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音とはなちるさとの物語 その16

パッーーーーーーーーー!



その時、校門の外から鳴り響く車のクラクション。


はっとしてそちらを見ると、スーツ姿の若月(わかつき)さんと安堂寺(あんどうじ)さんが、大きな花束を手に車の両側に立っていた。音とビジュアルに、その場にいた全員が注目する。

「わ、何あの人達。かっこいい」

「芸能人?車も高そ〜」

「こっちに手を振ってる!誰に?」

「私たちの後ろは誰もいないわよ」

「って事は……」

後ろにいる全員の視線を感じる。もちろん、この中であの人達の知り合いは、私だろうけど……

本町で見た時の数倍輝いている2人に、手を振り返す勇気がない。

私に用事じゃなかったら?

眩しすぎて目がクラクラする。

『それにしても計画倒れだったわね』

プチ・トリアノンで聞いた若月さんの言葉を思い出す。それと同時に同級生の声。

「ね、行ってきたら?」

後ろから誰かが背を押した。

押されるまま、足を進めて2人の前にたどり着く。背後の同級生達も、少し離れて付いて来ている。

「お嬢様。少し見ない間に、お綺麗になられましたね」

穏やかで落ちついた口調の若月さん。明らかに演技しているが、こちらが本当の姿ではないのかと思うほど自然だった。

そして何よりも輝いて見える。

「ああ、華やかになった」

花束を肩に乗せて笑う安堂寺さんの、眉間で巻毛が揺れて止まる。

華やかなのはあなたですと言いたいが、2人があまりに素敵で言葉がでない。

「卒業じゃないが、区切りの時には花だろ?」

そう言って、安堂寺さんはウィンクをしながら私に花を渡す。

安堂寺さんもウィンクするんだなと、ぼんやり考えながら手を出した。

「あ、ありがとうございます」

受け取りながら上擦りそうな喉を叱咤し、なんとかそう言った。

「わたくしの花も、受け取っていただけますか?」

若月さんが(ひざまず)いて、下から見上げてくる。

花束越しに見える色素の薄い髪は、差し込む斜陽を受けて輝く金に染まっていた。

私の背後からは悲鳴が聞こえているが、それに反応している余裕がない。

ただただ、手を伸ばして花を受け取った。

「ぁあ、あ、ありがとうございます」

今度は完全に声が上擦ってしまった。

手が震えるほど重い大きな花束を抱えて、顔が埋もれそうだ。

「お預かりいたします」

その声に横を向くと、いつの間にか鷲木(わしき)さんまでいた。鷲木さんはいつも通りの格好だったが、元々スーツ姿なので違和感がない。

その鷲木さんは私から花束を引き取ると、車の方へ持って行った。

花束がなくなった私の腕は、若月さんと安堂寺さんによって再び塞がる。

「ご友人方、お嬢様をこのまま(さら)ってしまってもよろしいでしょうか?」

若月さんが首を捻って、背後の同級生達に言った。

誰も言葉を発しなかったが、全員がコクコクと頷いて許可が出る。

同級生達に向かい合った若月さんは、優雅に深くお辞儀をした。

まるで、お城に仕える執事のような動作だ。

「それでは失礼いたします」

2人のエスコートで車に乗り込み、ドアが閉まる直前に悲鳴のような歓声を聞いた。










転校初日、私にはさっそく”はなちるさと”のような友人ができた。

遠野(とおの)さんってどこから来たの?この学校って転入生多いけど、このクラスに転入生が来たのは初めてなの」

最初の休憩時間ですぐに話しかけてきた子だった。

髪につけた白い花のピンがとてもよく似合っている。なんの花かと聞いたら、(たちばな)だと返ってきた。橘が分からないと言うと、柑橘系の花だという。

自分の苗字に花が入っているので、花が好きだと言う彼女にその名を尋ねる。

名前を『花散見(かざみ) 美里(みさと)』と言って、その漢字から連想せずにはおれなかった。

「神戸からよ。転入生ってそんなに多いの?」

「うん。全国から色々な才能ある人をスカウトしてくるって噂。学校の歴史もまだ浅いし、特化するものを探しているんだって聞いたよ」

「へえ、そうなんだ。あなたも転入組?」

「あ、私、カザミ ミサト」

そう言って、彼女は学生証で漢字を教えてくれた。

「良い名前ね」

本町のあの店を思い出しながらそう言った。

「私は地元がここなの。公立行くより、ここの方が近いから受験したのよ。遠野さんの名前も素敵よ。私、音楽好きだから羨ましい」

「じゃあ、(おと)でいいよ。遠野さんじゃなくて」

そう言うと、嬉しそうな笑顔が返ってくる。

「じゃあ、私も美里でいいよ。よろしくね、音ちゃん」

「こちらこそよろしく、美里……ちゃん」

照れもあり、言い方が辿々しくなった。

目を見合わせて2人して吹き出す。

明日には〈ちゃん〉なんて取れているんだろうな、そう思って笑った。












学校の寮はクレールとアルディと言う名前が付けられており、それぞれ普通寮と特殊寮だと聞いた。私の寮はアルディだ。

入寮祝いだと言って、寮監がY字の金属をくれた。冬香さんが襷掛けしていたチェーンの先と同じ物だ。どうやらこれは音叉(おんさ)というらしい。音叉が何に使うものかよく分からないので、名前だけ頑張って覚えた。

「よっ、と」

大きな段ボールを持ち上げて、机に置く。

箱を開いて、一番上に入っている物を取り出した。

「これはどこに飾ろうかな……」

愁いを帯びた瞳の自分が写っている。

若月さんが撮ってくれた写真で、パネル加工された物だ。

自分の写真を飾るなんてちょっと恥ずかしいが、決意と(いまし)め、そして目標のために飾ることにした。

ふと、神戸での学校最終日を思い出す。




***





「上手くいったわね!見た?あの男の顔。最高じゃない」

「おい、最終日なのに、友達から引き離してよかったのか?」

「一人だけ連絡先交換しているので、大丈夫です。これがいつか言っていた、冬香(とうか)さんの計画ですか?」

学校が見えなくなるまで、全員が澄ました顔で車に揺られていた。

鷲木さんが運転し、助手席には安堂寺さん、後部座席にエスコートされた私と、エスコートしてくれた若月さんが乗っていた。

完全に学校が見えなくなる角を曲がった瞬間、若月さんのはしゃぐ声でようやく気が抜けた。

「ご友人とは別の一団が、腰を抜かしていましたね」

運転しながら言う鷲木さんは苦笑している。

「一度やってみたかったのよねぇ、こういうの。ここまでうまくいくとは思っていなかったわ。ちょっと癖になりそう」

「何だそれ」

呆れたような安堂寺さんの声。

「気にしないの。趣味みたいなもんよ」

「よくわからん趣味だな」

椅子にボスっともたれ掛かりながら言う安堂寺さん。

その2人の掛け合いが面白くて、花束に顔を埋めて笑った。










「本当に、ありがとうざいます」

車内が落ち着いた頃、私は改めて謝辞を述べた。

「頑張ってね。親元を離れて暮らすのは不安もあるでしょうけど、あなたは自分でこの道を引き当てたのよ」

「選んだ、じゃなくて、引き当てたんですか?」

「そう。写真館なんて、山のようにあったでしょう?神戸にも大阪にも。でもうちに来た。無意識に輝きを察知して、探し当てたのよ」

能力者が光っているというやつだろうか?

「でも、私はあの時までそんなに見えていませんでした」

「冬香の存在を探し当てたんじゃないか。自分の身を守るためにさ。無意識にその存在を感じ取り、何かに突き動かされるようにして辿り着く。そういう事があるらしい」

助手席から振り返った安堂寺さんがそう言った。

「気分が落ち込んでいると、怨霊の侵食を許しやすい。心が元気なら、付け入る隙もないから、融合もしにくいし。取り憑いているものがよっぽど強ければ別だけどな」

取り憑かれていたからこその、無意識の行動だったのだろうか。

「何を使って見つけたのかは分からないが、その時、素通りできなかったんじゃないか?なんとなく気になる。気がついたら予約を入れていた、みたいなさ。ま、出会いなんて、そんなもんなんだろうけど」

安堂寺さんは体を前に戻しながらそう言い、若月さんは思い出したように口を開いた。

「取り憑いていても、長い間融合できずにいると、怨霊の方が疲弊して離れていくもんよ。音ちゃんもね、心が元気だったら融合なんて許してなかったと思うの」

あの時の私は、ずっと下を向いていたのだと思っていた。でも、頑張って顔を上げたかったのかもしれない。

「何を思ったのか、どう理由付けしたのかは問題じゃないわ。自分を助けるために、心を強く持つために”はなちるさと”を選んだのよ。自分で足掻(あが)いて、一歩を踏み出した。これはただ待っているだけの人と比べると、大きな差になるのよ」

自信が欲しかった。前に進みたかった。ただそれだけだったのに、大きく未来が開けた。

「その結果、才能に目覚めたのは僥倖(ぎょうこう)だったわ。あたしにとってはね」

「え?」

若月さんにとって?

「だって、未来の有能な従業員候補が生まれたんだもの」

「成長早そうだしな」

安堂寺さんは顔だけを軽く後ろに向けて微笑む。

「ジャックってものになれたら、使い物になりますか?」

少しドキドキしながら聞いた。ジャックが何かも分かっていないが、あの時聞いた安堂寺さんの言葉を信じて目指すことにしたのだ。

「もちろんよ!」

「そうしたら、また冬香さんにも会えますか?」

それには安堂寺さんが答える。

「そう言えば、”横浜でお茶したい”って冬香が言ってたな。オレ、横浜に住んでるから何かあったら連絡して」

長い指に挟まれた紙が、目の前に差し出される。

「あら、うちの従業員の世話は焼かないんじゃなかったの」

「まだ従業員じゃない」

「むぅ」

「それに、オレはこの子に興味がある」

一瞬、ドキッとした。しかしすぐにプチ・トリアノンを思い出す。

魂の色が冬香さんに似ているから、興味があるのだろうと思った。

「やだ!やめて。気をつけて、音ちゃん。礼の毒牙にかからないでね」

「……きっと、意味が違うと思いますが。冬香さんの連絡先も知っていますし、大丈夫だと思います」

そう言うと、安堂寺さんが振り返り、にっと笑って言った。

「いいね、話が早くて」




***




ふと現実に戻り、手が止まっていた事に気が付く。

1ヶ月後の日曜日、横浜で冬香さんと安堂寺さん、その2人に会う約束をしている。

なんでも私と行きたい、スイーツのお店があるのだとか。

「横浜までの行き方とか、美里に聞いてみよう」

そう呟くと、荷解きを再開した。

いつか見た現実逃避の夢に、もしかしたら美里もいたのかもしれない。もう、よく覚えていないが、制服の色は近いような気もする。

これからの生活を思うと、言いようのない興奮が胸に渦巻く。

能力を磨く事も、新しい友達も、初めての土地も全て、少しの不安と大きな期待に満ちている。

呼び出しボタンを押そうとして、震えていた指を思い出す。

他人からしたら、何が怖かったのかと笑われるかもしれない。自分で予約したんだし、そんな事でビビってたらどこにも行けない、なんて思われるような事だ。

だけど私にとっては、頑張ってふり絞った勇気だった。あのまま帰っていた選択だってあったのだから。

自分で踏み出した事を、誇りに思って良いんだと、あの人達に教わった。

私はその場で大きく息を吸い込む。

期待に浮き立つような気持ちを抑えながら、荷物の整理に勤しんだ。





***





「ねえ、礼。あれってどういう意味だったの」

音を自宅まで送り届けた直後、3人になった車内で若月が口を開く。

「あれってどれ」

「興味あるってやつ」

「あぁ、仮説だよ。オレの」

「元の体質に依らないってやつ?」

「そ。あの感じでJ(ジャック)まで行けたら凄いじゃん。しかもあの年齢だぞ」

「まあ、異例ではあるわよね。冬香の無自覚なチューニングが原因である可能性も否定できないし、特に注意して見守りたいわね」

「本人の思い込みと努力で、(デュース)J(ジャック)になるなら見てみたいな」

「あんたねえ、うちの生徒を実験体みたいに言わないで」

「良いじゃねえか。本人だってその方が安全度増すんだし」

「そうだけど……」

若月は不満そうな表情のまま腕と足を組んだ。ふと、何かを思い出したように顔を上げる。

「もう一人の子はどうなの」

運転席の鷲木がそれに答える。

三倉(みくら)日下部(くさかべ)様が保護されたそうです」

「そう、やっぱり出てきたわね」

「それとカルト教団ですが、武蔵(むさし)さんと大波(おおなみ)が向かったところ、霧散(むさん)していたようです。それが関係しているのかは不明ですが、街中に溢れていた取り憑かれていた人々も、大半は取れていたようです。誰かが祓ったのか、自然にいなくなったのかは調査中です。一部、融合が進んでいたために取り憑かれたままの人はいますが、これは依頼に含まれませんので営業部が動いています。現在受けた依頼に関しては全て達成となりますが、追跡調査致しますか?」

「……いえ、いいわ。きっと何も出てこないわよ。音ちゃんの親友だけ、折りを見て引き取りましょう」

「かしこまりました」

しばしの沈黙が車内を包む。ややして、礼がポツリと言った。

「そうか。若月が引き取るってんなら……成長した先に、いつかの親友同士が背中を預け合う未来があるかもしれないな」

「そうね。それを望むかどうかは分からないけど。この業界にいるなら、再会することはあるでしょう。狭い世界だから」

若月は窓の外を見ながらそれに応えた。

「ま、先のことだし関係ないか」

深々と背もたれに体を預けながら、礼はそう言って目を閉じる。

冬香の呪いを解くヒントになるとは限らないが、似た色の魂を持つ彼女に、一縷(いちる)の望みを賭けないでもない。

礼のそれは、音が抱いている期待とは別の、どこか疲れ切った、でも捨てられない願いである。

音がこれから出会う人の中に、その願いを押し進めるための関連人物が現れる事は、まだ誰も知らない未来の話。

薄暮(はくぼ)の街を車が進む。

まだ見ぬ未来に向かい、ゆっくり前進していた。

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