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第3話 意外な一面

 

 ――― 3ヶ月後 魔界の王宮


「というわけで、ご子息は人間界に隔離されているようです」

 片膝をついた士官が魔王に報告する。

「なるほどな。しかし、思いのほか楽しくやっているようではないか。我が息子は」

「はい。神の支配力が強い人間界においてもディーボ様の影響力は日々大きくなっており、同種族である魔族は元より、人間、果ては神族さえ、ご子息に同調する者が出始めているようです」

「本当におもしろいヤツよ。息子を捕らえた神もさぞや気をもんでいることだろう。ヤツを隔離したはずが実際はその逆になってしまったのだから」

「『逆』、と申しますと?」

「それはな。あいつの居る場所こそが本流、つまり歴史が動く中心になってしまうということだ。隔離されたのは、ディーボではなくワシや神の方かもしれぬ。あやつはそういう男だ」

「確かに、おっしゃる通りかもしれません」

 頭の切れる士官も、王の言葉には反論の余地がなかった。

「本当なら、もうしばらくバケーションを楽しませてやりたいところだが、しかし、このまま王子が不在というわけにもいかん。折を見てこちらに呼び戻すよう手配を進めてくれ」

「はい。承知しました」

 士官は下がると数名の諜報部員をディーボの元に送り出した。


 やがてディーボの元に王の使いが訪れると、彼は事情を聞いて魔界に戻ることを承諾した。

 迎えの船は数日中には遣わされるという。

 この3ヶ月を振り返ると、良いことも悪いことも含め様々な出来事があった。

 ディーボはそれを思うと人間界にとどまりたいという未練も残ったが、自分の都合だけで行動できないという窮屈な境遇も、それは立場上しかたのないことだとわきまえていた。

 この地を離れるにあたり、彼は知り合った者たちに別れのあいさつをして回ることにした。

 最初に訪れたのは、美湖の元である。


 その日、美湖はボランティア活動のため教会を訪れていた。

 休憩室でお茶を飲みながら談笑する、美湖と高齢のシスター。

 2人は美湖の幼少期の話をしていた。

 美湖は子供時代から、この教会のボランティアに参加している。

 元気に走り回る三つ編みお手伝いさんが教会を訪問するたび、シスターたちはそれを孫のように可愛がってきた。

 彼女がなぜ幼い少女時代からこの教会の行事を手伝ってきたのか、それには理由があった。

 母がこの教会のシスターだったからだ。

 美湖の母はこの教会の児童養護施設で育ち、やがてシスターとなった。

 しかし、シスターとなった美湖の母はある男性と恋に落ち、そして聖職者を辞めた。

『伴侶を持つ者はシスターを続けられない』という古いしきたりは、ここではまだ続いていたのだ。

 美湖は母からこの話を聞き、自分なりの恩返しがしたかったのだろう。

 そんな小さな頑張り屋のドジな失敗の話をしていると、養護施設に通じる入口から女の子が助けを求めて走ってきた。

「怒った大人の人が来て、『ここの管理者は居るか!』 って言ってるよ」

 シスターと美湖は養護施設に向かった。

 扉の中には険しい表情の中年の女性がいた。

 どうやら怒った大人とは、施設の子供達と同じ小学校に通う男子の、保護者のことだったらしい。

 畳み掛けるような口調で施設関係者に罵詈雑言を浴びせる彼女の話を要約すると。

「息子は何もしていないのに、いきなり施設の子供に殴られた」

 とのこと。

 シスターも美湖も、理性を失っている保護者の話をただひたすら真摯に聞いてその場をやり過ごした。

 事実確認をできる状況ではないと感じたからだ。

 やがて保護者が帰っていくと、ちょうど教会に到着したディーボが騒ぎに気付いて施設にやってきた。

「へー。この教会って、児童養護施設も併設してたんだな。知らなかったぜ。ところで、さっきそこで食べかけのプリンみたいなスゴイ形相のおばちゃんとすれ違ったけど、なんかあったん!?」

 皆の反応が思ったものと違ったので、彼はは心配してこう続けた。

「ひょっとして、みんな卵アレルギーか? プリンの話はまずかったか?」

 一応みんなを気遣っていると思われるディーボの発言を受けて、美湖は今ここで起きた出来事を話した。

「じゃあ、そのケンカしたっていう子供から、話を聞こうぜ」

 やってきた子供に話を聞いたが、「ケンカなんかしていない」「人も殴ってない」「宿題をやらなきゃならないからもう部屋に戻りたい」と繰り返すばかり。

 ディーボは男の子の右の手を見た。

 手の甲の小指側が赤く腫れている。

「おい少年、その手どうした? お前ケンカをするのは初めてか? 戦いの素人が人の頭部を殴れば自分の拳だってただじゃすまないんだぜ? 頭骨というは、指の骨よりもずっと頑丈にできている。小指を骨折するような殴り方をするのは今回だけにしておけ」

 男の子は黙っていたが、それはディーボの言ってることがその通りだったからだ。

「本当なの!? あなたが他の子を殴ったって。なんでそんなことしたの!」

 シスターは困惑したような表情で男の子を見た。

 男の子の目には、しだいに涙が浮かんできた。

 言い訳をしようと思えばできた。

 彼は同じ施設の女の子がいじめられているのを見て、それを助けるためにケンカになってしまったからだ。

 ディーボはその様子を見て、

「お前は、暴力をふるい、それを嘘で隠そうとした。しかし、それは自然界では普通に行われていることだ。多くの動物は食料を得るためや外敵から群れを守るために命がけで戦うし、ホモサピエンス(現生人間)だって今の地位を築くために同系人類のホモフローレスやネアンデルタール人等を絶滅させて生存競争を勝ち抜いてきた。4種類存在していた人類の内でホモサピエンスだけが絶滅を免れたのは、嘘を共有する認知革命によるところが大きい。今最も有力と言われている学説だ。詳しくは『サピエンス全史』を読め。という訳だから…………」

「やめて!!」

 強い口調で話をさえぎったのは美湖。

「そんな悲しいこと言わないで。私は学が無いから種族とか絶滅とか分からない。でも、同じ学校の仲間じゃないの! 千年も前の話や千年も先の話より、今目の前にいるこの子たちに笑顔で過ごしてほしい! だから、ケンカをするのはしかたがないとか、ついてもいい嘘があるなんて…………、私は子供達に教えたくない!!」

 激しく言葉を叩きつける美湖を見て、ディーボはハッと自分の心の揺らぎに気がついた。

(いつから俺は、美湖のことを全て分かった気でいたんだろう。この女性に、こんなにも頼もしい一面があったとは……)

 男の子から目をそらしたディーボは、

「すまん、よそ者が口を出すことではなかったな」

 そう言って教会を後にした。


 ネットカフェという名の自宅に戻ったディーボは、PCでユーチューブを垂れ流しながらある思いにふけっていた。

(このモヤモヤとした気持ちは何だ。俺はこのまま魔界に戻ってしまっていいのだろうか。もしこのまま帰ってしまったら、大切な何かを人間界に置いていってしまう気がする……)

 目の前のディスプレイの映像が切り替わる度、薄暗い部屋を照らす明かりが小刻みに変化した。

(なぜ、こんなにも不安な気持ちになる! 何が大切なのか……、何をすべきなのか……、それは分かっているというのに!!)


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