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音とはなちるさとの物語 その15

その日、冬香さんからもらった資料を抱えて帰宅し、夕食の後、両親に転校の話をした。

突然の話に驚きと、反射のような反対が起きたが、じっくり話し合う事で一応の納得はしてくれた。

何より金銭的な免除が効いたのかもしれない。学費に加え、寮費の免除は確かに大きいと思う。

資料には私が自分の意思で応募し、試験とレポートにより奨学生に選ばれたと書いてあった。

「食事代と身の回りのちょっとしたものなら、バイトでもするから大丈夫」

そう言ったが、両親はアルバイトは許可しなかった。寮費とは別料金になるが、寮で朝晩の食事が取れるので、その支払いは両親の名義で行う。

それと別途、食費と同額の生活費を送るので、その中でやり繰りする事。

アルバイトなどはせず、学業に専念する事。

あと、パンフレットに載っている国家資格を何か一つとる事。

それが両親の出した条件だった。

もしかしたら泣き腫らした目も、少し役だったかもしれない。

両親との会話のあと、冬香さんに両親の説得がうまくいった事を報告する。

年明けくらいから転校かなと思っていたが、冬香さんからはなるべく早くと言われ、今の学校の手続きが終わり次第転入となった。









「少し涼しくなったな……」

ここ数日で急に気温が下がり、通り抜ける風に本格的な秋の気配を感じた。

校門前で冬香さんを待っていた私は、ふと振り返って学校を見る。

決まると早いもので、転入は2週間後だ。

文化祭も体育祭も待たずに、この学校を去る事となった。

校門の真ん中に立って、これまでの出来事を思い返す。

あの日から來未(くみ)の姿は見ていない。

おかしな力を使っていた女子部員もまた、あの日以来見かけておらず、私を降霊会へ誘った同級生もまた、いつの頃からか不明だがずっと休んでいるようだ。

しかし、”はなちるさと”で安堂寺(あんどうじ)さんに助けられた先輩は、時々学校で見かける。元々取り巻きを侍らせていたせいで断れずにいるのか、性根が変わらなかったのか、周りに女性が数人いるのはそのままだ。日によって顔ぶれが変わることもないので、人数は減ったのかも。

ただ、私と遭遇すると、そそくさと逃げるようになった。

先輩は何も語っていないようだが、その態度を訝しむ取り巻きたちが好き放題噂している。

「気にしない方がいいよ、あの人達ちょっと痛いし。部活辞めて正解だよ」

私はといえば、それまであまり話したことのない同級生達から、声をかけられるようになった。

雰囲気が変わったと言われるが自覚はない。

転校が決まっているので、過剰な気にしすぎが無くなったのかもしれないし、あの出来事で少し大人になったのかも。いや、もっと単純に、ただ開き直ったのかもしれない。

「お待たせいたしました」

冬香さんの声が背後から聞こえた。

振り返ると、冬香さんと鷲木さんが車越しに並んで立っている。

「こんにちは。いつもありがとうございます」

冬香さんに頭を下げてお礼を言う。

柔らかい笑みがそれに応えてくれた。

「音さん、少し確認させてくださいね」

ぐっと近寄る冬香さんの綺麗な顔。

私の首元から上を見上げ、ふっと離れて下を見る。最後に一歩後退した冬香さんは、私の全身を見ているようだった。

「よかった。もう大丈夫ですね。完治しています」

これでようやく冬香さんの負担がなくなる。少し寂しい気もするが、大阪から神戸に毎日通ってもらうのは、気が引けていた。

「今までありがとうございます」

感謝を告げると、冬香さんは首を振って言う。

「とんでもない。私のうっかりが招いた事です。それに音さんはもう【お客様】ではなく、我々の仲間ですもの」

冬香さんや若月さんとの繋がりが切れていないことが、何よりも嬉しかった。

「来週末で、この学校ともお別れですね。後悔はしていませんか?」

「親友を傷つけた事は後悔しています。それに、新しい場所へ行くのは逃げるみたいで、卑怯かもって思ってたんですけど」

卑屈な考え方をしていると、前の自分に戻りそうで考え直した。

「今は、リセットされるみたいで、良かったかなって。私は殆ど神戸を出たことがないので、本当の事を言うとかなり楽しみです」

「よかった。実は私、一期生なんですよ」

「そうだったんですか!」

冬香さんの後輩になるんだ。共通項が出来で嬉しい。

「それで、引っ越しまでの間なんですが」

そう言って冬香さんは鷲木さんに目を向けた。鷲木さんが頷いて、懐から紫の布を取り出す。

両親に親戚のお葬式の時に持たされた布を思い出す。

帛紗(ふくさ)だろうか。

手の平に乗せられた布の端には、金色の複雑な紋様が見えていた。じっくり見ないと、何を図案化したものかわからないが、その紋様を親指と人差し指で摘んだ鷲木さんは、目を閉じて3秒ほど静止した後、ゆっくり布を開く。

「あ……プチ・トリアノンで見た金のカード?」

「オーナー特製の結界を作るカードです。半径2メートルほどしかカバーできませんが、まだ光を消せないのなら必要かと」

そうか。

今までは冬香さんの【呪い】とやらで、寄ってこなかっただけで、保護もなくなると呪いもなくなるんだ。

「引っ越しくらいまでは効果が続きますので、肌身離さず持つようにしてください。それとご実家には、今回の騒動が収束するまで、我々が定期的に見回ります。ご両親に被害が及ばないよう、注意しておきますのでご安心を」

置いていく両親が、今回の騒動に巻き込まれないかは少し心配だった。

「ありがとうございます」

思わず安堵の息を吐く。

その後、手続きに必要な書類などを受け取った私は、帰っていく2人に深くお辞儀をしながら、車が見えなくなるまで見送った。













「ええ!今日で最後なの?どうして言ってくれなかったの」

「あたしは聞いてたけどね」

「どこに行くの?え!藤沢?それってどこ?」

「湘南だって。え〜良いな〜」

「そもそもなんで転校するの?なんて学校?」

最終日、担任の教師から告げられた私の転校は、放課後、嵐のような質問となってやってきた。

最近はこの5人と、ずっと一緒に過ごしている。

「ちょっと、やりたいことがあって」

曖昧に答えて、学校名を告げる。

調べてくれれば、特殊な技能コースや、学校が売りにしている国家試験対策などが目につくので、勝手にあれこれ想像してくれるだろう。

So-dormant株式会社でジャックを目指すのだとは、とても言えない。もちろん、これは冬香さんにも言っていない。密かに決めた私の目標だ。

「いつ引っ越すの?せっかく仲良くなったのに」

「送別会しようよ」

たまたま来週の予定を聞かれたので、1人には転校の話をしていた。口止めしていたのだが、きちんと守ってくれたようだ。

「ありがとう。でも、引っ越し明日なんだ。まだ荷造り終わってないから、早めに帰らなきゃ」

そう断ったが、最近一番よく話す同級生が、机に手をついてぐっと顔を近づけてきた。その顔はすでに泣きそうだ。

「じゃ、せめてお茶だけでも行こ!まだみんなと連絡先交換してないでしょ?このままお別れじゃ寂しすぎる」

「そうよ、最後にみんなで思い出作ろ!」

「じゃあ、やっぱりプチ・トリアノン?お小遣いなくなる〜」

「でも、今日しかチャンスないし」

「あ!足りないから、誰か貸して〜」

こんなにワイワイした中にいるのはあまり経験ないし、苦手だと思っていた。だが、不思議と嫌じゃない。

次の学校でも、こんな友達が出来るだろうか。

6人で一緒に教室を出て、話しながら校門に向かう。嫌な思い出もあるが、最後は悪くない終わり方だな。最後に先輩に出くわさなければいいけど。













「やだ、ちょっとあれ」

傾き始めた陽が赤く照らす桜の木を、まっすぐ指差す同級生を見て、先輩の事を考えてしまった自分を激しく(ののし)りたい気分になった。

桜の木にもたれて立っていた先輩は、私を見つけると迷う事なく向かってくる。取り巻き達には来ないように言っているのか、5人の女性が桜付近に立っていた。

わりと距離があるのだが、睨んでいることは明白だ。

ささっと同級生達が私を隠す。

事情を知らないはずだけど、先輩の取り巻き達の殺気を感じているのかも。

「取り巻き付いてきてないけど、嫌だよね?」

前に出た一人がそう聞いてきたが、私は彼女の肩に手をかけた。

「ありがとう。でも大丈夫よ。最後の捨て台詞くらい、聞いてあげるわ」

そう言って、前衛2人の間から前に出て、先輩と対峙する。

背後から小さくかっこいいと聞こえたような気がした。

「ごめん、遠野。その、転校するって聞いたから。俺の……せいだよな」

「…………」

なるほど、そう思ったのか。

「俺、あれからちゃんと考えたんだ。三倉とは遊びだったけど、ちゃんと向き合ってみようって。正直言うと、まだ怖い。生き霊ってやつ?あの顔が忘れられなくて、自信ないけど。心の傷が癒えるまでは、側に居てやろうと思う」

無理だろうな、この男には。

この時点でビビっているのだから、この先、來未がこの人の愛を得ることはない。こんな状況になってもまだ上から目線だし、自分が大切なのは結構だが、それが言葉の端々に漏れ出ているのはいただけない。

そしてそれを私に言う必要もない。そうしたければ、ただ、黙って側にいればいいのだから。

「だから、もし、お前が許してくれるのなら、その時、また会ってくれないか」

この人が何のためにそんな事を言っているのか、私には理解出来なかった。

許せないのは、あの時の自分自身だ。この男を許すも許さないも、もう関わり合う事がない。

ゆえに、興味もない。

「転校は自分の夢を叶えるための第一歩です。あなたとは何の関係もありません。大変申し訳ありませんが……」

「遠野!」

私に最後まで言わせずに、先輩は距離を縮めて私の肩を掴んだ。

「俺は、お前が好きだ!」

その手が離れて解放されたと思ったら、ガバッと抱きつかれた。同時に桜の木の方から声が上がり、数人の足音が聞こえる。

「やめてください!」

ゾクッとした。

反射的に先輩の胸を強く押す。突き飛ばされた先輩は、よろけながらも唖然としてこちらを見ており、その背後から取り巻き達が走り寄って来た。

私の背後の同級生達も前に出ようとしているのか、足音と警戒する声が聞こえる。






パッーーーーーーーーー!






その時、校門の外から鳴り響く車のクラクション。

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