第九十二話 僕は決断する
此処での生活はかなり慣れてきたが、アールシュ様が戻って来る気配は一向にない。前にトビアスが言っていた勇者ゴアサックが死んでしまった事が関係しているのだろう。
ラウラの仕事は防具を清潔に保つ魔法陣を彫って貰っているが、僕の想像以上の上達を見せている。
「上手くなったもんだね」
「あんたが部屋でも練習しろって言ったからでしょ、けどこれしか書けないよ」
僕はラウラにこの魔法陣しか教えていないが、この魔法陣がもっと早く書けるようになったら他の魔法陣を教えても良いだろう。
「お~いレーベン、お客さんが下に来てるぞ」
「僕に客ですか?」
一瞬だけアールシュ様が頭をよぎったが、もしそうならミドハはそんな言い方をする訳が無い。誰だか知らないが下に向かう事にした。
「何だビテックかよ、別に此処じゃなくて家に来ればいいじゃないか」
「すみません。緊急だったんですよ」
いつもの様子とは違っているので、作業場で聞く気にはなれずこの近辺にある店に入った。
「この店の個室は雰囲気が良いし静かだからな、ここなら誰の目を気にすることなく話せるだろ」
「凄いですね」
「だろ、やはりこの地区はちょっと違うよな」
「そうじゃなくてレーベンさんはよく一ヶ月で居場所を作りましたね。お店の人の顔なじみになっているじゃないですか」
ビテックは僕を持ち上げてくれるが、僕がこの店を来ているのはミドハによって連れて来られたからで、この一ヶ月は工房と家とこの店にしか出入していないので、狭い世界で生きている。
「まぁそんな事より、どうかしたのか、顔色が良くないぞ」
「実は、僕は直ぐにでも討伐やらダンジョンとかに行きたいのですが、どのパーティにお願いしても断られてしまうんですよ」
「それは……そのだな……獣人族だからなのか」
「そうでは無いと思いますよ、この街だと獣人族は珍しい存在ではありませんからね、だから暮らしやすいのはありがたいのですが」
この街に獣人族が多い事も外にあまり出ない僕には気が付かなかったが、それはビテックには言わない方が良いように思えた。
「原因は分からないのか」
「階級が一番下の鋼玉だからだと思います。この街には知り合いもいませんのでわざわざ新人と行動するメリットが無いんでしょうね」
「それだったら鋼玉の仕事をして、階級を上げていくしかないんじゃないか」
僕にはそれしか言いようがなく、ビテックが何を焦っているのか知らないが、自分の実力を超えた仕事を受けても失敗するだけだと思う。
「鋼玉の仕事だとただ一日を生きていくのが精一杯なんですよ、僕はそれでも我慢しながら依頼を受けていましたけど、僕より後に入った冒険者がどんどん階級を上げていくのが悔しいんですよ」
上の階級の冒険者が揃っているパーティに入ると、その階級の依頼が受けられるので数回の依頼の達成で鋼玉を卒業するのだそうだ。
やはり知り合いのいないビテックを助けようなどとする。きとくな冒険者はいないらしい。
「それでも焦るなとしか言えないな」
「そうなんですけど、面白い依頼を発券しまして……」
興奮したようにビテックが話し出し、その見つけた依頼は下水道の中にいる褐色ネズミが大量発生したのでその討伐らしい。場所が場所なので誰もやりたがらないので達成の貢献度が上がり上手くいけば黄玉どころか翡翠に上がれる可能性があるそうだ。
「ふ~ん、褐色ネズミならすばしっこいけど頑張れば良いんじゃないか、僕にはそれしか言えないな」
「あの、そこで何ですが、レーベンさんは暗闇でも見えますよね、僕に目になってくれたら有難いのですが」
僕に冒険者まがいの事をさせたいらしいが、僕には討伐をするつもりなんて全くない。
「あのさ、僕は冒険者ではないんだよ、それにさあんなに臭い場所行く訳ないだろ」
「そこを何とかなりませんか、少しでも稼げるようになって施設に行ったあの子達が僕の所に来てもいいようにしたいんですよ」
ビテックは同じ奴隷だった子供達の拠り所になろうとしている。ちゃんとした孤児院にいるのだから任せればいいのにと思ってしまうが、それでも何かをしてあげたいのだろう。
「分かったよ、ちょっとだけ手伝うけど僕の指示に絶対従ってくれるのが条件だ」
「勿論です。何でも指示して下さい」
ビテックは直ぐにでも依頼を引き受けて討伐に行きたいようだが、僕は僕で仕事をしているので明後日の午前中だけ手伝う事にした




