王太子に黒魔術の生贄として捧げられた私は、優しい人形師に拾われる
4作目の異世界恋愛です。今回もまた、作風を変えてみました!
「タバタ。お前に頼みがある」
王太子であり婚約者であるクロウ様は厳格な態度を崩さないまま言った。
普段、私に関心すら向けてくれない彼が一体何の用でしょうか? 一度頷いて、彼の口が開くのを待ちます。
「私は、このラッセル王国を反映させるために契約を結んでいる。彼らの知恵によって、平和は保たれていると言っても過言ではない」
「一体。どなたと契約を結ばれているのでしょうか?」
「神、悪魔……。呼び方は好きにすればいい。そろそろ、知恵の対価として供物を捧げる必要が出て来た」
この王国が建国以来、様々な脅威に晒されて来たことは国民の誰もが知っております。しかし、クロウ様が台頭して以来。状況は一変しました。
農機具の改良を始めとした内政の安定化に、諸外国と渡り合う交渉術。彼のおかげで、この国には平和が訪れました。
「その供物。というのは?」
「お前だ。彼らはお前のことが気に入ったらしい。喜べ、媚を売るしか能がないお前が、初めてこの国の役に立つんだ」
ゾワリと寒気を感じて逃げ出そうとしますが、扉には鍵が掛かっています。必死に叫んでみますが、まるで何の反応もありません。
「喚くな。鬱陶しい」
「こ、こんなことをして! ただで済むとお思いですか!?」
「それを気にするのは、お前じゃない」
天井、壁、床。見たことも無い複雑な模様が浮かび上がります。徐々に体が動かなくなり、意識が遠のいて行きます。薄れゆく意識の中、私は自分の体だけが動き出すのを見ていました。
「カカカ。契約の説明も上手に出来るようになったモンじゃな」
「いい加減、この儀式を執り行う為に説明をする。という手間を省いてくれないか。面倒なんだ」
「それが契約じゃからな」
「ふん! 契約が無ければ、この場でコイツを引き裂いてやると言うのに!」
私の肉体を動かしているのは誰でしょうか? 意識が途絶えようとした時、最後に聞こえたのはクロウ様の声でした。
「おい、部屋にあるゴミを捨てておけ」
~~
目を覚ました私は、見知らぬ場所に居ました。周囲は鬱蒼と茂っており、ガサガサと何かが動き回っている音が聞こえます。
「(え? 何?)」
恐怖に駆られて逃げようとしましたが、自分の目線が異様に低くなっていることに気付きました。自分の体を見下ろすと、そこにあったのは人間の肉体ではなく、薄汚れたぬいぐるみの物でした。
「(嘘……)」
声を出すことも出来ません。辛うじて、手足を動かすことは出来たので走ろうとしますが、思うように進みません。
進んでも、進んでも何処に辿り着くことも出来ません。人の気配も無く、虫や鳥の鳴き声が聞こえて来るだけです。
「(このまま、私は誰にも知られずに朽ちて行くの?)」
私が虫や獣に食い散らかされたとしても、誰にも知られることも無い。そんなことを考えていると、走る気も失せました。
ガサガサと大きな音が近づいて来ます。この際、心を蝕まれて行くだけならさっさと食い散らかされた方が楽になれるかもしれません。逃げ出しもせずに、じっとしていると。音を立てていた方の正体が分かりました。
「ワァオン!」
野犬かと思っていましたが、現れたのは美しい毛並みの犬でした。首輪が付いているのを見るに、誰かに飼われているのでしょうか? 少し遅れて、人の声も聞こえてきました。
「ライフ。この子がそうなんだね」
飼い主と思しき方は、黒髪のくせっ毛と黒縁の眼鏡が特徴的な青年でした。彼は私を拾い上げると、何処かへと運んでいきます。
やっと出会えた人に伝えたいことは色々とあって。でも、声は出せないので手足をバタバタと動かします。
「慌てないで」
言われた通り。ジッとしていると、1件の小さな小屋が見えて来ました。彼に抱かれながら中へ入ると、部屋内にはズラリと手足が並べられていました。よく観察してみると、それらは木や鉄で作られた物であることが分かります。
「そうだ。喋れない不便だったよね。ちょっと待ってて」
彼は机の上から真鍮の管の様な物を取り出すと、私の顔に縫い付けてくれました。クチバシの様だと思いながら、恐る恐る思ったことを口にしてみます。
「あの! 助けてくれて、ありがとうございます!」
真鍮の管を通して出る声は、いつも自分が聞く声とは違っていました。けれど、こうして自分の考えていることを誰かに伝えられることが嬉しくて、思わず顔を覆ってしまいました。
「良いんだよ。今回はやっと見つけられたから」
「え? 何か知っているんですか?」
「うん。クロウに奪われたんだろう?」
息を呑みます。この方は、クロウ様の凶行を知っている! ですが、彼の所業を知らなければ、私を助けることも出来なかった訳で。彼は何者なのでしょうか。
「その通りです。貴方は一体?」
「僕はアペーレ。クロウの友人だった男だよ」
クロウ様のご友人。彼には業務的な付き合いのある人間はいたと思いますが、友人と呼べる方を見た覚えが無いので、驚きました。他にも気になることは沢山あります。
「貴方はクロウ様が何をされているのか、御存じで?」
「よく知っているよ。昔は真面目な男だったんだけれどね。今は力を手に入れる為に、誰かを犠牲にすることも厭わない怪物になっている」
あの時のことを思い出します。『説明も上手に出来るようになったモノだ』と言う証言が正しいならば、私以前にも犠牲になった方達がいるはずです。
「ということは、アペーレ様は私達の様な方を助けて下さって」
「……いや、助けられたのは今回が初めてだよ」
彼の顔が陰りました。きっと、私と同じ様に肉体を奪われた方達は、拾われることも救われることも無く、朽ちて行ったのでしょう。ひょっとすると、今も彷徨っているのかもしれません。
「そう、ですか」
「助けたのは僕の自己満足だ。どうする? 君は、生きたい?」
このままぬいぐるみとして生きるか。それとも、世を儚んでここで終わりにするか。どちらかと言われたら、言うまでもありません。
「折角、助かったんですもの。生きるに決まっています」
「安心したよ。じゃあ、ぬいぐるみのままと言うのも不便だよね」
彼は壁に掛けていた木製の手足を持ってきました。関節部分の球体などが目立ちますが、精巧に作られた手指には思わず感嘆してしまいました。
「まさか、これを?」
「うん。ちょっとずつ置き換えて行こうか」
そして、私とアペーレ様、飼っている犬のライフとの生活が始まりました。最初は、ぬいぐるみである私のサイズに合った手足を取り付けてくれました。
歩く度にカツカツと音がするのが気になりましたが、物を掴んだり、ライフの背中に乗ったり。時には、彼の仕事を手伝ったりしました。
「あ。割れてしまいました……」
「最初から上手く行く出来る人なんていないよ。挑戦して行こう」
不格好な物を作った時には笑ってくれたり、上手く行った時には褒めてくれたり。散策して取って来た材料で料理をしたりと、緩やかで温かい時間が過ぎて行きました。
手足として取り付けられていた義肢も徐々に大きくなっていき、ぬいぐるみの体は木製の物へと置き換わって行きました。ただ、不満があるとすれば、真鍮の管が未だにクチバシの様にして取り付けられていることですが。
「これはどうにかならなかったんですか?」
「ならなかったね」
「ワァン」
ですが、以前と同じ様な感覚で動き回れるようになったことに対しては感謝しても、しきれない程です。このまま穏やかに過ごせるのなら、それも悪くはないと思いました。
ある日のことです。アペーレ様と一緒に、夕食や人形の材料を採るために散策していた時に、事件は起きました。
「ワァン! ワォン!」
「ライフ!?」
「ちょっと待って! 何処へ行くんですか!?」
突如、ライフが走り出しました。私が急いで後を付いて行くと、数頭の野犬が何かを咥えて、振り回し、引き摺っていました。最初は餌の取り合いかと思っていましたが、扱われている物の正体を見て思考が停止しました。
こんな森の中にある筈がない、ぬいぐるみです。ひょっとして、誰かが森を通って行った際に落として行った物かもしれない。という希望的観測を抱きながらも、私は駆けだしていました。
「やめて!!」
真鍮の管を通した大声は甚く不快に聞こえたのか、野犬達は咥えていた物を放り出して去って行きました。ゆっくりとぬいぐるみに近付いて、拾い上げます。
手足が千切れ、中のワタも飛び出ています。残った手が微かに動いて、ダラリと力なく下がりました。ぬいぐるみが淡い光に包まれたかと思うと、光は体から離れて空へと昇って行きました。アペーレ様を見ると、彼は静かに首を振っていました。
「冥福を祈って上げて」
手にしたボロボロのぬいぐるみを見ます。今はただの物ですが、少し前までは此処に誰かが入っていました。肉体を奪われた絶望と孤独の中で逝ってしまった方にはきっと、友人も家族も居たのでしょう。この事実を知った時、彼らはどの様に思うのでしょうか?
目を逸らしてはいましたが、あの時。私がこの様な最期を迎えていた可能性は十分に考えられることです。そして、今も何処かでクロウ様の犠牲者が出ているのでしょう。
「アペーレ様は、何度もこの光景を?」
「うん」
私が平穏を謳歌している間も、何処かで声なき悲鳴を上げている方達がいる。今までと同じ様に知らないフリをすれば、また穏やかな日々が戻って来るのかもしれません。
ですが、その選択はありませんでした。先程、私に向かって伸ばされた手のことが、どうしても忘れられません。
「……どうすれば、この悲劇を終わらせることが出来ると思いますか?」
「分からない。クロウの力は強大だし、彼が結んでいる契約の全容も分からない。抗議の声を上げたとしても、僕みたいに隠居せざるを得なくなるだけだ」
この事情を知らなければ、クロウ様は国に繁栄をもたらす名君なのですから、良心の呵責から訴える人間が疎んじまれるのは自然なことです。人々の発展の前では、私達の犠牲は取るに足らないことなのでしょうか?
私も恩恵を受けていた人間として、いざ被害者になれば声を上げるのは恥知らずかもしれません。ですが、被害者となり知ってしまった以上は無関心でいる訳にはいきません。
「アペーレ様。このままではいけません」
「僕にどうしろと?」
正面から訴えても意味がないことは理解しているのでしょう。ですが、戦い方はそれだけではないはずです。
「一緒に戦いましょう」
「無理だよ。証拠を集めて訴えるのかい? そんなことをしても、今の生活を手放したくない民衆から非難されるだけだよ」
「いいえ、出来ます」
私はハッキリと言いました。彼は目を丸くしていますが、私にはある程度の考えと自信があります。
「どうやって?」
「方法は既にアペーレ様の中にあります。少し時間は掛かってしまいますが、出来るはずです。だって、成功した例が目の前にあるんですから」
私は彼の手を取りました。そう、既に成功例は目の前にあるのです。後は、時間を掛ければよいだけです。
「詳しく、話を聞かせて貰えないかい?」
「はい!」
私は力強く頷きました。ボロボロのぬいぐるみを抱えて、森を探索しながら、私は自らの案を彼に説明しました。
「上手く、行くのかな?」
「行きます。だって、こうして切り捨てて来た人間のこと等。気にもしていないのですから」
「……分かった。タバタ、君の言うことを信じてみよう」
その日から、私達の作戦はスタートしました。地道で長い道のりとなりますが、きっと届くはずだと信じながら。
~~
数年後。私はアペーレ様達より先んじて、こっそりとラッセル王国へと戻ってきました。以前と違って街は何処か騒がしく、巡回している兵士の数も多い様に思えます。
私がいない間に何が起きたのかを確かめるべく、街を闊歩していると間もなくして騒ぎに遭遇しました。
「待て! この悪魔憑きめ!!」
「ギャハハハ! ノロマ!!」
我が目を疑いました。兵士に追われていたのは、年端も行かぬ少女でした。ただ一つ、普通の人間と違う所があるとすれば頭部から2本の角が生えているということです。
彼女はニンマリと笑うと、私を担ぎ上げました。全身が木で出来た私は、相当な重量であるはずなのに少女は苦にもしないまま、走り続けて裏路地へと入って行きました。兵士が追ってくる気配はありません。
「あ、貴方。一体、何者ですか。私に何の用が……」
「お前。面白そうだ!」
彼女は私の帽子とマントを剥ぎ取って来ました。木製の全身が晒されると、彼女は興味深そうに眺めていました。
「お前も悪魔か?」
「あ、悪魔憑きって何ですか?」
「知らないのか。人間は私達をそう呼んでいるんだぞ」
ということは、他にも彼女の様な人間がいるということでしょうか? どういうことかと尋ねようとすると、彼女はペタペタと私の体を触って来ました。
「木だ。木で出来ている」
「その通りですけれど。あの、貴方達は何者なのですか?」
「悪魔って言うらしいぞ。お前らに呼ばれたんだが」
誰が呼んだのか? 等とは、考える必要も無いことです。ただ、気になることがあるとすれば、目の前の悪魔は『知恵』等を持っているとは思えないことです。
「どうして、呼ばれたんですか?」
「知らない。でも、他の奴らが楽しんでいるから俺も行きたいって思っていたら、呼んでくれたんだぞ!」
奴ら。ということは既に相当数がいるということでしょうか。いや、悪魔憑きという言葉がある以上、彼らの存在が公になっている可能性すらあるのです。
「貴方の体に居た少女の魂は、何処へ行ったんですか?」
「知らない。俺、呼ばれた時から、この体だった」
何とも言えない感情が沸き上がります。やはり、数年経っても止める気配はない所か、こんな年端も行かぬ少女まで毒牙に掛けていたとは。クロウ様の外道は留まる所を知らない。
「この国のこと。貴方達のこと。教えて貰えませんか?」
「いいぞ! 俺、ライカって言うんだ! よろしくな!」
彼女は悪びれた様子も無く、握手をしてくれました。悪魔と呼ばれる割には、邪悪さも感じない笑顔に、思わず呆気に取られてしまいました。
そして、彼女から説明を受けました。数年前から悪魔憑きと呼ばれる女性達が出て来たこと。彼女らは人知を超えた力で、好き放題していること。それに伴い国の治安が悪化したこと、街中で愚痴が増えたこと。
「皆。クロウって奴の悪口をよく言っているぞ」
「仕方のないことです」
クロウ様がどうなろうと知ったことではありませんが、ライカの様な存在が頻繁に見掛けられるということは、私と同じ様な境遇に陥っている方達が増えてきているということです。事態は思ったよりも深刻でした。
「俺にはどうでも良いけれどな。それよりも、お前は一体何者なんだ? どうして、木が動いて喋っているんだ?」
ペタペタと触って来ます。果たして、彼女に真実を打ち明けるべきでしょうか。こんな体になったのは貴方達のせいです、と。……いえ、彼女達は悪くありません。悪いのは、全てクロウ様です。
「色々とあるんですよ。お話ありがとうございました」
「おう! またな!」
元気よく手を振る彼女に手を振り返して、私は街の探索を続けます。
悪魔憑きと呼ばれる女性達の被害は思ったよりも深刻で、嘆いている人達が目立ちました。特に自分の家族が悪魔憑きとなってしまった者達は酷い様で、大量の落書きをされた住まいなども散見されました。
「(何とか、しなくちゃ)」
警備の兵士に見つかるかと思いましたが、彼らは別件で忙しかったようで、すんなりと街を抜けることが出来ました。後は、このことを報告して作戦を決行するだけです。
~~
クロウは苛立っていた。日々寄せられる陳情は増えて行くばかりで、その原因は自分が呼び出した者達だったのだから。タバタの姿を借りた悪魔は、額の角を長い髪で隠しながら、カラカラと笑っていた。
「カカカ。アイツらは、この世界を楽しんでおるようだ」
「アモンよ、笑いごとではない! 俺がお前達に肉体を与えてやっているのは、俺に迷惑を掛けないと言うのが条件だったはずだ!」
「勿論、多くの者達は守っているんじゃがな。お主、最近ワシらを頻繁に呼び出して居るじゃろう? となれば、弁えぬ者が混じるのも当然。ワシの様に頭が良い奴ばかりじゃないからな」
「忌々しい」
彼らのおかげで、ラッセル王国は発展を繰り返し続けた。故に、クロウも人々も繁栄と言う魔力から離れることが出来なくなっていた。
もっと多くの利便を、発展を、知識を。この現状を保ち続ける為に更なる知恵を。呼び出せそうな者達の条件に合致した人々を贄に捧げ続けた。その度に、便利な物は増えて行くが、国民は少しずつ異形へと置き換わって行く。
「まぁ、良かろう。今度は、この乱れた風紀を取り締まる知恵と力をある者を呼べば良い。その為に、パーティを開いたんじゃろ?」
「そうだ。俺には愚物共を導く義務があるんだ」
アモンを引き連れながら、クロウは会場へと向かった。
煌びやかな雰囲気に包まれていたが、会場にいる者達の表情は何処かぎこちない。国に漂う不穏な空気を感じ、少しでも王太子からの寵愛を受けたいと考えているのが、透けて見えた。
「どいつもコイツも怯えた子羊の様じゃ」
「構わん。コイツら俺がいなければ、ロクに生きていくことも出来ん家畜の様な物だからな」
彼らに対して明確な優越感を抱いた時だけ、クロウの胸の中は満たされて行く。彼らの内、誰を生贄にしようかと品定めをしていると。俄かに入り口が騒めいていた。慌てた様子で兵士が駆けつけて来た。
「何事だ!」
「クロウ様、報告します! 不気味な木偶人形達が押し寄せてきています!」
「何だと!?」
「ほほぅ」
困惑する二人とは裏腹にアモンだけが愉快そうに笑っていた。戸惑う参加者達を前に、先頭に立っていた木偶人形が声を上げた。
「皆さん! お久しぶりとでも言うべきでしょうか! 私の名前はタバタ! タバタ・ケーテです!!」
~~時間はほんの少し遡る~~
「クロウがパーティを開くとは、本当なんだね?」
「はい。色々と噂話を聞きましたが、定期的にパーティを開いては人々を引き入れているようで」
ライカさんのいうことが確かなら、そうやって依り代の様な物を選んでいるのでしょう。明日、その催しが開かれるとしたら、絶好の機会と言う外ありません。
「僕らで、クロウを止めるんだね」
「はい。これ以上の悲劇を生まない為にも」
部屋の片隅にはボロボロになったぬいぐるみが並べられています。この数年間、駆けずり回っても救えなかった命の証です。私達は彼女の犠牲を忘れる訳にはいきません。
ドアを開けます。そこには、私と同じ様な姿をした木偶人形が沢山いました。ここに残っている彼女らと、私達の想いは一緒です。ライフも咆えました。
「ワァオン!」
「皆さん! これから行くのは私達を取り戻す戦いです! これ以上の悲劇と犠牲を生まない為にも! 行きましょう!」
全員が頷き、荷台へと乗り込んでいきます。これまた木で作った馬に引かれながら、私達は山を下りて行きます。
暫くすると、街へと降りて来ました。当然、入り口で止められますがアペーレ様は穏やかな物腰で彼らに話しかけます。
「何者だ」
「僕はしがない人形師です。ラッセル王国の兵士は屈強な物だと言う噂を聞いて、訓練用の木偶人形を作って来ました」
「ふむ」
ジロジロと証紙と荷台を見比べています。どうやって、証紙なんて物を用意したかは分かりませんが、アペーレ様の人徳によるものだと納得しました。
1体1体調べて、異常が無いことが分かったのか。検問の目を潜り抜けて、私達は街へ入ることに成功しました。そのまま城へと到着します。
「そうか。新しい人形が欲しかったんだ。値段の方は?」
「こんな物で……」
「ほぅ、良い値段だ。今後も取引を続けて行きたいな」
割安な値段に引かれて、兵士達は私達を次々に城内に運び入れて行きます。ここからアペーレ様とは別行動になります。
中庭に運び込まれると。私の合図と共に、皆が一斉に立ち上がりました。私と同じくぬいぐるみにされ、拾われ、アペーレ様から新たな肉体を与えられた同志の方達です。
「うわぁ!? 人形が!?」
「皆さん! 付いて来て下さいませ!」
目の前の事態に呆然とするしかない兵士達を置き去りにして、私は皆を先導します。この城の構造が変わっていなければ、パーティが何処で行われるかも熟知しており、扉を開けた先には招かれた来客に……クロウ様と私の肉体がありました。
「皆さん! お久しぶりとでも言うべきでしょうか! 私の名前はタバタ! タバタ・ケーテです!! そこにいるタバタは! 悪魔憑きです!!」
皆が顔を見合わせながら騒めいています。一体何が起きているのかと、これもまた悪魔憑きの仕業ではないかと。
「たわけ! 木偶人形が何を言うかと思えば! 我が妻を侮辱するとは許さんぞ!!」
ニヤニヤと私の体で笑みを浮かべている彼女のことも気になりますが、クロウ様の発言に対して、私は怒りを覚えました。
「笑わせますね! 貴方が妻に対して行った仕打ちをお忘れですか! タバタ! その髪をかき上げてみせなさい。悪魔憑きの証拠があるはずです!」
「下らん嫌疑を止めろ! お前達! この木偶人形共を摘まみだせ!」
流石に時間が経って兵士達も冷静さを取り戻して来たのか、私達を取り押さえようとします。力では敵いませんが、彼らの内数名には動揺が走っていました。私には、その正体が分かります。一人の兵士に近付いて言いました。
「ルクレールさん。お子さん、元気にしていますか?」
「え? ……タバタ、様?」
ヒュッと戦意が消えた様でした。他の方達にも同じ様に呟き、あるいは私と同じく兵士に語り掛ける仲間がいました。
「アンタの初恋相手が、こんな姿になっているんだけれど。助けてくれると嬉しいなーって」
「ミルフィ? 君なのか?」
「お前。この数年の間に、店のツケを払ったんだろうね?」
「え、いや。ヘヘヘ。あぁ、払ったよ。マスター。へへ」
「嘘おっしゃい! 払ってないだろ!!」
効果は覿面だったようで、兵士はおろかパーティの参加者にも動揺が走って行きます。ここにいる木偶人形達は、本当に該当人物なのではないかと。堪りかねたのか、参加者の一人が声を上げました。
「クロウ様。これはどういうことなのですか!? それに、タバタ様がまさか」
「全ては下らんデマだ。お前達はこんな奴らを信じるのか? この国の為に尽力してきた俺よりも、こんな木偶人形共のことを信じると言うのか!」
クロウ様の声に皆が黙ってしまいました。実際に彼らも恩恵をあずかり、これからの庇護して貰うつもりでいたのだから、何も言えなくなるのは当然でしょう。だから、声を上げられるのは私達だけなのです。
「クロウ様の行いによって、私達は悪魔憑きと呼ばれている彼女らに肉体を奪われました。私達を対価にして、彼は国を発展させるための知恵を得ています。……ですが、最近は特に知恵を欲しがっているようですね」
彼の顔が露骨に歪みました。きっと、得た知恵を活かすことが出来なくなっているのでしょう。ひとえに、彼の不手際と言う外ありません。
「思い出したぞ。数年前、俺に対して似た様なことを言って来た奴がいた。お前らは、アペーレの遣いだな?」
「彼は私達の命を助けてくれた恩人です。そうでしょう!」
私が大声を上げると、兵士達の間を擦り抜けてアペーレ様がやって来ました。彼は手にしていた杖で絨毯を引き裂きました。すると、そこには何時かに見えた一定の規則に則った複雑な模様が描かれていました。
「久しぶりだね。クロウ」
「顔も見たくは無かったがな。俺に復讐するつもりか」
「違う。彼女と一緒に、君を止めに来た。この会場の床に書かれていた魔法陣から見るに、君は此処にいた人達全員を犠牲にしようとしていたんだろう?」
兵士、参加者、木偶人形である私達にも動揺が走ります。もはや、クロウ様には自制心すら失われてしまったと言うのでしょうか。
「だから、どうした? ここにいる者達が犠牲になり、悪魔憑きとなった所で。知ったことではないだろう? そうやって! お前達は、繁栄の恩恵を受け取っていただろう!?」
クロウ様が叫びます。兵士や参加者の方達が目を伏せました。そう、私達と言う犠牲があったとしても、彼らはクロウ様を褒め称えていたのです。抱いた後ろめたさから反論が出来ずにいたようですが、私は声を上げます。
「ですが、今。皆さんは気付かれました。私達の犠牲があって、この国が発展したというのなら、もう止めるべきです。……次に犠牲になるのは、貴方の大切な人かもしれないのですから」
ビクッと体が震えました。ある者は互いに顔を見合わせ、ある者は頭を振りました。もしかして、自分の友人や家族がこれから犠牲になるかもしれない。
犠牲になったとしても、国の繁栄を理由に哀しみの声を上げることも許されない。そんな未来に進みたいという方は、どれほどおられるのでしょうか。
「面白い流れになっておるのう」
誰もが声を上げれずにいた中、悠々と声を上げたのは私の肉体を使っている悪魔憑きでした。自分が何者であるかを証明するかのように、彼女が髪をかき上げると二本の角が生えていました。
「おい! アモン!?」
「カカカ。ついでに言うとな、最近のコイツは特に多くの人間を犠牲にしておるぞ! 昨日も幾つのぬいぐるみを捨ててたかのぅ!」
先日、私達が見つけたぬいぐるみです。今も彼女達は、小屋で木偶人形へと移るリハビリに励んでいます。
「アモンさん! 貴方達は! 一体、何のつもりで私達をこんな目に遭わせているんですか!?」
「決まっておるじゃろう。楽しいからじゃよ。敢えて、殺さずにぬいぐるみにして放り出しているのも一環じゃ! そうまでして、コイツは知恵を欲しがっておったからな!!」
楽しそうに、自分のしていることを自慢するかのように話します。彼女の様子とは裏腹に、会場内の温度は冷え切って行きます。
最初は戸惑っていた者達も、アモンの挑発的な物言いによって怒りへと転じました。彼らが身を乗り出そうとした所で、兵士達がクロウ様の元へと行きます。
「そうだ! お前達は俺を守って……」
「クロウ様。話を聞きたいので、我々に付いて来て貰います。良いですね?」
もしも、断ったらどうなるのか。周囲の人々の様子を見れば、想像に容易いことです。だと言うにも関わらず、彼は叫びました。
「俺がいなくなれば、この王国はどうなると思う! 誰がこの国を守って来たと思っているんだ!!」
「こちらまで」
彼の絶叫に返事をする者は誰もおらず、兵士達に引き摺られて行きました。
パチパチと拍手をしていたのはアモンでした。彼女は私達の前まで来ると、大仰に手を広げて、口を開きました。
「で、どうする? ここでおぬしらに選択を与えようと考えておる」
「選択。ですか?」
「そうじゃ。契約者が捕まってしまったからの、ワシらを帰すかどうかじゃ」
「もしも、帰したら。どうなるんですか?」
「悪魔憑きと呼ばれている者達の肉体に、本来の魂が戻って来るじゃろう。この世に留まっていれば、の話じゃが」
即ち、私達木偶人形が元の体に戻れるということですが。ですが、逆に悪魔達が居続けると言う選択もある訳で。アペーレ様が尋ねます。
「もしも、君達が居続けることを選んだら?」
「変わらず知恵を授けてやろう。供物を捧げるなら、より素晴らしい生活に、より素晴らしい未来を導く手伝いをしてやる」
きっと、クロウ様の野望が継続されるのでしょう。魅力的にも思えるかもしれませんが、既に此処にいる方達の心は決まっています。代表して、私が言いました。
「いいえ、結構です。帰って頂ければと」
「そうか。精々、お主らの未来を楽しませて貰うとしようか」
私の肉体に生えていた角が引っ込んでいきます。同時に私の意識も遠のいて行き、周りの木偶人形達もガシャガシャと崩れて行きます。これで、全てが終わったのでしょうか? 次に目を開けた時に答が待っていることでしょう。
~~
あれから数日が経ちました。アモンの言っていた通り、人形に宿っていた魂は元の肉体へと戻っていました。ですが、中には悪魔憑きとなったままの娘もいました。きっと、彼女達の本来の魂は天に召されてしまったのでしょう。
「へぇ! タバタってこんな綺麗な顔をしていたんだな!」
「ちょっと、ライカ。止めてよ」
アペーレ様の家に遊びに来てくれたライカも、その一人でした。私達に挨拶をすると同時に現状を報せてくれました。
クロウ様の非道は公になり、黒魔術で得た知恵も全て剥奪され、今では牢獄に入れられているということ。周囲の国々との関係や交渉などでバタバタしており、前途多難であるということ。
「タバタは街に帰らないのか?」
「えぇ。私はアペーレ様と一緒に生きて行きたいから」
そっと彼に凭れ掛かれました。木偶人形の時には気にした様子も無かったと言うのに、今はキョロキョロと視線を彷徨わせるのが愛しく思えます。
「た、タバタ! 壁に立てかけている部品を持って来てくれないか!」
「はーい」
「ワァオン!」
森の中にある小さな小屋。そこには一組の男女と一匹の犬が住んでいて、沢山の人形とぬいぐるみが飾られている。
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