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第2話 美湖の思惑

 

 炊き出しが終わると、ディーボと美湖は近くのファミレスに移動した。

「へーあなた『ディアボロス』っていうのね。じゃあ呼び方は『ディーボ』でいい?」

 テーブルを挟んで向かいの席に座った美湖は、興味深そうにディーボを覗き込んでいる。

「ねぇ、あなたさっきどうして女の子にスープを譲ったの? あなたもスープをもらいに来てたんでしょ?」

「ああ、あれか? あれは弱者がブツブツとグチを言うのを聞きたくなかったからだ」

「同情してってこと?」

「同情っていうか、あれだ。俺は細かいことでアレコレ悩んだり、悩んでるヤツを見るのが嫌いだ。あの場面では、俺がスープを女の子に譲れば全てが丸く収まると思ったからそうしたまでのこと。つまりはそういうことだ」

「ふ~ん、私はてっきりあなたが優しさで譲ってあげたんだと思ったけど、少し違うのね」

 美湖は納得したようにうなずくと、メニュー表をティーボに差し出すと

「ミネストローネを食べられなかったのは残念だけど、代わりに、今日の夕食は私がおごってあげる」

 笑顔を向ける美湖に、パッと明るい表情になったディーボ。

「おお! いいのか? わるいな!」

 ディーボが物珍しそうにメニュー表をパラパラと進めたり戻したりしていると、やがてウェイトレスが注文を取りに来た。

 美湖はメニュー表の中で一番安いハンバーグの写真を指差しながら

「じゃあ、目玉焼きハンバーグを……」

 と言いかけると、ディーボは

「俺は厚切り牛ステーキ。ライス大盛で!」

 と、先に食べたいものをオーダーした。

(こ、この人ったら、遠慮ってものを知らないの!? 厚切りステーキなんて私が食べたいくらいだわ。ちょっとお高いからって、いつも我慢してハンバーグにしてるっていうのに。く、くやしい~、してやられたわ。なんなのこの敗北感は……。ま、まあいいわ、次にもしおごってもらう機会があったら、大盛ステーキにプラスしてデザートを注文してやるんだから)

 美湖はそんなことを考えながらオーダーを進めた。

「ところで、話ってなんだ?」

 ディーボは美湖の思惑など気にも留めていないようだった。

「ああ、そうそう、そうだったわね。あなた、最近よく教会の炊き出しに来てるけど、あなた何してる人? 昼間時間ある?」

「何してるって、何もしてないけど? まあ、最近こっちの世界に来たばっかだし、まだ何も考えてないよ。とりあえず、ここではお金って物が万能らしいから、それを手に入れる方法を模索中」

「こっちの世界にって、あなたよっぽど遠くから来たのね。服装から察するとヨーロッパ?それともアメリカ? まあどちらでもいいわ」

 美湖は呆れた様子でディーボの服を見回したが、すぐに真顔にもどって話を続けた。

「状況を整理するわよ。あなたはお金が欲しくて時間がある。見たところ健康そうだし、容姿もまあまあ合格点。というわけで、どう? あなた私のところで働かない? 昼間ゴロゴロしててもしょうがないでしょ?」

 美湖は五指を自分の胸に当てながら提案した。

「働くって、ひょっとしてあれか? 青汁王子とかホリエモンとかマコなりとかがユーチューブでいつも言ってるやつ。えーとそういうの何て言ったっけ?」

「それは、社長業! あなたいきなり起業するつもり? 不可能とは言わないけど、最初は現場で汗をかくことから始めなさいよ!」

 美湖はテーブルに手をついて勢いよく立ち上がったが、興奮している自分に反省するとすぐに元の椅子に座りなおした。

「どうしたんだ? 急に立ったり座ったりして、トイレなら行ってきてもかまわんぞ」

 哀れむようなディーボの顔がたまらなくしゃくにさわったが、彼女はなんとか話を続けた。

「まあいいわ。はいこれ」

 美湖はポケットから名刺を取り出してテーブルの上に置いた。

「私は人材派遣会社のコーディネーター。仕事を探してる人に働き口を紹介するのが私の仕事よ。最初は日雇いからで様子を見ることになるけど、それでよければ私があなたの面倒を見てあげる」

 ディーボは机から名刺を拾い上げると、

「頼み方が気に入らねー。『面倒見てあげる』って、俺はお前の子供じゃないぞ」

 と椅子の背にもたれかかって美湖を睨むと、美湖は

(しまった。ついいつものクセでつい上から物を言ってしまった。反省反省。男はこういうところ結構細かいから、もっと上手に扱わないと)と唇を噛むと、

「そ、それもそうね。じゃあ、面倒見てもいいんですのよ?」

 社員獲得のためにがんばって作り笑顔をする美湖。口角がヒクヒクしている。

「う~む、どうしようかな」

「これも何かの縁、面倒見て差し上げましょうか?」

「もう一声!」

「もう! お願いだから! 面倒見させて!」

「よし!」

 美湖はハァハァと息を切らしていたが、ディーボは涼しい顔のままだった。

 その後、ディーボは受け取った名刺の電話番号をスマホに登録しながら

「いいタイミングで声を掛けたな。丁度ついさっきギャンブル業をクビになって退屈してたところだ。時間ならある。それに、お前には飯をごちそうになるから。その借りを返さなきゃならん」

 ウンウンとうなずいて、勝手に自分の行いに納得するのであった。


 後日、派遣社員として日雇い労働に従事することになったディーボ。

 最初の派遣先は清掃業である。

 慣れない作業着に身を包んだディーボは、作業現場に到着していた。

 今日の現場は、上野駅近くの高架下。

 周囲は老朽化した建物が多く、さらに日陰になっているせいもあって、あまり衛生的とはいえない雰囲気が漂っている。

 壁にはスプレーで落書きされた跡があったが、これを消すのがこの日の仕事である。

 程なくして、清掃用の器材を積んだ車両が到着した。

 後部のドアから姿を現したのは美湖。

 彼女はディーボの仕事ぶりを監督するため、現場への立ち合いを志願したのだ。

 美湖は、落書きの前に立つディーボの横に進むと、絵を眺めながら言った。

「これ、何の絵かしら。地獄? 悪魔? あまり上手とは言えないわね」

「ああ。まったくなってないね。魔界のことをよく知らずに描いたのは仕方ないとしても、この絵には美への情熱が感じられない。テーブルクロスにこぼしたコーヒーみたいな絵だ」

 ディーボは絵を見ながら首を横に振った。

「水性塗料かしら油性塗料かしら、とりあえず高圧洗浄機をかけて、その後薬剤を浸透させてから拭き取る方法を試してみましょう」

 様々な機材や薬剤を用いて清掃作業を進める作業員たち。

 業務は数時間に及んだが、ディーボも作業服を汚しながら熱心に仕事に取り組んだ。

 日が沈み始めてこの日の作業が終わると、美湖はディーボに冷えた缶ビールを手渡した。

「どう? 頭を空っぽにして目の前のことに集中するって、案外気持ちいいものでしょ? あなた、すごくいい顔で仕事してたわよ」と、声を掛けると。

「ああ、たまにはこういうのもいいな」

 ディーボは受け取った缶ビールを一気に飲み干すと、空き缶を握り潰してお礼を伝えた。

「ありがとう」


 その後、作業員たちは解散してそれぞれ帰宅したが、ディーボは一人残って清掃した壁の前にたたずんでいた。

(この絵を描いたやつ、操られてるな……)

 壁に手を当てて残された気を探るディーボ。

 特殊能力を封印された彼だが、神や悪魔の気配を感じとる程度の力はまだ残されていた。

 その主を見届けようと思ったディーボは、気配をたどって別の場所に進んでいった。

 高架下を2㎞ほど歩いたその先には、スプレー缶を手に壁に落書きをする少女の姿。

 そして、少女のそばには彼女を操っていると思われる悪魔の姿が見えた。

 ディーボは適度な距離に近づくと、彼女に憑いている悪魔を呼び寄せた。

「おーい。ちょっといいかー? こっちこっち」

 悪魔は、人間には見えないよう姿を隠していたが、ディーボにはその姿が見える。

 とり憑いていたのは、クロエという名の容姿の冴えない女の魔族だった。

「おーい、壁に落書きを描かせてるのはお前だろ?」

「そうだけど、それがなに?」

 クロエはディーボが同じ魔族であることは分かったが、有名な王子であることは知らなかった。

「なんで落書きなんか描かせてるんだ?」

「なんでって、わたし絵を描くのが好きだから、目立つところに絵を描いてみんなに見てもらいたいの」

「そうか、お前、みんなに自分の作った作品を見てもらいたかったのか。なるほど、その気持ち分かるぞ。注目を浴びて『スゴイ。いい絵だ』って褒めてもらいたいんだろ?」

「そうよ。それがなに?」

「でも、今のままじゃ描いた絵が端から消されて何も残らないぜ。みんなお前の絵をただのイタズラとしか見てないし、俺も正直お前の絵はいいと思わない。なんていうか、表現したいことが分からないというか、気持ちが伝わってこないというか、」

「…………、やっぱりそうなのね。わたし才能が無いんじゃないかって、薄々気付いてはいたの。他の人達と比べたって、魔力も知力も外見だって平均以下だし、それならせめて芸術ならって思ったんだけど、やっぱりあたしなんて、誰にも相手にしてもらえないんだ……」

 暗い表情を見せるクロエ。

「おい、そうやってすぐ下を向くんじゃねえ! お前みたいなやつを見るてると、こっちまで気分が地下30階だぜ。何でもそうだが、下がるのは簡単だが上がるのは難しいんだ」

「…………。」

 叱られて黙り込むクロエ。

「みんなに『クロエちゃん最高!』とか『感動をもらった!』って言われたいんだろ? しょーがねぇ、これをやるよ」

 ディーボはポケットからクシャクシャの1万円札を数枚出してクロエに手渡した。

「これは人間界では何とでも交換できる万能の紙だ。これを使ってデザインの本を買え。カラーデザイン・グラフィックデザイン・イラストやフォント・他にも過去の名画の解説本や現代アートの本、それらを読み込んで、まずは美の基本を身に付けろ。分かったな。あ、あと注意点として、図書館に売ってる本は無料で読めて節約になるから先に読め。間違って同じような本を買わないように注意しろ」

「本を読めば絵が上手になるの? みんながわたしを認めてくれる?」

 おずおずと質問するクロエ。

「甘い! 読むだけじゃダメだ! 本を読んだら、好きなアーティストが出てくるはずだ。そしたらそいつに会いに行け。そして教えを乞え! 孫正義も、稲盛和夫も、リョーマ坂本も、みんなその時点では不釣り合いな身分の人間に会いに行って、様々なことを吸収して成長している。まずは先人の知恵を借りて己の能力を磨くのだ」

「能力が高くなったら、みんながわたしを認めてくれる?」

 質問するクロエ。

「甘すぎる! そんなんじゃいつまでたっても人間たちの心を惹きつけられんぞ! もし仮に実力が付いたとしても、今度はそれを皆に見てもらわねばならん。どんなに凄い絵でも、自分の家のトイレに飾るだけじゃ台無しだ。そうならんために、ここで必要になるのがマーケティングだ。マーケティング技術を駆使して上手く宣伝できれば、建築物に描いた絵はストリートアートになるし、プリントTシャツは皆が奪い合うことになるだろう。他にも動画を作成するときや、食べ物の盛り付けをするときなど、様々なものにアートは応用できる。アートとは世界そのものなのだ! 分かったら、アートの力で世界中の人間たちを魅了し、熱狂させろ! そのくらいのことが出来なければ、一流の悪魔とは言えんぞ!」

「…………。」

 自信なさそうに上目遣いでディーボを見るクロエ。

「最後までできなくてもいいんだ。もしかしたら途中で諦めることになるかもしれん。しかし、今やれることをやらなければ、いつまでたっても夢は叶わん! あした一緒に図書館に行ってやる。だから元気を出せ!」

 クロエの肩をポンポンと叩き続けるディーボ。

 強めの力で小さな肩をポンポンされながら彼女は思った。

(落書きしただけなのに、なんか大変なことになっちゃったな……。)


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