九 自殺教唆
刑事の武内が国会議員の黒山氏に呼ばれて精神科医の溝口と黒山氏の事務所に
行ったのは、正人が自殺して数日経った時だった。
事務所の応接室に案内されると黒岩氏と弁護士と精神科医が座っていた。
座るように促され座ると弁護士が話し始めた。
「忙しい処を来て頂き有難うございます。きょうは事件の捜査内容を
お聞きしたいと思いお呼びしました。正人さん、つまり黒山翔くんは黒山さんの
三男で長い間精神病を患っていました。
黒山さんは子供の為を思い高校の同級生の経営する建設会社に預けました。
その辺は捜査では分かっていましたか?」
「はい、分かっていました。主任現場監督が施工図とか工程表の作成を専門
にやらせて、他の社員とは接触しないようにしていたと聞きました。名前も
正人にしたのもその時からだと」
「それで正人さんを容疑者と確定したのは、河川のカメラの映像からですね、
でもカメラの映像は私も見ましたがはっきりと顔が写っているものではなかった。
姿恰好は正人君に似ているが? それだけで逮捕状を手配したのですか?」
「いいえ、映像を分析して正人君さんと判定しました」
「それでは決定的な証拠にはなりませんが、他にはありますか?」
「はい、目撃者がいます。正人さんの写真を見せて確認しました」
「目撃者の人が名乗り出るのが少し遅いようですが?」
「ちょっと事情がありまして」
「どんな事情ですか?」
「目撃者の人はミクさんのことが好きで散歩の時間に告白しようと行った
ようです。そこでナイフと血だらけの毛布を持って走って来た男と
すれ違ったそうです。最初は用事もなくその時間に現場いた事を怪しまれると
思い出頭するのを躊躇していたと話していました」
「逮捕の件は分りました。その後の取り調べのことで教えて下さい。
ミクさんの義父さんの殺害の件なのですが、あの時間は割と犬の散歩が多く、
正人さんが義父さんと判断できた根拠は何ですか? それに散歩する時間も
如何して正人君は分かったのですか? その辺の確証はありますか?」
「はい、正人さんの部屋から盗聴の録音テープが見つかりました。ミクさんの家
に盗聴器が仕掛けられていました。ミクさんの家がリフォームした時に
仕掛けたらしいです。内容を確認したら、母親が保険を二人に掛けたこと、
飼っている犬の種類、散歩の時間などが会話の中で分かります。それに
ミクさんと義父さんの関係も会話で分かりました」
「そうですか、では続いて質問に入ります。正人さんが逮捕された日に黒山氏の
依頼で私と精神科医が署に窺い精神病なので早く検察に廻すように
依頼しましたが、二日間も拘留したのは何故ですか?」
「署の方でも精神病と確認したいので精神科の先生に鑑定をお願いしました」
「それで何か分かりましたか? そちらの精神科の先生にお話しを
お願いしたいのですが?」
「はい、簡易鑑定ですが、正人さんは解離性同一症つまり二重人格だと
分かりました。彼の心には二人の人格が存在していて、犯行時は別人格
になっていた可能性があります。彼の大部分の人格は、つまり正人さんは殺人
を犯していないと思い込んでいます。
それに妄想癖もあります。ミクさんと交際していて、肉体関係もあり、
毎週火曜日にお酒とツマミを持ってミクさんが泊りに来ていると話していた
のは全部妄想です」
「それも確証はありますか?」
「あります。ミクさんの母親の証言でミクさんは毎週火曜日の夜に家に帰り
水曜日は朝からゴロゴロしているようです。金曜日だけ彼氏の処に
泊って来るそうです」と武内は説明した。
「分かりました。続けて下さい」と言われ溝口は続けた。
「妄想で知らない男に襲われて訳が分からなく死んでいったミクさんが
哀れですね。ストーカーと同じです。ミクさんとの妄想は三か月前に
主任現場監督に連れられてレストランに行った時からだと分かりました。
そこでミクさんに一目惚れして妄想が始まったようです」
「そこまで分かりましたか、うちの翔君の専属の先生も妄想癖は子供の頃
からだと話しています。続けて下さい」
「美鈴さんと信二さんを友人と思っていたのも妄想です。建設会社に
入った時の履歴書のなかで工場勤務も妄想です。
それはそちらの先生も分かっていると思いますが」
「はい、私もそれは確認しました。この頃にはまだ翔君の性格が強く、少しの
事案でも私が確認しました」と翔の専属の精神科医は答えた。
「翔君の性格とは?」と溝口が聞いたが精神科医が答えにくそうなので
黒山氏が「倫理観が強くその辺は私に似ているが攻撃的で納得しないと精神錯乱
を起こした。でも先生のお陰で大分大人しくなった」と話した。
「つまり、別人格を作り始めました。黒山先生は少し世間に慣れさせようと
しました。それで建設会社に」と翔の専属の精神科医は答えた。
「続けてお話をお願いします」と弁護士に促され精神科医の溝口は続けた。
「殺人の動機と供述を別人格より聞きたかった。別人格が現れる時間帯が
事件と同じの日曜日の午前一時から七時までと予測できたので、
その時間に正人くんを拘束しました」
「別人格は現れましたか?」
「現れました。黒山翔と名乗り、自分がミクさんの義父とミクさんを殺したと
話しました。動機はと聞くと父親で血の繋がりがなくても子供と性の関係が
あった。そんな事をするのは人間ではない動物と同じだ、抹殺して当然だ!
あの娘は男と何人も関係を持ち快楽だけを追っている、汚らわしい、
だから天罰を加えたと話した。録音テープもあります」
「そこまでは問題ありませんが、その後先生は何をしましたか? うちの先生
の話では今までの経緯では正人さんは自殺しないはずですが?」
「催眠を掛けました」
「どのような催眠ですか?」
「別人格の黒山翔にミクさんが殺害された写真を見せて、十日後に正人さんに
自分が殺したと言い写真を頭の中に写せと指示しました」
「それが正人さんの自殺をする原因になったのではありませんか?」
武内が急に立ち上がり「先生にお願いしたのは私です。精神鑑定で刑法上は
責任能力がないとして判断され、正人さんは精神病院に入り、旨く立ち回れば
世間に出てくる、本人は人を殺した自覚もなく、また同じ様なことを起こす
と思った。義父さんはともかく、ミクさんは哀れです。せめて自分が殺したと
自覚して欲しいから、何とかして欲しいと先生に頼みました。まさか自殺する
とは思えませんでした」
「これで正人さんが自殺に至った状況が分かりました。精神科の先生と刑事の
武内さんを自殺教唆で起訴します。警察の上司の方にも多少影響は出ると
思います。何か反論はありますか?」
言われて武内が「じゃ何故、正人さんを世間に出したのですか? 病院に
隔離するとか、家に籠らせるとか出来なかったのですか! それで何の罪
のないミクさんが酷い殺され方をした。精神病で済む話しじゃありません!」
と言い返した。
「家に閉じ込めて置けば良かったが、少し良くなったので少しずつ世間に
慣れさせようと思った。一生閉じ込めているのは余りにも可哀そうだから、
でも翔の最後は余りにも悲惨だった。悪いがそれで起訴させて貰う事になった」
と黒山氏は悔しそうに話した。
読んで頂き有難うごさいました。もし面白いと感じましたら、お手数でもブックマーク、評価をお願いします。