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音とはなちるさとの物語 その3

着替え終わると、メイクを落とすか(いな)かを問われる。

見慣れぬ自分が新鮮で、そのまま帰ると答えた。

「お疲れ様でした」

コーヒーの良い香りがする。メイクの冬香さんが()れてくれたようだ。

「この後、お時間あります?撮れた写真を見ていきませんか?」

その準備だろうか、若月さんは撮影が終わってからずっとPC操作をしている。

「あの、自信はありませんけど、ちょっと……興味はあります」

「ふっふっふっ!」

得意気な顔の若月さんを見る。

「さ、これよ」

モニターに映し出された一枚の写真に、私は言葉を失った。

広がったドレスのフリルに片手を伸ばしている、憂いを帯びた瞳の……大人の女性がそこにはいた。

「……す、凄い……」

これを絞り出すので精一杯だった。

「ね、綺麗でしょ。こっちもいいのよ〜」

外を眺めてと言われた時の写真だ。窓の外を、含みのある表情で眺める女性が映っている。

「私じゃないみたい……」

大人っぽいし、色気すらも感じる美人が写っている。私にはまったくない要素だ。

「ほら、また。……ダメよ」

若月さんはそう言って、私の額を人差し指で軽く押した。

「あなた綺麗よ。自信が根本からぽっきり折れているようだけど」

カチカチとマウスの音が響く。

「これが原因かしら」

「え?」

言われてモニターをみた。

私の肩に何か見える。

「ばっちり取り()かれているわね」

私の肩に腕をからませ、仰け反って気絶している男のようなモノが、そこには写っていた。

「な、なな、な、なんですか、これ!」

理解が追いつかず、声は上ずっていた。

「ん〜、霊的な存在ってトコ。ちょっと悪質ね」

「なな、なんで写ってるんですか」

「そりゃあ、あたしが意図的に撮ってみたんだもの」

「な、な……な……」

もはや言葉など出ない。

取り憑かれている?意図的に撮った?

もしかして合成?

「ま、信じるか信じないかはあなた次第だけど」

そう言って肩を竦める若月さんを見ながら、開いた口をようやく閉じた。

言われた事を頭の中で整理してしばし、質問のために再び口を開く。

「悪質って、放っておくとどうなりますか?」

そう問うと若月さんは、私の肩をじっと見つめる。ややしてポツリと言った。

「体調が悪くなるわね」

それだけ?

「あとはそうねえ、心にも影響が出るわ。(あらが)って(うつ)になるか、抗えなくて性悪になるかは分からないけど」

「心が病むってことですか?」

「負ければ、まあ……そうね。最悪乗っ取られて自我を失うわ。でも大丈夫よ。入口でマイカを見てたでしょう?それなら素質あるのよ。取り憑かれている事を認識したら、努力次第で追い払えるわよ」

ウィンクと共にいわれた言葉の意味は、よく分からなかった。

「マ、マイカ?私が、自分で?えっと、追い払う事ができるんですか」

「ん〜、まあ、出来るんじゃない?」

軽い感じで言われた。

何でもないことのように言われたと捉えるのか、他人事で興味がないと捉えるのかは難しいところだった。

「もしかしてこのお店って、お祓いみたいな事もしていますか?」

その問いに、若月さんと冬香さんは目を見合わせた。

冬香さんはややして若月さんに向かって、首を横に振る。

「やっぱりそうよね」

若月さんはそう呟くと、私に向かって冬香さんと同じように首を横に振った。

「音ちゃん、ここは写真を売るお店なの。それに、この流れで霊的なお仕事を受けてしまったら、この店、とっても怪しいと思わない?」

言われてみればそうかも知れないが、言われなければ分からないかもしれない。特に今のように弱っている時は。

「じゃ、じゃあ、どうして写真に撮ってみたんですか。その、変な男性を」

疑問に思ったことを飲みこめず、そのまま聞いてしまった。

すると、若月さんは大きく頷いて答えてくれる。

「化粧が崩れて目の下が真っ黒な人がいて、その人と話していたら教えてあげるでしょう?」

え?そんな軽い話なの?

「教えてあげたら後は鏡を渡せば良いんだし。冬香の技術を使って、お直しして下さいって言われたら、お代はいくらですって話しになるけど」

ああ、なるほど。

……いや、なるほどじゃない。

「ま、メイクと違って教える人は選ぶわよ。言っても全く理解できない人には黙っているわ。だって気持ち悪いでしょ?」

まあ、確かに。

「それにね、本来美しいものが、その価値を損なうような現状を見逃せないでしょう?美しくあろうとする、その心が死んでしまうなんて許せない」

美しくあろうとしていたのかは自分でも判然としないが、本来美しいものと言う響きは嬉しかった。そんな私を知ってか知らずか、ふっと一息ついた若月さんは、冬香さんをチラリと見てから言う。

「冬香がひと吹きできたら、サービスしちゃおうかとも思ったけど、無理そうだし」

「ひ、ひと吹き?」

問い返すと、片手を上げた冬香さん。

「あ、と言うよりは、ひと吸いでしょうか」

「吸わなくても吹けるでしょう」

若月さんが呆れたように言う。

吸うって……食べるのかな……?

そんな想像をしてちょっとゾクっとした。

「簡単に説明するとね、音ちゃん。冬香がひと吹き出来ないってことは、あなたに取り憑いてるその男は、少し融合しているのよ」

「え!ゆ、融合?」

「そう。ほんの少しよ。でも、無理に引き剥がそうとしたら、あなたの霊体が傷ついちゃう。傷のある霊体は(くわい)や怨霊に憑かれやすいし、傷が治るまで見守るわけにもいかないしね」

じゃあ、どうしたらいいんだろう。あんな気持ち悪いものが、自分に絡み憑いているなんて嫌だ。

「ただし、これ以上融合を許すとあまり良くないから、早めに自覚させたってとこ」

「良くない……」

うんうんと若月さんは頷いているが、何に対しての頷きなのか私には分からなかった。絵空事のようで、理解が追いつかない。

ぽかんと口を開けてその様子を見ていた私は、ふいにこちらを向いた若月さんと目が合う。色素の薄い瞳の中心にある、緑のような青のような色素が揺らめく。

その不思議な瞳が私の目をじっと見つめる。

「まだ、よく分かっていないようだから、もう少し質問するわね」

確かに、何もかも分かっていないかもしれない。だって何が分かっていないのかも、言葉にできないくらいなのだから。

「黒い煙みたいな影を、街の中で見たことあるんじゃない?目の錯覚かと思うくらい一瞬でもいいわよ」

そんな事、誰にもあるんじゃないかと思った私は、答えを躊躇(ためら)った。しかし画面に表示されたままの男をチラリと見て、ゆっくりと頷く。

「はい……」

「じゃあ、誰かと一緒に歩いている時、その反対側に人影を感じた事はない?」

学校の帰り道、右にいた親友の伸びた影。真ん中に私がいて、左にもう一つの影を見た記憶が蘇る。

3人目が誰だろうと左を見ても、誰もいなかった。目の錯覚だろうと、親友には言わなかった、あの事だろうか。

思い出したことで私はゆっくり頷いた。それを確認した若月さんは、私と同じように頷いて再び口を開く。

「夜、寝ていて金縛りになった時、人のようなモノを見た?」

これにはすぐ頷いた。

昔から、金縛りは時々経験していたが、ここ最近で徐々に増えている。

「人と話している時、その人の腕や背中に黒い影、もしくはモヤのようなモノを見たことは?」

「あ、あります。あの、子供の手、みたいなものとか……」

「ほらね。見る素質のない人にこんな写真見せないわ」

「私の錯覚とか、白昼夢とか、そんな(たぐい)じゃないんですか……?」

黙って首を振る若月さん。残念ながら現実ですと言われているようで、返す言葉が見つからない。

しかし同時に、この人達になら、私が泣いてしまった出来事を話しても、聞いてもらえそうだと思った。

「私、ものすごく好きな先輩がいたんです。同じ部活の1つ上の先輩です。かっこよくて、だから凄く人気があって。周りは女の子でいっぱいだったけど、その先輩とこっそり付き合うようになったんです」

「どうして、こっそりなんですか?」

冬香さんが首を傾げてそう聞いてくる。

「他の人に(にら)まれるからじゃないでしょうか。女性の先輩方が、いつも周りを固めていらっしゃいますし、上級生にも人気がある方ですから。それに、親友も同じ人を好きだったので、私も堂々とはできなかったんです」

『裏切っていたなんて』

親友の声が頭の中で響く。

「なるほど。人気者なんですね」

感心したようにそう言った冬香さん。それに対して若月さんは複雑な表情をしている。

「今にして思えば、その先輩に目が行くようになったのも、子供の手だったように思います。いえ、子供の手かどうかは分かりません。とにかく小さくて、黒いモヤに覆われた手のようなモノです」

頬に、腕に、首筋に絡むように見える事がある。見えるのは一つだけなのだが、ふいに見えてしまうと、心臓を掴まれたようにドキッとする。

「だけど黒いモノは、自分を鏡で見ると時々あったので、深くは考えませんでした。自分に見えるのは手ではく、もっと形の曖昧な、ただのモヤのようなものですが。それでも色合いとか雰囲気は同じ感じです。今にして思えば、先輩と私の『特別な共通項』のように、思っていたのかも知れません」

先輩に憑いている小さな手は、時々先輩の首や腕を強く掴んでいるように見えた。

ある時ふと気になって、腕に現れた手を虫だと言って振り払った事がある。話しかけられたのは、それがきっかけだった。

「ねぇ、音ちゃんはその手に触れたことはある?」

「先輩の喉や腕に食い込んでいる黒いのを、振り払った事があります」

「振り払った時、その黒いのはどうなったの?」

若月さんの質問に、私はその時の事を思い出しながら答えた。

「ふぁって消える感じでした。一度振り払うと、しばらくは見えなくなるんです。少なくとも、その日中は」

「ふうん……」

若月さんは顎を拳に乗せて考え込む。

遠野(とおの)はさ、俺のこと好き?』

そう聞いてきたのは、先輩の方からだ。

3度目のデートだった。

真っ赤になって肯定した事を、まだ鮮明に覚えている。

『俺は好きだよ、遠野のその目』

そう言われて、初めて唇を許した。

同じ先輩を好きだった親友には、その日のうちに電話で報告している。

裏切り者だと罵られたが、のぼせ上がったあの時には感情を止める事など出来ず、報告と同時に親友を失った。

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