最近彼が屋根裏でチョーシこいている
「ほら見ろ! 俺の言った通りだろ?」
夏樹がそう言って、上から目線であたしのほうを見た。ちなみに女の子みたいな名前だが、彼は白い肌に黒縁メガネの地味男くんだ。名前のイントネーションは『裸』のほうではなく、『着衣』のほうである。
あたしと夏樹はもう2年も屋根裏にいる。
蜘蛛の巣ひとつない清潔な、でも狭くて薄暗いこの部屋に閉じ込められ、ずっと出られないでいるのだ。
あたしたちの他にはネズミさんしかいない。ネズミさんはいっぱいいて、あたしたちはネズミさんたちに依存していた。
「ここをこうやって撫でてやるといいんだよ」
そう言って、夏樹が人差し指でネズミさんの前歯を撫でる。
「ユミの撫で方は下手なんだ。だから美味しいものを持って来てくれないんだよ」
満足いくまで夏樹に撫でられたネズミさんは、たたっと駆け出すと、どこから運んで来るのか、やがて背中に生クリームをたっぷり使ったショートケーキを乗せて戻って来た。
「わあっ! うまそう」
夏樹はそれをネズミさんから受け取ると、すぐに食べはじめる。
「美味しいなー! ユミはネズミさんから何もらった?」
「……芋づる」
あたしは後ろ手に持っていた青くて長い一本だけを見せると、シガシガと噛みついた。
「意外とイケる」
夏樹はバカにするようにはははと笑うと、いつものようにレクチャーを開始した。
「ネズミさんはな、前歯を撫でられるのがとにかく好きなんだ。固い歯と歯ぐきの間ぐらいを、微妙な力加減で撫でるんだ。ユミはいっつもうなじだのお尻だのばっかり撫でてるだろ? それじゃダメだ」
あたしは近寄って来たネズミさんの前歯を長い爪で撫でた。
「こう?」
ネズミさんがまたあたしに芋づるを運んで来てくれた。
「違う違う。こうだよ。こうだって」
夏樹が前歯を撫でると、ネズミさんがお礼にビーフステーキを運んで来た。
あたしにはわからない。前歯なんか撫でられてどこが気持ちいいんだろう? うなじやお尻のほうが猫だったら喜ぶのに。
撫で方も下手なんだろう。爪が長いのもいけないのかもしれない。
「このままじゃおまえ、餓死すんぜ?」
ドヤ顔でそう言う夏樹が憎たらしい。少しも食べ物を分けてくれないのもムカつく。
自分の上手な撫で方を自慢する夏樹はチョーシこいてる。そんなの外に出られたら何の役にも立たないスキルなのに!
でもここで生きて行くには確かに役に立つ。わかりながらも、あたしは彼の言う通りにやることに意地でも反抗したいのだった。