃいましたが、どの部もそうなのでしょうか?それなら円満に退部できるように、相談できる体制は整っておりましたか?」

「…………」

女子部員と違って、冬香さんは声を荒げる事もなく、かといって辛辣(しんらつ)な声色でもなかった。

ただ、疑問を口にだしているだけだ。

「反証も反論もないようですので、私達はこれで失礼致しますね。遠野さまと楽しいティータイムが待っていますので」

そう言って微笑んだ冬香さんは、魅惑的な笑みを見せて私に言う。

「さあ、参りましょう。遠野さまの好きなケーキを教えてくださいね」

冬香さんに背中を押されて、女子部員の横を通りすぎる。

「ま、待ちなさいよ!」

振り返ると、最初に仁王立ちで立ち塞がった3年の女子部員が、顔を真っ赤にして冬香さんを睨んでいた。

「逃げるつもり!?」

私と違って冬香さんは完全に振り向いてはいない。少しだけ顔を後ろに傾け、目だけを向けていた。私に合わせて立ち止まったのか、一応は足を止めて相手の出方を伺っている。

「……うっ、かはっ」

遠くから呻くような声が聞こえる気がした。声の主を探して目だけを動かし、桜の木に隠れるようにして立っている先輩に目を向ける。

木に手をついて苦しそうな先輩。どうしたのだろうかと見ていると、木にもたれ掛かる。そしてすぐ、ずり落ちるようにして倒れた。

何事かと目を凝らして見ていると、陽炎のような揺らめきが空気中に現れる。それがこっちに向かってくるような気がした。

私の前に、冬香さんが庇うように出てきた。

しかし得体の知れない恐怖に晒された私は、思わず冬香さんの肩を校門の方へ押して言った。

「逃げて下さい!これ以上、巻き込んでしまったら、私……」

申し訳なさと恐怖で泣きそうだった。しかし冬香さんはその場から動かず、仁王立ちの女子先輩から目を離す事なく言った。

「遠野さまは我々が守ります」

「我々って?……あ、オーナーさんが来てるって……いや、でも!」

逃げてと言いたかったが、声が出てこなかった。写真に撮る事ができるのなら、私よりも見えているし経験もある。少しくらい頼ってもいいだろうか。そんな考えが瞬時に脳裏を駆け巡る。

「オーナーも来ておりますが、もっと攻撃型で頼り甲斐のある人も連れてきましたよ」

冬香さんがそう言った時だった。桜の木から黒い歪んだ手のようなモノが出てきて、こちらに向かってくるのが見えた。そして女子部員の黒い笑み。陽炎は女子部員の前にも現れている。

「まあ、2方向から。どうしようかしら」

呑気な口調でそう呟いた冬香さん。私は見る以外、何の力もない。だが、冬香さんに迷惑をかけたくない。

冬香さんがものすごい能力者だということは、なんとなく理解していたが、なにぶん外見がか弱く可憐な女性に見える。あの空間の歪みが、物理的にどう影響するかも分からない。変な手と空間の歪みのどちらかが、冬香さんの綺麗な頬に傷でもつけたら一大事だ。

「冬香さん!」

冬香さんの顔をぎゅっと抱きしめるようにしてかかえ、体を硬らせた。痛みを覚悟してぎゅっと目を閉じる。

バチッと大きな弾けるような音が響く。あまりにも力を入れていたので、痛みを感じないのだろうか。

「礼……」

私の腕の中で冬香さんが何事か呟いた。

いつまでも訪れない痛み。うっすら目を開ける。

「オレの女に手をあげたら、たとえ高校生でも殺す」

見知らぬ男の声。目の前には誰かの衣服。それが背中だと気がつくのにしばし時間を要した。

私と冬香さんを、庇うようにして立っている人物。

見上げると巻毛の後頭部。訳がわからず冬香さんを解放して、その目を見る。

「大丈夫。彼、強いから」

冬香さんはそう言って男を見上げた。

男の手元から、何かが立ち昇っている事に気がつく。

ゆらりと見える白い煙。あれはなんだろう。

疑問に思って見ていると、手を軽く振り払うような動作。白い煙は塊となって男の手から離れ、凄い勢いで3年の女子部員に直撃する。

断末魔のような声。

女子高生の声とは思えぬ悲鳴の後、3年の女子部員は倒れ伏し、2年の女子部員は尻餅をついて恐怖の眼差しを男に向けている。

それで終わりかと思ったが、巻毛の男は桜の方へ向かって足を進めている。

「な、何……?」

その手は青い光で満ちていた。

「ここでは目立ちますから、外に行きましょう」

冬香さんはそっと私の背中を押し、校門の外へ誘う。

振り返りながら私が見た光景は、うつ伏せの3年女子、逃げ出す2年女子、そして桜の下で疼くまる先輩に歩み寄る、男の後ろ姿と青い光だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ